フィレンツェ

『切断された絵画』

版画家のMさんから面白い情報を頂いた。オルセー美術館収蔵のクールベの代表作『世界の起源』が、実は切断された部分にすぎず、その顔の部分の油彩画が最近ある骨董店で発見されたのである。周知のとおり、この『世界の起源』という作品は、女性の局部とその周辺の部位のみを描いた作品で、エロティックな画集には決まって登場し、かのデュシャンの『遺作』にも影響を与えたと言われている、云はば、オルセー美術館の裏の秘宝としてあまりに有名な作品なのである。この作品に『世界の起源』という学術的かつ観念的な題が付けられている事が免罪符となっているのか、その直接的な卑猥さにも関わらず、常設として展示されていた。しかし、ここに具体的な「顔」が現れた事で事態も解釈も一変する事となった。おそらくは後世の人が付けたであろう『世界の起源』というタイトルの効力は薄れ、具体的な『或る女人のかくも淫らな肖像』へと一変してしまうからである。ただし現時点では偽物という説もあり、真偽を求めてパリの新聞の評も二分しているらしい。私が見た画像の限りでは細部が見えない為に何とも判断はつきかねるが、古典主義ロマン主義のいずれにも属さず、写実主義の極を生きたクールベの事、彼に限ってこそ充分に描きそうな主題ではある。

 

 

これがもし本物であるならば、絵が切断され二分された理由はほぼ一つに限られる。それは絵の注文主かその子孫が〈顔〉と〈局部〉を二分して売れば、一枚だけより、より高く売却出来ると考えたからである。しかし、ともあれ『世界の起源』に〈顔〉がピタリと符合した事で何とも名状し難いエロティシズムが立ち上がった。フェティシズムと想像力に〈具体的な個の物語〉が絡んできたからである。そして、そこから私は過日に直接本人から聞いた、或る話をふと思い出した。

 

・・・・文芸評論家のY氏は或る日ひょんなことから一冊の写真集を入手した。それは唯、女性の性器だけを、それこそ何百人も撮影した、まるで医者のカルテのような写真集であった。Y氏は、視線の欲望をも美しい叙情へと仕上げてしまう、昭和を代表する詩人の吉岡実氏に電話をして見に来ないかと誘ったのであった。吉岡氏云わく「Yちゃん、ところでそれに顔は付いているのか!?」と。Y氏云わく『いいえ、それだけです。それだけが何百枚も写っているのです」。それを聞いた吉岡氏云わく、「だったら見に行かないよ。なぜならそれは全くエロティックでも何でもないのだから」と云って断ったのであった。この逸話はささやかではあるが、そこに吉岡氏の徹底したエロティシズムへの理念が伺い知れ、私はあらためて吉岡実氏に尊敬の念を抱いたのであった。

 

ところで今回の件のように〈切断された絵画〉の事例は、実は他にもある。例えば、ローマのヴァチカン美術館の秘宝ともいえるダ・ヴィンチの『聖ヒエロニムス』がそれである。やはり、顔と他の部分が切り離され、各々別々に近代になってフィレンツェ市内の家具屋と肉屋で発見された。各々を見つけたのは、何故か同一人物で名前は失念したが、確かナポレオンの叔父であったと記憶する。一方の絵は家具屋の店内の扉として使用されていたというから恐ろしい。もう一つの例としては、やはりダ・ヴィンチの『モナ・リザ』がある。現在私たちが見る『モナ・リザ』は描かれた当初は、左右に7センチづつ更に柱が描かれていた。しかしこれを切断したのは画家本人である。『モナ・リザ』は左右に切断された事で、人物と背景との関連と違和は相乗し、唯の肖像画から暗喩に満ちた異形な絵画へと一変した。

 

さて、今回の〈顔部〉が発見された事で、最も当惑していたのはオルセー美術館であろう。分析の結果を待つかのように今は沈黙を守っているというが、・・・・もし本物であったならば、ひょっとすると今までのような展示はもう見る事が出来ないかもしれないという懸念もある。何故なら顔部を併せて展示した場合、そこから立ち上る卑猥さは増し、観光客はこぞってモネやゴッホよりも、そこに集中し、オルセーのイメージは少し歪むからである。しかし彼の地の美術館の学芸員たちは、日本のそれと違い、芸術の本質が何たるかを知っている連中が多い。それが社会学的にしか見せられない、唯の綺麗事としての展示に留っている事を諒とせず、又、彼の地の観客たちの芸術に対する認識も成熟している。もし〈顔〉が本物と認定され展示されたとしたならば・・・・。或は、誰よりそれを見る事を内実望みながら、「こんな不謹慎な絵を・・・・」と絵の前で真顔でつぶやくのは、ツアーでやって来た我が国のご婦人たちかもしれないと、私はこの度の発見に供なって思った次第なのであった。

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『年が明ける』

三方から除夜の鐘の音が響き始めたのと重なるようにして、風に乗って東の海の方から汽笛の音が鳴り響いてきた。横浜港に停泊している全ての船がいっせいに新年を祝して汽笛を鳴らすのである。私はこの汽笛の音が好きであるが、この音を聞く度に想いだす一枚の古写真がある。それは明治初期に撮られた写真で、そこには、山手の坂を下りて港に行く際に渡る谷戸橋の上を歩く外国の婦人の姿と、その先を輪廻しをしながら駆けていく少女の姿が写っている。遠景に見えるのは寺院で、ヘボン式ローマ字の創始者で宣教師・医師であったジェームス・ヘボン先生の住居である。写真は本質的に静的なものであるが、この輪廻しする少女のように無垢な動的なものがそこに加わると、詩的な叙情性がリアルに立ち上って私たちを引きつける。この写真はキリコの代表作『街の憂愁と神秘』に似ているが、あの絵のような不穏さは全く無く、有島武郎の小説『一房の葡萄』のような永遠の「時」が封印されている。ヘボン先生の住居は今日では税務署に変わり、何とも風情が無くなってしまったが、それでも私はこの新年の汽笛の音を聞く度に、今も在る谷戸橋の上をはしゃぎながら駆けていく少女の姿が、まるで幻視のようにありありと想い浮かぶのである。

 

さて、今年は1月から半年間は個展を中心に、毎月なんらかの形で作品発表が予定されている。さらには4月にベルギーのブリュッセルで開催されるアートフェアーの出品依頼を受けたので現地に行く事になり、そのための制作も急遽入って来て慌ただしい。ただしこのベルギー行は往復の飛行機代と宿泊代は先方が出してくれるというので条件としては嬉しいが、ともあれ20年ぶりのベルギーである。又、6月はイタリア(主にミラノとフィレンツェ)に墓地の彫刻を撮影しに行くので、空を飛ぶ機会は増えるが、それを機に、また新たなイメージの領土を開拓していく気概は十分にある。昨年、個展に来られた初めてお会いする方々からもこのメッセージを楽しみにしているという話を伺い、かなりの数で読まれている事を知り、更に燃えようというものである。今年前半は個展とは別に、詩人の野村喜和夫氏との詩画集も思潮社から三月刊行の予定で進行しており、その刊行記念展も既に予定として五月に入っている。又、私の本も刊行が予定されており、追加の執筆も、作品制作とは別に書かなくてはいけない。毎回書くメッセージはその意味でも、予告としての有言実行の場であり、重要な意味がある。今年も話題を変えながら書き進めていきたいと思っているので、お付き合いを頂ければ嬉しい限りである。

 

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