Event & News

『大規模な個展終了、そして次へ……』

やく3週間の長きに渡って開催された日本橋高島屋本店・美術画廊Xでの個展が先日、盛況のうちに終了した。今回で12回目になるが、夏にアトリエに来られて「出品作品全てが、今までで最も高い完成度を示している」と分析された、美術部の福田朋秋さんの予見通り、個展初日のオ―プンと同時にコレクタ―の人達が次々に来られ、また、美術館も運営され、私の作品と3年前に出会って以来、既に50点以上収蔵されているS氏が、秘書の方と共に来廊され、今回も鋭い直感力と眼識を持ってたちまちの内に作品が選ばれていき、初日の午前の2時間だけで早くも10点以上の作品が、その人達のコレクションに入っていった。それが幕開けとなって、会期中に都内、また遠方の各地からも、連日数多くの方が来られ会場は賑わった。そして、この賑わいは年毎に高まりを見せている。……私は、「作品の作者は二人いる」という考えを強固に持っている。その一人は、まぎれもなく作品を立ち上げた私。そしていま一人は、それをコレクションし、日毎に様々なイメ―ジを組み立て、長い年月をかけて、その作品と対話していくコレクタ―の人達である。コレクションするという行為はまさしく創造行為であり、特に私の作品をコレクションされている人達は、その意識の高みが高く、美意識が強いという感想を、私は経験的に抱いている。作品とは本質的に匿名であり、故に作品を観て、またコレクションに何れを決めるか!……と考えている時の、会場でのその人達が放つ「気」は真剣そのものであり、鋭い空気が会場に充ちている。作品の前で、いま彼らは自身の観照の意識と向き合って対峙している!……会場にいて、私が最も手応えを覚えるのは、まさにこの瞬間なのである。

 

…………かくして、3週間が過ぎ、個展最終日がやって来た。毎日会場にいる私の疲労も、さすがにピ―クを迎え、最終日は静かな終わり方をすると思っていた。…………午前中から画廊の奥の小部屋では、私の次に開催される個展『現代美術の室礼―村山秀紀の見立て』で特別上映される映像インスタレ―ション『糸口心中』の為の器械設置で、美術家の束芋さんが設営準備に取り組んでいる。そして、個展をされる、我が国の表具師の第一人者である村山秀紀さんが、照明などの事で美術部の人と奥で打ち合わせをされている。……村山さんと「見立て」についての話をし、意見が一致する。どの表現の道も詰まる所の着地点と、その深度は同じなのである。ただ、多くの表現者たちがそれに気づかず、狭い概念を安易になぞっているだけである。……個展最終日も夕方に近づいた頃に、写真家として私が最も尊敬している川田喜久治さんが来られた。川田さんが笑みを浮かべながら私にA3大の硬いカルトンに入ったものを渡された。開けて見ると、昨年の個展の際に私を被写体として背景にオブジェを配した、私のポ―トレ―トを厚い和紙にプリントした貴重な作品である。裏面には川田さんのサインが書かれており、氏の代表作に加え、私はまた一点、貴重な作品を川田さんから頂いたのであった。暫く歓談されて川田さんは帰られた。そして画廊にまた静寂が訪れたと思ったのも束の間、個展最終日を知って訪れた人達で会場が再び人群れで埋まった。……その中に、私は一人の人物(しかし、最もお会いしたかった人の一人)が来られているのを見つけ、熱いものが込み上げた。……アメリカの美術界でもその名は知られる存在であり、私のオブジェを絶賛したクリストやホックニ―とも親しいコレクタ―のW氏が、昨年に続き来廊されたのである。話を伺うと、先ほど成田に着かれ、その足で私の個展に直行された由。……さっそく、展示作品の中から鋭い直感力で、たちまちの内にコレクションの数々が選ばれていった。……かくして、美術画廊Xでの個展は終了した。……来年の会期も早々と決まり、私は福田朋秋さんに、来年秋の個展のタイトルを書いた紙をそっとお見せした。生き急ぐ私は、もう次を見据えているのである。そのタイトルはまだ秘密であるが、次の個展では、更なる展開と実験的な拡がりを暗示すると思われるそのタイトルを見て、福田さんはすぐに私の秘めた意図を了解された。

 

…………11月12日~30日迄は本郷のギャラリ―884で、そして12月6日~11日迄は鹿児島の画廊レトロフトで3年ぶりの個展が開催され、今年の私の表立った活動は終わる。しかし、私の頭の中では、来春刊行予定の初の詩集の為の構想がじわじわと沸き上がっており、またオブジェの新たな領土への模索が既に始まっているのである。

 

 

 

 

 

 

 

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『細部に宿る美の密度』

ここ最近の台風、大雨の勢いは凄まじく、その被害は甚大で、自然が持っている底無しの不気味さが牙を剥いて私達に襲いかかっている。この不気味さは来年、更に勢いを増して私達に襲いかかってくる可能性は大である。遥か500年前に「人類は間違いなく水で絶滅する」とコ―デックス(手稿)に書き記した知の怪物―レオナルド・ダ・ヴィンチの醒めた洞察と断言が、ここに来ていっそうのリアルさを増しているのが気にかかる。……閑話休題、ふとある事に気がついた。日本中が水浸しの観がある中にあって、山形県だけが雨風をかすってほとんど無傷である事に気がついたのである。偏西風の流れと地勢学的なものが絡まって、かの山形県が今、平穏なイメ―ジとして、私の脳裡に在る。以前にこのブログで『山口県』と題して、山口県だけが、地震国・日本の中で地震が極めて少ないという事に気がつき、その事を書いたが、今回は山形県について先ずは書いてみたくなったのである。今、開催中の個展会場に来られたご夫妻と話をしていて、山口県から来られたというので、山口県が地震が少ないのでは!?という持論をしたら「よく気がつきましたね。山口県の人はたまに起きた震度1の地震で、もう大騒ぎしますよ」と言われた。極めてザックリと書くが、地下深くのプレ―トに独自な今一つの層があるのかも知れない。昔訪れた事のある、秋吉台と秋芳洞の特異な剥き出しの白い岩肌をいま思い出して、ふとそう思うのである。

 

……高島屋本店6F・美術画廊Xでの個展『盗まれた記憶―Francesco Guardiの郷愁に沿って』の会期がようやく折り返し地点に入ったが、日を増す毎に来廊される方が増え、二度三度来られる方も見受けられる。これからは遠方から来られる方も増えるので、嬉しく懐かしい再会も待っている。……前回のブログにも書いたが、今回の個展は今までで最高に高い完成度のある作品が数多く揃っているので、それを映すように画廊に来られた方は真剣勝負で作品と対峙し、長い時間をかけて作品が孕んでいるアニマ(霊性)と無言の対話をされている。私が以前から言っているように、作者は二人いる。私はその一人として作品を立ち上げたが、それをコレクションされた方は、以後、長い時間をかけてその作品との対話が続き、その度に異なる作品の変容してやまないイメ―ジを堪能しながら、その人の生が続いていく、つまりはもう一人の作者となっていくのである。今までに作り上げたオブジェ作品の総数は900点近くになるが、今、私の手元(アトリエ)に在るのは未発表も含めて僅かに10点くらいしか無く、コレクタ―の人達に作品が所有され、大切にされているという事は、作家として最高に幸せな事だと思っている。

 

以前に、美術画廊Xで作品画像の資料を作る必要から、新潮社の人とカメラマンが個展時に来廊され、作品撮影をされていた折りに、面白い感想を聞いた事がある。……私の作品を撮影する為にカメラで細部を追っていくと、その細部のどの部分にも凄みある表情があり、何か深い迷宮に入っていくような不思議な感覚を覚えて興味が尽きないというのである。そしてこのような体験は、他の作家の作品を撮影していた時には全く感じない新鮮な驚きであると言う。このような感想は、昨年に私の作品集『危うさの角度』を編集していく際にも、出版社の求龍堂の編集者の方から伺った事がある。……イメ―ジの強度こそが作品の生命であり、美はそれなくしてあり得ないという想いが強いが、その強度な感覚が、作品の細部にまでイメ―ジの執拗な浸透を促しているようにも思われる。しかし、この細部へのこだわりは私だけでなく、例えば、私がコレクションしているルドンの版画『ヨハネ黙示録……これを千年の間、繋ぎおき』に描かれた、とぐろを巻く蛇に拡大鏡を当てて見ると、正に眼前にいっそうリアルで巨大な蛇が立ち現れ、虚構が現実を凌駕して、正に芸術の芸術たる優位がそこにあるのを体験した事がある。幻視者ルドンの自作のイメ―ジへの確信と、この道を進むという信仰にも似た直線性の成せる成果を私はそこに覚えたのである。……その辺りの事を、今、発売中の月刊の美術誌『美術の窓』に『版画のマチエ―ル』と題して、駒井哲郎、私、ルドンについて書いているので、ご興味のある方はお読み頂けると有り難い。……さて、今回の個展、何れも自信作であるが、今回のブログの主題である『細部に宿る美の密度』の為に、何点かの作品の細部画像を掲載しようと思う。……この密度で総数80点以上の新作が展示されている今回の個展。ぜひご来場頂いて実際に作品の前に立ち会って頂ければ幸甚である。(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

〈掲載画像は全て作品の部分〉

 

 

高島屋・美術画廊X

北川健次〈盗まれた記憶―Francesco Guardiの郷愁に沿って〉

会期:10月16日(水)→11月4日(月・休)

会場:本館6階美術画廊 直通TEL (03)3246-4310

 

 

 

 

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『個展〈盗まれた記憶―Francesco Guardiの郷愁に沿って〉高島屋・美術画廊Xにて遂に始まる』

元号が令和になったこの4月から、不思議と集中的に過激な過去にあまり類のない事件や異変が絶え間なく起きているのは何故だろう。その極まりと言っていいのが、この度の東日本を襲った台風(もはやハリケ―ンと言っていい)である。多摩川、千曲川、阿武隈川……といった名だたる数多の河川が氾濫し、甚大な被害が今もその爪痕を残して容赦ない。先日、被害の大きかった長野に住んでおられる小塚一昭さんから電話が入った。被害状況を伺うと、今もなお不便な停電が続いているという。その小塚さんは、ご自身が大変な時期なのに、私の個展の事に意識が強く在り、停電が直り次第、すぐに北川さんの個展を観に行きます!と言われたのには頭が下がり、感動した。……小塚さんは私の作品をコレクションされ始めてから随分の時が経ち、長い間、親しいお付き合いをして頂いている大切な友人である。6年ばかり前に、福山に住んでおられる三宅俊夫さんが、ご自身のコレクション展を福山の美術館で開催された際に私が記念講演をする事になった時には、小塚さんははるばる長野から来られ、羽田から私に同行されて福山に一緒に向かい、三宅さんに案内して頂いて、念願だった尾道や鞆の浦を尋ね歩いた時の思い出は特に忘れ難いものがある。停電が直り次第、私の個展に必ず来られると言われた小塚さん、そして、なかなか個展の時しかお会い出来ない遠方に住まわれているたくさんの懐かしい方々にお会い出来る、この〈個展〉というものには、作品の展示を介在として、様々な嬉しい意味も含まれているのである。

 

……感覚を集中的に作品の制作に注いでいる日々が続き、気がついてみるとアトリエの大きな作業台の上には、形を得たオブジェやコラ―ジュ作品の、約八十点近い数の新作が陣を成すように出来上がっている。それを観て、ようやく今回の個展全体の姿が視えてくる。……8月の初旬頃に、10年以上、毎年の個展をプロデュ―スして頂いており、私がその感性と眼力に絶対的な信頼を寄せている日本橋高島屋本店美術部の福田朋秋さんがアトリエに来られ、作品を観て、今回の作品が今までよりも更に強度を増して来ている、という評価を頂き、それを聞いた瞬間に忽ち、自作への客観的な自信が湧いてくるのを覚え、最後の追い込みに熱が高まってくる。また、搬入した直後、会場である高島屋美術画廊Xに作品80点以上の作品が並ぶや、美術部の金子浩一さんが「今回の個展作品が、今までの中で最高に平均値が高く、充実した完成度の高い作品が揃っていますね」という、熱い評価を頂いた。……私は思うのだが、今まで100回以上の個展を開催して来たが、ひょっとすると、その完成度の高さに於いて、今回の個展が最も充実しているのではあるまいか、そういう確信を、いま個展会場にいて静かに抱いているのである。……更に強度を増し、完成度を高めているという、この自作への批評分析は自惚れではなく、次なる作品の果敢な実験性への挑戦を意味している。とまれ、今回の個展は11月4日まで、休みなく続くのである。(つづく)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高島屋・美術画廊X

北川健次〈盗まれた記憶―Francesco Guardiの郷愁に沿って〉

会期:10月16日(水)→11月4日(月・休)

会場:本館6階美術画廊 直通TEL (03)3246-4310

 

 

 

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『川田喜久治・勅使川原三郎―表現の深度に沿って』

個展が終わり、アトリエに静かな制作の時間が戻って来た。……語り得ぬ物、立ち上がらんとする何物かを捕らえんとする、イメ―ジの狩人のようなもう一人の私に変わる事の、緊張と静寂に充ちた至福の時間。…このアトリエでは満ち足りたものと、逃がすまいとする焦燥が混在化して、何とも不思議な時間が流れていく。……………その制作の合間を縫って、二日間続けて、以前から楽しみにしていた写真展と公演を観に出かけた。写真の川田喜久治作品展「影のなかの陰」と、勅使川原三郎ソロ公演「青い記録」である。

 

……川田喜久治さんから個展の度に頂くオ―プニングパ―ティ―のお知らせは、いつも決まって実に昂るものがある。私はよほど本物の表現に接する事に飢えているのであろうか、美術家の個展などには全く見向きもしない私であるが、こと川田さんの場合だけは、暦にその日時を書き込み、逸る気持ちを抑えるようにして、その日を待つのである。 ……今回の個展のタイトルは「影のなかの陰」。実に上手いタイトルで、やられた!!と思った。英語ではshadowの一語しかないが、日本語だと書き分けによって、更に〈かげ〉〈蔭〉〈カゲ〉〈翳〉という文字までも孕んで自著のテクストの中に使い分け、そこに複雑な表情を持った陰影のマチエ―ルが立ち上がる。短い言葉の中に、川田さんが抱く「闇の多彩な透層」というものへの様々な拘りと凝視的な視座が伝わって来て、「タイトルとは、こうでなくてはならない」という感をあらためて持った。この短いタイトルだけで、既にして自らの川田喜久治論が饒舌に内包されているのである。……東麻布にある会場の「PGI」の壁面には、新作の写真作品が、やや間を詰めながら、通過する魔群のような表情を帯びて数多く展示されていた。……昨年辺りから、川田喜久治さんはインスタグラムを始められた由であるが、気軽に発信可能という、その意識のフットワ―クの良さを掌中の武器として、また新たな表現世界を顕在化したように思われる。昨年の高島屋の個展に川田さんが来られた際に、私はその被写体として撮られ、それは数日後には川田さんのサイトにたちまちアップされた次第であるが、私もまた、虚構と現実とのあわいに潜む実体不明な住人の一人と化したのであった。……会場で、黒い仮面を付けた、なんとも強い黒の深度を帯びた女性の写真があり、気になったので川田さんに伺うと、その黒い仮面は、ゴヤの版画『ロス・カプリチョス』中に描かれている仮面を実際に作って、妖しいモデルに付けさせた由。……あぁ、確かにあの作品の中にこの仮面があった……と思いが至ると、そこまでゴヤに入り込んでおられたのか!という、その徹底に驚嘆する。私はかつて「……かくして時を経て、ゴヤの遺伝子は間違いなく川田喜久治のそれへと受け継がれた。」という主旨の文を書いた事があったが、その想いをまた新たにしたのであった。……さて川田喜久治さんの写真であるが、そのほとんどがニュ―ヨ―ク近代美術館やテ―ト・モダン……また国内外の主要な美術館に収蔵されているので、なかなかに入手困難であるが、私のアトリエには奇跡的に、その川田さんの代表作二点(ボマルツォの怪獣庭園の巨大な怪物の顔と、日蝕の闇夜を飛ぶ奇怪極まる怪しいヘリコプタ―を撮した写真作品)が、ルドンやホックニ―、ヴォルスなどと共に掛けてあり、我がアトリエの空間をいよいよ緊張の高みへと誘って私を鼓舞してくれるという、コレクションの中でも、極めて重要な作品であり、その黒のメチエは群を抜いて深く、私に様々な示唆を与えてくれるのである。……さて、この個展は7月5日(金曜)まで。お問い合わせは会場PGIまで。入場無料にて開催されているので、ご覧になられる事を強くお薦めする次第である。

 

……川田喜久治さんの個展を拝見した翌日の6月1日の夕刻、私は荻窪にいた。この荻窪にあるスタジオ「アパラタス」を拠点として、まさしくアップデイト(更新)するように、公演の度に新たな身体表現の未踏の極へと迫って留まる事を知らない、勅使川原三郎氏のアップデイトダンス公演(62作目)『青い記録』のソロ公演の、その日は最終日なのである。いつもながら会場は既にして満員。公演は2部構成(「光の裏側」と「白い嘘」)から成る。……川田喜久治さんの闇の透層への拘りは、写真という2次元であるが、このダンス公演では、川田さんとはまた異なる勅使川原氏の拘りを見せて、3次元の舞台空間に妖しくも劇的に開示されていく。……始まりは闇。……そして薄い光が射すや、舞台空間はあたかも、かつて視た銀閣寺の白砂の枯山水の夜の面のような清浄とした表情が点り、その立ち上がりと共に、影から実体へと勅使川原氏の姿が顕と化していく。……そして様々な光のマチエ―ルの移りと共に、身体による様々な変幻が、不思議な時間感覚の中で揺れ動く。そして、一条の過剰な、刃の切っ先にも似た〈或る意思〉を帯びたかのような鋭い光が、勅使川原氏の身体上部(丸い頭部、肩、腕の直線、……指先の先端まで遍く)を貫いていく。……次に一転して、会場を切り裂くように響く、細い板木が執拗に何度も倒れる音。(これもまた聴覚から強引に入り込んで観者を揺さぶる一つのダンスか!!)…………倒れるようにして倒れる事、或いは絶対に倒れないようにして倒れる事。そのしなやかな背反の身体的トレモロ。……2部に移ると、私達の身体が、僅かな最少の骨と筋肉があれば、そこはもはや感情がかしぎこわれ、或いは逆巻く場としての異形な、形なき皮袋である事実を危ういまでに突きつけてくる。もはやこの段では、勅使川原氏は自らの身体にマネキンのごとき客体〈オブジェ〉性を課し、積算された緊張は、対極の緩やかな官能性の襞までも見せてくる。……極限まで引きつった顔の筋肉の戦慄は一転して、ダ・ヴィンチの描いた聖アンナのごとき慈愛の相へと落下するようにして転じ、その極から極への変容を支える、中空に浮くかのような(静の中に動を内包した)アルカイックな美しき身体は、あくまでも勅使川原氏のものであるが、そこに本作の主題である「身体の記録性―記憶の曖昧なる虚ろ性」が絡んで、つまりは、圧巻的に美しい。本作は、記憶の曖昧なる虚ろさよりも、身体に刻まれた記録こそ、或いは確かなのではないか!?……という設問が核にあるが、私は、勅使川原氏が常に自問していると想われる、イメ―ジと偏角性までも孕んだ〈距離の問題〉も、本作に観て取ったのであった。……かつて私は拙作の作品―或る版画集に『ロ―マにおける僅か七ミリの受難』というタイトルを付けた事があったが、本作を観ながら、私は『僅か七ミリの距離を52分をかけて渡りきる試み』という設問を勅使川原氏に伝えたいという、妙な閃きに捕らわれたのであった。……凡庸な表現者であるならば、「そんなのはダンスの主題ではない」「ダンスを知らない者の戯言」と言って、ダンスの狭い概念に汲々として安逸な顔を見せるであろうが、もはやダンスの概念を越境している勅使川原氏ならば、この七ミリの僅かな距離が、遠大にして不到達な距離としてイメ―ジされ、そこに多層的な解釈が加わって艶までも呈するに違いないと私は思うのである。……敏感な人ならば、私のこの設問が、ジャコメッティのオブセッションに繋がっている事に気づかれたかもしれない。……とまれ、次の勅使川原氏の公演へと、もはや私の関心は跳んでいるのであるが、それは間近の今月17日から~25日にわたって早くも開催される事が用意されている。驚異的な速度である。……『マネキン・人形論』(ブル―ノシュルツ原作)。……その案内の葉書には「無限なき物質的生命の陶酔」と記されている。……こちらも、ぜひご覧になられる事をお薦めする次第である。……お問い合わせはKARAS APPARATUSまで。

 

 

川田喜久治『影の中の陰』

会場:PGI
東京都港区東麻布2―3―4 TKBビル3F
TEL:03―5114―7935
時間:11―19時(月~金)11~18時(土)
(日・祝日/休館)
*入場無料

 

 

勅使川原三郎『マネキン・人形論』
(ブル―ノシュルツ原作)

日時: 6月17 ,18,19,20,日/24,25日 20:00
6月22,23日  16:00〜
*受付開始:30分前、客席開場:10分前
料金:一般 予約 3,000円 当日3,500円
学生 2,000円 *予約・当日共

場所:東京都杉並区荻窪5―11―15
カラス・アパラタスB2ホ―ル
TEL03―6276―9136

 

 

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『個展最終日、近づく』

まだ5月下旬だというのに、気温は30度に早くも達する暑い日が続き、もはや7月の気温になって来た。この異常事は史上初の事であるという。この後に梅雨が訪れ長雨のトンネルがしばらく続いたその先には、昨年の猛暑を超える、更なる炎暑、熱波の夏がメラメラと待ち構えていて、日常の中に〈メメント・モリ(死を想え)〉が蔓延するに違いない。……今回の個展は、そう考えてみると、ギリギリでベストな時期に開催されたように思われる。……今年の12月に3年ぶりに個展を開催する予定の、鹿児島のギャラリ―・レトロフトのオ―ナ―の永井友美恵さんをはじめ、北海道、仙台、愛媛他、遠方からも実に多くの方が遙々と私の個展を観に来られ、本当に有り難いと思っている。この場をお借りして感謝を申し上げる次第である。……さて、残る2日間、最期に如何なる方々の不意の訪れが待っているのか興味津々の個展である。……個展が終われば、10月から始まる日本橋高島屋・美術画廊Xの個展が待っている。今の個展が終われば、すぐに制作に没頭の日々が私を待ち受けている。その集中の日々を想うと、今からぞくぞくとする感覚が立ち上がって来るのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『個展開催中―奥野ビルの謎が解けた!!』

前回のメッセ―ジでお知らせした通り、今月の25日まで、銀座1丁目9―8の奥野ビル6階の画廊香月で個展『立体犯罪学―密室の中の十七の劇場』が開催中である(注..日・水は休み)。会場の奥野ビルは昭和7年から存在しているというから、まもなく築90年になろうとしている。このビルの存在を初めて知ったのは、『日曜美術館』での、ドイツ文学者・種村季弘さんの特集の時であった。……番組の冒頭で、カメラが、このビル内の石の階段を這うように低く、ミステリアスなアングルで映し出されていく。すると、突然、階段の途中で唐突に立て掛けられた、額に入った版画が画面に映し出され、それを幕開けとして、三島由紀夫が最も高く評価していた知の巨人―種村季弘ワ―ルドの世界が一気に開かれていくという流れであったが、観ていた私は驚いた。……何故なら、その版画は拙作の『フランツ・カフカ高等学校初学年時代』であり、種村さんの愛蔵のコレクションだったのである。後日、種村さんにお会いした時に伺ったら、番組出だしのそのアイデアは種村さん自身が考案された由(ちなみに、この作品はカフカの翻訳でも知られる池内紀さんも書斎に愛蔵されている、80年代の代表作である)。……まぁ、それはともかくとして、その番組で、このタイムスリップしたような、帝都の面影を色濃く遺す奥野ビルの存在を知ったのであったが、後日に縁あって、美術家の池田龍雄さんからお話があり、そこで個展を開催する事になるとは、これもまた面白いご縁か。

 

……さて、この奥野ビルであるが、戦時中に何度も銀座は空襲爆撃に遭いながら、何故か、この奥野ビルだけが戦禍を免れ無傷のままに焼け残り今に残ったのだという話であるが、私にはその話に引っ掛かるものがあり、何故に空襲を免れたか……という事にずっと秘かな疑問を抱いていた。しかし、その疑問が解ける日が、今回の個展でやって来た。…………先日、デザイナ―で、私の作品の熱心なコレクタ―でもある久留一郎氏が画廊に来られた。久しぶりの再会なので話題がいろいろと飛び、やがて話がこのビルの話になった時、久留氏の口から、このビルの長い歴史の中であまり知られていない或る時代の事が明かされた。……彼の話に拠ると、このビルは戦時中には、築地の聖路加病院の看護婦たちが住む女子寮であったのだという。……かつては詩人の西条八十も棲んだというが、戦時中にそういう事があったとは意外であった。……その話を聴きながら私には、戦前のある秘話が浮かび上がって来たのであった。

 

……1934年(昭和9年)に、ベーブ・ルース、ルー・ゲーリック達、アメリカ野球のMLB選抜チームが日本を訪れ、沢村栄治らを擁する日本の野球チームとの親善試合が数回、場所を変えて行われた。そのアメリカチームの選手の中にモー・バーグという名前の捕手がいた(かなり格が落ちる二流の選手)。バーグは数試合に出ただけで突然、姿を消し行方がわからなくなったが、それを気にする者は誰もいなかった。……試合が行われている頃に、築地にある聖路加病院の最上階の見晴らしの良い屋上に一人の背の高い男が手にカメラを持ちながら立っていた。……モー・バーグである。彼は野球選手でありながら、今一つの顔は〈スパイ〉であった。バーグは、浅草寺、隅田川、富士山、筑波山……などの要所を基点に入れながら360度、一望に見渡せる広角の連続撮影でパノラマ写真を撮りながら、後に日米間の戦争を見据えての精確な撮影を秘かに行っていたのである。つまり、東京を始めとする、実に緻密な情報が、戦前からアメリカは入手していたのであるから、向こうが遥かに上手である。……私は今も築地の聖路加病院の近くを通ると、その秘話を思い出して、病院の最階上に眼を遣るのであるが、その秘話と絡め合わせると、銀座の奥野ビル近辺への爆撃を意図的に止めていた事が浮かび上がって来るのであった。聖路加の病院名は、新約聖書の福音書『ルカによる福音書』を書いたと云われる聖ルカに由来し、その建物は古くからキリスト教と密接な関わりがあるので、その病院で働く看護婦たちが住む、当時女子寮であったビルだけが戦禍を免れた事は想像に難くない……とも見えてくるのである。……ともあれ、様々な人達のドラマがあり、長い時間の澱が秘めやかに刻印されている、この奥野ビルで開催されている今回の個展『立体犯罪学―密室の中の十七の劇場』は、いかにもこの建物とリンクして、相応しいタイトルではないだろうかと思っている。……その個展が始まって、会期の三分の一が過ぎたが、まだまだ25日まで個展の日は続く。……そして遠方も含めて数多くの方々が観に来られて、様々な出会いの日々にもなっている。毎日が実に充実した日々がまだ暫く続き、その後は、10月からの日本橋高島屋の個展の為の、今度は一転してアトリエでの静かなる制作の日々へと移っていくのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

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〈個展『立体犯罪学―密室の中の十七の劇場』今月7日より東京にて開催さる!!〉

前回のノ―トルダム大聖堂炎上に関して書いたメッセ―ジには、多くの方から様々な反響を頂いた。いろいろなご意見があって面白く拝読したが、異質なものとして面白かったのは、美大の後輩で、細密な天使像を描く佐藤弘之君のご意見「聖堂が炎上している時に、あのノ―トルダムのせむし男は、果たして無事に逃げ延びられたのでしょうか!?」という着想は、特に私の気を引き〈しまった、そこまで考えなかった!〉と反省をしたのであった。ウンベルト・エ―コの名を出さずとも、美には醜が憑き物のように付いているので、この佐藤君の閃きには〈負けた!〉と脱帽したのであった。……そう、確かにあの炎上の最中に、ノ―トルダム聖堂の、あの黒ずんだ巨大な鐘を鳴らす男が必死で逃げ惑う様を想像するのは、絵になる光景ではあるだろう。……マクロンは、聖堂を僅か5年で直して見せると発言した。……5年、この早さに何の意味があるのか。何を急ぐのか!?……神無き現代に、聖堂が精神的支柱としての存在への崇高な希求などは、もはやそこにはなく、あえて意味を見るならば、観光資源としての必要からの早急さしか、私には見えないのであるが、はたして皆さんのご意見は如何であろうか。

 

 

 

 

……さて、今回のメッセ―ジで書きますと前回予告したのは、ある意味でノ―トルダム聖堂の炎上以上に大変な事態が、実はル―ヴル美術館で起きており、それを書けば誰もが唖然とする事なのであるが、その惨状を示す画像の拡大したものが、未だ私宛に届いていないので、画像が届き次第書くことにして、……今回は、予告を変えて、今月7日から25日まで、銀座の奥野ビル6Fにある画廊香月で開催される個展『立体犯罪学―密室の中の十七の劇場』についてのお知らせを書こう。美術家の大先輩である池田龍雄さんから、銀座の画廊香月でぜひ個展を!!と直接の依頼を頂いてから、もう何年になるであろうか。……早いものであり、いつしか毎年、春の個展として定着するようになってしまった。画廊のオ―ナ―の香月人美さんは、かつてラジオのパ―ソナリティや、舞踏家の大野一雄に私淑してその弟子になったりと、その経歴は多彩であり、また未だ謎であり、ために普段私などが知り合う機会のない方面の方々が画廊に来られるので、私自身もまた一興にして一驚の妙があり、期間中は出来るだけ画廊に行くようにしている。また作品への様々な感想も伺えるので、表現者として発展的な日々が、これから約3週間続くのである。……長い連休が続き、郵便の配達が作動しなかった為に、場所によっては、今回は個展のご案内が届かない場合もある可能性があるので、以下に詳しい画廊の住所を記しておこうと思う。……更なる新作の展開をご覧頂きたく、皆さまのご来場を楽しみにお待ちしています。

 

 

『画廊香月』

会期:  5月7日(火)―25日(土)

時間:13時~18時30分まで (休廊:日曜・水曜)

場所:東京都中央区銀座1丁目9―8 奥野ビル6F TEL&FAX 03―5579―9617

(昭和初期に建てられたレトロな建造物で一見の価値あり。今ではロ―マなどでしか見られない、開きの手動エレベ―タで6Fのボタンを押してから、階上へと上がっていく仕組みで、これもまた面白い体験です)

 

 

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『詩人・ランボオと共に』

本郷の画廊・ア―トギャラリ―884での、作品集刊行記念展も盛況のうちに無事に終わり、また新しいコレクタ―の方々が出来て、実りの多い個展であった。この地は、樋口一葉、石川啄木、宮沢賢治などが住み、また谷崎潤一郎・竹久夢二・坂口安吾、大杉栄……達が数多く住んだ伝説の宿―本郷菊富士ホテル跡も近く、午前中は画廊の近辺を廻って古の文芸の生まれた背景を確認する面白い時間が持てる有意義な2週間でもあった。

 

その個展の合間に一日だけ画廊の休みの日があったので、横浜美術館で開催中の駒井哲郎展を観に行った。……先に観た友人達から、横浜美術館の展示の下手さ、ルドン・ミロ等のオリジナル作品が駒井哲郎の作品と直に並んで展示されている為に、駒井哲郎の作品が弱く見えてしまった……などという厳しいメールが届いていたので気になっていたが、ようやく観に行けたのであった。そして、友人達からの指摘がまぁ一面では当たっている事に頷きながらも、少し想うところがあった。……駒井さんがルドンやミロ、またクレ―などの作品に出会った時は、今ほどに彼らの作品情報も豊富な時でなく、また画集の印刷も鮮明でない時代であった。その時に駒井さんが見て直感した感動の純度の高さはいかばかりであったかと想う。この、内に荒ぶるものと無垢の精神を宿した、本質的に詩人の感性を多分に持った人は、憧れに似た想いで、彼ら西洋の芸術家の作品を前にして、熱く拝するような想いで接し、またそのエッセンスを得んとして、しかし憧れのままにその域を出る事なく試作したかと思われる。情報もまた黎明期の少ない中で、この不足は多分に表現者として豊かな揺れや解釈の誤解を生んで、駒井さん独歩の物語や表現の独自性を紡いでいき、例えば代表作『束の間の幻影』に結実していったのである。このような、不足な時代の情報への飢餓感は、他には、デュ―ラ―やゴッホに憧れながらも、しかしデュ―ラ―やゴッホには劣るとも、後に切通しの坂の玄妙な幻視を結晶化した岸田劉生に例を見ると同じく、現場主義的な推察がまた比較論的に必要なのである。それを一言で云えば、西洋の精神や感性の強度な硬質さに対し、岸田劉生や駒井さん、また諸々のこの国の表現者の感性はあまりに抒情的であり、ずばり駒井さんの感性の近似値を云えば、美術よりもむしろ文芸の方に近く、福永武彦あたりに着地するかと思われる。

 

……会場を廻って行くと、駒井さんの遺品が幾つか展示されていた。その中に駒井さん愛用の白い帽子があり、私は、あぁ、あの時に駒井さんの横にこの帽子があったというのを鮮明に想いだし懐かしかった。……あの時、それは確か7月の初夏の頃であった。美術館が作成した私の作品図録を開くと、『姉妹』という作品を作ったのは1973年、私が21才の未だ美大の学生の時であった。版画科の作品批評会なるものがあり、助手が「今日は駒井先生はお休みです」と言った。言った瞬間に私は(最早この場にいる意味無し)とばかりに席を立ち、教室から出ていった。残った学生達は唖然とし、他の2名の教授達は私の態度に憮然としたようであった。私は出来上がったばかりの『姉妹』を駒井さんはどう見て、どういう言葉が返ってくるのか、ただそれだけに関心があり、数日後に電話で駒井さんにその旨を話すと、その1時間後に世田谷の自宅から、私が待つ美大の教室に来てくれた。……駒井さんは作品を見て一目で気にいってくれて、手応えのある言葉を話してくれた。……しかしタイトルの話になって意見が別れた。「北川君、この作品のタイトルは何と言うのですか?」と尋ねられたので、私は「『姉妹』と付けようと思います」と話すと、駒井さんは「『姉妹』をやめて『双生児』にしなさい」と言う。「いや、もう決めていますから」と話すと、珍しく駒井さんはニヤリと唇を歪めて「北川君、私はタイトルは上手いのですよ」と、珍しく上からの目線で言ったので、私は「駒井さん、せっかくのお言葉ですが、タイトルなら私も少しばかり自信があります。やはり『姉妹』にします』!!」と、我が考えを通した。……その場所の、暗くて硝酸の臭いがする教室の駒井さんの横に、この帽子があったな……と懐かしく私はそれを眺めた。…………私が拒んだ『双生児』と、私が付けた『姉妹』には似て非なる距離がある。駒井さんの言語感覚が持っている、湿潤な、暗くて重い、つまりは日本の風土にそくした抒情性に対し、私の『姉妹』は非対称的な幾何学的配置で、硬質である事をオブセッションのように要する私の資質の映しであり、何よりも、この『姉妹』は三島由紀夫の小説『偉大なる姉妹』への挑戦として、異様なグロテスクさを孕みながらも、秘めた暗示性の刻印を意図した作品なのである。〈駒井先生!〉……といって、まるでカルガモの子供のように追随する学生や助手が、当時は数多くいたが、数十年とはいえ、生まれた時代が違う人に追随し、その影響下に沈むと、次なる時代に於ける表現者としてのリアリティ―が立たなくなる事を私は知っていた。そして自らを弟子と称する者達に「師を越えられぬ者は愚か者である」と手稿に厳しく記した、ダ・ヴィンチの洞察した言葉が在る事も既に私は知っていた。……私が銅版画の自作に「Comedie-de-soif」という文字(「渇きの喜劇」の意味)を稚拙なフランス語でギザギザと苛立つように刻んだ時に、駒井さんは「君はランボオを読んでいるのですか!?」と、すかさず静かに語りだして来たのも、また心の深部に響く手応えがあったが、しかし、表現者の先人ではあっても譲れないものは譲れない。駒井さんは、私の版画制作時の初期に於ける手応えのある人であったが、私は表現者の一人として醒めた距離を置いていた。駒井先生とは決して語らず、「駒井さん」という呼称を本人の前でも通し続け、駒井さん自身もそれを喜んでいた。……しかし、駒井さんよりも、またこのすぐ後に出会った棟方志功さんや池田満寿夫さんよりも、私は強く意識する人物がいた。銅版画史に残る世界的水準の名作と云っていい、天才詩人アルチュ―ル・ランボオをモチ―フとしたランボオの連作を版画集で刻んだジム・ダインという存在が私に於ける手強い牙城であり、遥かなる高みであった。私はジム・ダインのランボオの版画のポスタ―を室内に貼り、画集がインクで黒ずむ迄に読み返し、このジム・ダインなる天才の表現のエッセンスに迫るべく格闘する日々であった。そして、ランボオは私の表現者としての初期から近年に至る迄、その対象に迫る視点と技法は変わりながらも、長年にかけて挑むに足る牙城であった。

 

2008年の冬に、私のサイトに、フランスから突然のコンタクトが入った。Claude Jeancolasという人からである。……日本でも翻訳本が出ている、アルチュ―ル・ランボオ研究の第一人者で、20冊以上の著作が出ている人である。氏からのメール文には「ランボオをモチ―フとした美術作品を一堂に集めたアンソロジ―の美術書にあなたの作品も載せて、更に生地のシャルルヴィルに在るアルチュ―ル・ランボオ記念館で作品展を開催したいので、ぜひ出品して頂きたい。ちなみに東洋からの選出作品はあなただけであり、出品作家は他に、ピカソ、ジャコメッティ、クレ―、エルンスト、ミロ、メ―プルソ―プ、ジャン・コクト―、ジム・ダイン……である。」と書いてある。最後の方に書かれていたジム・ダインの名を見た時、私は重なるように意識していたランボオとジム・ダインが浮かび「もちろん、喜んで!」という返事を返した。その後に送られて来た、彼がテクストを書くための質問の数々は実に手応えのある文で、日本の美術評論家とは格段にレベルの異なる成熟した知性とセンスの高さを刻んだものであった。……私は各々の質問に丁寧に答え、最後に「アルチュ―ル・ランボオは私において既に客体である」と締めくくって返した。後日、パリのFVW EDITION社から刊行されたClaude Jeancolas氏著作の『LE REGARD BLEU D”ARTHUR RIMBAUD』には前述した作家達の作品と共に私の二点の作品も見開きで掲載され、実に緻密なテクストが各々に配されている。私について書かれたテクストの冒頭は「〈ランボオを理解出来るのは、私たち西洋人だけである〉といった思いを我々ヨ―ロッパ人はひそかに抱いていたが、北川健次の強度な作品は、その考えを覆してしまった」という記述から始まっている。私は永年共に歩いて来たランボオの生地シャルルヴィルの記念館を展覧会に合わせて訪れ、ランボオの生原稿の詩、そして、私が通り抜けて来た20世紀の美の先達の作品が掛けられている館内を学芸員の人に案内されて廻り、牙城として来たジム・ダインのランボオの版画の前を通り、私の二点のランボオの版画作品の前に来た。……メ―プルソ―プ、そしてマックス・エルンストの作品がその近くで展示されていた。

 

……その2年後の2010年、やはりClaude Jeancolas氏の企画で、今度は『RIMBAUD MANIA』と題した展覧会が、パリのマレー地区にある16世紀の遺構、パリ市立歴史図書館で開催された時に選出された美術家は、ピカソ、ジャコメッティ、ジム・ダイン、ジャンコクト―、そして私であり、各々のランボオ作品が展示され、パリの出版社「Paris bibliotheques」から作品集が刊行された。…………ランボオとの長い旅がこれで終わるかと思っていたら、その数年後に、20代からの牙城であったジム・ダインと対面するという機会が突然やって来た。名古屋ボストン美術館で開催されたジム・ダイン展に合わせて来日した本人に、館長をされていた馬場駿吉さんが引き合わせてくれたのである。私はランボオの作品ほか数点を持って会う事となった。ジム・ダインは、ランボオミュ―ジアムで展示されていた私の作品をよく覚えていると語り、私の肩に手をかけて「俺は、パリのセ―ヌ河沿いにある古書店で、この小僧(ランボオの事)の生意気な面構えを見て、作品で抹殺する事にしたのだ!天才詩人ランボオというよりも前に、この顔、この面の皮の厚い顔にたちまち触発されたのだ!!」と語ってくれた。20代の前半に、ジム・ダインのランボオ作品と出会い、そのポスタ―を壁に貼り、何とかその高みに上がりたいと希求して来た人物が、正に今、しかも近代の版画史に残る作品の制作時の秘話を直接本人から語られる日がやって来ようとは……。だから人生は面白い。私が、ランボオはもはや客体であると考え、イメ―ジを皮膚化する試みとしてランボオの顔の皮膜を突き破ったのと同じく、ジム・ダインはランボオの顔を抹殺する事にした。考えてみると、ランボオへの眼差しに於ける視点には近いものがある事を、私は彼自身の生な言葉から知ったのであった。ランボオへのオマ―ジュ、そして彼の詩のイメ―ジの中に溺れるようにして刻んだ版画、そして最後に至った客体としての皮膚化されたランボオの表象の顔。……ランボオとの旅は果たしてこれで終わりを遂げたのか!? ……しかし、私と同じく、ランボオに挑み、ランボオを捕らえんとして、表現者としての初期から意識して来た人物がまだ他に二人いる事を私は知っている。詩人の野村喜和夫氏と、ダンスの勅使川原三郎氏である。野村氏とは、共著での詩画集『渦巻カフェあるいは地獄の一時間』で共にランボオに迫り、勅使川原氏の場合は、『イリュミナシオン・ランボ―の瞬き』の公演の文章を今年の1月に書いた。自作とは別に今少し、ランボオとは歩みを共にする事になるかも知れないという予感がある。……さてもランボオとは一枚の鏡。私の折々の変遷を映し出す危うくも鋭い一枚の鏡なのかもしれない……と、今ようやくにして思うのである。

 

 

 

(左)北川健次 (右)ピカソ

 

 

(左)ジム・ダイン (右)ジャコメッティ

 

 

 

 

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『今年最後の個展を開催中』

……前回のメッセ―ジを読まれて、上野のデュシャン展に行かれた方がかなりおられたらしく、〈確かに『大ガラス』(この作品のみ和製)の、マチエ―ルへの配慮を欠いた作品のみが、著しく劣って見えた〉という感想が何通か届いた。やはり、表象に宿るマチエ―ルは重要であり、ある意味でそれが全てなのである事をあらためて痛感した次第である。

 

さて、そのマチエ―ルであるが、それの豊かな宿りを持った作品について具体的に考えていくと、幾つかの作品に思い至るのであるが、そこには「霊妙」といっていい境地に達した作品が幾つか浮かんで来て、陶然とした感慨に包まれる事がある。

 

……例えばダ・ヴィンチの『モナ・リザ』、宗達の『牛図』、劉生の『切通し』の絵や、菱田春草の『菊慈童』などがそれであるが、しかし今、脳裡に先ず鮮やかに浮かぶのは、それらを排して松本竣介のニコライ堂を描いた作品である(掲載画像参照)。竣介絶筆の『建物』は絵画の不思議さを映す一つの極であるが、『ニコライ堂』の持つマチエ―ルの権能が霊妙へと私達をして導く危うさはまた別格なものがある。……夢の中のノスタルジックな懐かしさと、見てはいけないものを見せられたような禁忌の韻の混交は、この絵画をして竣介の才能の高みを証して余りあるものがあるのである。

 

前回のメッセ―ジでお伝えした通り、12月1日まで、本郷の画廊・ア―トギャラリ―884で作品集刊行記念の個展『狂った方位―幾何学の庭へ』を開催中なので、日々画廊に通っているが、ある朝早めに御茶ノ水駅に着いたので、松本竣介の描いたニコライ堂の現場を探してみる事にした。基点は聖橋である。かつて中原中也が「去らば東京、おぉ我が青春」と橋上で叫び、また竣介がモチ―フを求めてさすらった聖橋は、まだその面影を色濃く残して、そのままにある。ただ、竣介のいた当時の静かな情緒はさすがに薄れ、彼が描いた地点に立つと、車に跳ねられてしまうのが少し辛い。湯島聖堂周辺は、竣介の眼差しをなぞるほどに気配は残っているが、彼の手法は、幾つかの視点を組み合わせたモンタ―ジュなので、ピタリと重なる地点はない。しかし、彼の生きた残余の韻は今も伝わって来て、暫しの感慨に私は包まれた。今日の美術界はご存じのように拝金主義に堕ちて久しい。竣介の生前は殆ど評価されない無名の人であったが、死後に、画家の岡鹿之助や評論家の土方定一らが寄せた評価によって、忽ちその才能が評価されるようになった。竣介の生涯などを見ると、やはり表現者は、その分野が未成熟な黎明期に生きるのが幸せであって、飽和期に生きるものではないなと、ふと思う。……その日の午前、私は竣介の生に己が身を重ねる試みをして暫しの時を過ごし、昼前に、我が個展の会場へと入ったのであった。……今年は例年になく多忙な一年であったが、今年最後の個展も12月1日に終わり、暫くの充電へと私は入る予定である。……しかし、このメッセ―ジはまだまだ続く。次回も乞うご期待である。

 

 

作品集刊行記念展『狂った方位―幾何学の庭へ』

ア―トギャラリ―884

東京都文京区本郷3―4―3 ヒルズ884お茶の水ビル1F

TEL03―5615―8843 11時―18間30分 月曜休み

最寄り駅・JR御茶ノ水駅

千代田線・丸の内線 新御茶ノ水駅より徒歩5分

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『湯島詣と、マルセル・デュシャン』

今夏の8月に求龍堂から刊行された私の作品集『危うさの角度』の特装本(限定100部)が完成し、それを記念した個展『狂った方位―幾何学の庭へ』が、東京の「ア―トギャラリ―884」で今日から12月1日(月曜のみ休み)まで開催中である。画廊の住所は、文京区本郷3―4―3 ヒルズ884お茶の水ビル1F TEL03―5615―8843。11時~18時30分・最終日は16時まで。ここは旧湯島で、近くには、湯島聖堂や神田明神などがあり、昔日の江戸の風情が透かし見える良き場所である。高島屋の個展が終わって、急きょ組まれた、いわば休む間もない個展であるが、作品集の刊行記念展ならば頑張らねばならない。……しかし、この地は東京でも私が最も好きな場所であり、あたかも湯島詣でのような気持ちで、会期中は通う日々が続きそうである。……アトリエに秘かに仕舞ってある、なかなかご覧になっていない珍しい作品も出品しているので、ご高覧頂けると有り難いです。

 

……さて先日、高島屋の個展が終了した数日後に、上野の国立博物館で開催中のマルセル・デュシャン展に行った事は書いたが、その後でまた観たくなり、もう一度行ってみた。行って改めて感心した事は、この展覧会の実に神経の行き届いた照明の見事さである。以前に観た運慶展でも感心したが、その照明の巧みさは、運慶解釈の、またデュシャン解釈の1つの提示と言っていいまでに巧みで行き届いた配慮があり、私をして酔わせるものが多分にあった。また、掲載した画像をご覧頂けるとお分かりかと思うが、作品の壁面に掛けられた高さの位置の絶妙さである。私も作品を高めに展示するが、その高さは、作品本来が持っている深部を把握している事であり、目線と水平に作品の中心が合えば、視覚から脳髄に直に伝わるものがあり、故に作品の深部と、観る側の感性が結び付く。しかるに、この国の大多数の画廊や作家は、その自明な重要点に配慮が至らず、結果いたずらに作品が低く掛けてあり、あたかも紐が緩んでずり落ちたパンツのごとき、だらしのない展示が実に多い。何故にあまりに低く掛けているのか?……その理由を実際に聴くと、(……皆さんそうですから)、(……最近は低いのが流行りですから)といった、素人ばりの返答に呆れるばかりである。二次元の作品は当然ながら正面性を併せ持つ。……故にもっと神経を使って、展示には細心の注意をするべきであろう。本展を観て、彼らが学ぶべき事、大である。……さて、今回のデュシャン展で最も大きな出品作品は、デュシャンが作ったオリジナルではなく、彼の死後に日本で制作された『彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁さえも』(通称―大ガラス)という巨大なガラス作品であり、他は全てフィラデルフィア美術館から持って来た作品であるが、この大ガラス作品が、見た瞬間にわかるほど、アニマがなく貧弱な事は歴然としている事に多くの人が気づかれたかと思う。理由ははっきりしていて、デュシャンの大ガラスのレプリカであり、制作に当たったのは、瀧口修造監修、多摩美大の東野ゼミの学生に拠るものであり、その先頭に立って制作に燃えたのが、私の同級生のS君であった。(……Sよ、意味がないから止めておけ、あの大ガラスを意味ある物にしているのは、あのガラスに偶発的なアクシデントで入った扇情的な亀裂だよ!……その亀裂を欠いたレプリカは意味がなく、絶対に底浅い物になるから、Sよ止めておけ!!)と、当時、大学院生であった私は忠告したが、Sは耳を貸す事なく、東野芳明の間違った解釈をなぞるように没頭し、今、その結果が私の眼の前にあからさまに在る。芭蕉の俳句の言葉ではないが(……無惨やな!)である。「網膜の美より、観念の美の方に意味がある」と提唱したデュシャンであったが、彼はマチエ―ルの重要性を実質的に知っていた。だから、本展に於ける他の出品作品には巧みなマチエ―ルが配されていて観る者を惹き付けている。しかし眼前にある和製の大ガラスにはマチエ―ルの富が無く、まるで表象のペラペラなのを見て、学生時にSに語った自分の先見性が間違っていなかった事を私はあらためて確認したのであった。(表象の皮膚こそが最も重要であり、最も意味がある。……そう、誰もが知るように、表こそが最も深い。)という言葉があるように、網膜の美、観念の美の是非云々を問う以前に、マチエ―ルは表現の核にある必須である事をデュシャンは知っていた!!……それだけであり、私が先に書いたデュシャンのパラドックスの妙もそこに尽きるのである。……デュシャン展、そして私の個展。ぜひのご高覧をここにお薦めする次第である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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