Event & News

『個展―「吊り下げられた衣裳哲学」展・開催中』

日本橋・高島屋本館6階美術画廊Xで29日まで開催中の個展が盛況のうちに進んでいる。90点近いオブジェ、コラ―ジュ、版画、写真といったジャンルを異にする表現が一堂に並んだ個展である。……普段なかなかお会い出来ない知人の方が、北海道、九州などの遠方からも来られ、また昨日はドイツからも知人が遙々駆けつけてくれて、私を驚かせてくれた。本当に有り難いことだと思う。またこれからも遠方の方が来られる予定が入っているので、会期の最後の29日まで毎日が実に楽しみである。……個展を観られたコレクタ―の人達の意見は一致して、今回の個展の密度が今までで最も深く、完成度の高い作品が並んでいる事に総じて驚かれているが、長い時間をかけて制作に没頭してきただけに、今回の一致した高い評価には強い手応えを覚えている。しかし、会場に展示されている完成したばかりの作品群の多くがコレクタ―の人達のコレクションに入っていく為に、作者である私は、現在形の自作を分析しながら、同時にその作品群との訣別の時間をも会場で過ごしている。……確かに私の作品群は年毎に密度を増し、暗示や象徴性もより濃密になっている事は事実であるが、さらにそこから、次なる未知への探求へと歩を進めなくてはならない。常に、ここから先が難しく、故にまた研鑽のしがいもあるのである。……個展会場の中にいると、自分の現在のありようが非常に鮮明に見えて来て、実に意義のある空間が私の前に具体的に拡がって見え、その先に新たなる「語り得ぬ領域」が、私をして待っているのである。薄氷を踏むような危うさと愉楽。……この個展の空間と、各々の作品の中には、未知なる手がかりが実に沢山詰まっているのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「個展『吊り下げられた衣裳哲学』展、始まる。」

今月の2日の朝、私の歴程特別賞授賞を祝うたくさんの方からのメールがいっせいに届いた。……何故みんな知っているのだろうと思い、数人の人に電話をして訊くと、今朝の読売、毎日新聞ほか地方の新聞にも記事が載っているという。私は新聞をとっていないので、逆に、昨日の1日に正式な発表があったのを知った次第なのである。とまれ、たくさんの方からのメールは有り難く、その一人一人に御礼のメールを返したのであった。美術の分野を越境して、かなり意識的にポエジ―を絡めとり、ノスタルジアを立ち上げる装置を作っているという意識で近年は作品を作っているので、この度の賞は、それを諒とするに足る絶妙なタイミングであったように思われるのである。

 

……さて、前回のメッセ―ジでお話したように、10日から日本橋高島屋本館6階の美術画廊Xで、個展『吊り下げられた衣裳哲学』展が始まった(29日まで)。作品総数90点近い新作が一堂に並び、今回の個展はかなり壮観な手応えを覚えている。先月に高島屋の新館がオ―プンした事もあり、初日から、かなり来廊される方が多いように思われる。……これからの3週間の期間にわたって、美術画廊Xを舞台とした、イメ―ジの交感、危うさを帯びた幻視のエクリチュ―ルが展開するのである。……今回の個展は前評判も高く、自信作がズラリと並んだ個展になっているので、是非のご高覧を、ここにお願いする次第である。

 

 

 

 

「LUCREZIA」

 

 

吊り下げられた衣装哲学

 

 

エウローペの黒い地図

 

巴里の時間

 

 

Angesの計測された衣装哲学

 

 

 

 

 

 

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『作品集刊行の反響』

求龍堂の企画出版で私の作品集『危うさの角度』が刊行されて半月が過ぎた。本を入手された方々からメールやお手紙、また直接の感想なりを頂き、出版したことの手応えを覚えている。……感想の主たるものは先ず、印刷の仕上がりの強度にして、作品各々のイメ―ジが印刷を通して直に伝わってくる事への驚きの賛である。……私は色校正の段階で五回、ほぼ全体に渡って修正の徹底を要求し、また本番の印刷の時にも、二日間、埼玉の大日本印刷会社まで通って、担当編集者の深谷路子さんと共に立ち会って、刷りの濃度のチェックに神経を使った。私の要求は、職人が持っている経験の極を揺さぶるまでの難題なものであったが、それに響いた職人が、また見事にその難題に応えてくれた。昨今の出版本はインクが速乾性の簡易なもので刷られているが、私の作品集は、刷ってから乾燥までに最短でも三日はかかるという油性の強くて濃いインクで刷られている。私の作品(オブジェを中心とする)の持っているイメ―ジの強度が必然として、そこまでの強い刷りを要求しているのである。……しかし、当然と思われるこのこだわりであるが、驚いた事に、自分の作品集でありながら、最近の傾向なのか、色校正をする作家はほとんどおらず、また印刷所に出向いて、刷りに立ち会う作家など皆無だという。信じがたい話であるが、つまり、出版社と印刷所にお任せという作家がほとんどなのである。……、昔は、作家も徹底して校正をやり、また印刷所にも名人と呼ばれる凄腕の職人がいて、故に相乗して、強度な印刷が仕上がり、後に出版物でも、例えば、写真家の細江英公氏の土方巽を撮した『鎌鼬』や、川田喜久治氏の『地図』(我が国における写真集の最高傑作として評価が高い)のように、後に数百万で評価される本が出来上がるのであるが、今日の作家の薄い感性は、唯の作品の記録程度にしか自分の作品集を考えていないようで、私にはそのこだわりの無さが不可解でならない。だから、今回、その川田喜久治氏から感想のお手紙を頂き、「写真では写せない深奥の幾何学的リアル」という過分な感想を頂いた事は大きな喜びであった。また、美学の谷川渥氏からも賞賛のメールが入り、比較文化論や映像などの分野で優れた評論を執筆している四方田犬彦氏からは、賛の返礼を兼ねて、氏の著書『神聖なる怪物』が送られて来て、私を嬉しく刺激してくれた。また、作品集に掲載している作品を所有されているコレクタ―の方々からも、驚きと喜びを交えたメールやお手紙を頂き、私は、春の数ヵ月間、徹底してこの作品集に関わった事の労が癒されてくるのを、いま覚えている。

 

私のこの徹底した拘(こだわ)りは、しかし今回が初めてではなかった。……以前に、週刊新潮に池田満寿夫さんが連載していたカラ―グラビアの見開き二面の頁があったが、池田さんが急逝されたのを継いで、急きょ、久世光彦さんと『死のある風景』(文・久世光彦/ヴィジュアル・北川健次)という役割で連載のタッグを組んで担当する事になり、その後、二年近く続いたものが一冊の本になる際に、新潮社の当時の出版部長から、印刷の現場にぜひ立ち会ってほしいと依頼された事があった。これぞという出版本の時だけ印刷を依頼している、最も技術力の高い印刷所にその出版部長と行き、早朝から夜半まで立ち会った事の経験があり、それが今回役立ったのである。……久世光彦さんとの場合も、久世さんの耽美な文章に対峙し、食い殺すつもりで、私は自分のヴィジュアルの作品を強度に立たせるべく刷りに拘った。結果、久世さんの美文と、私の作品が共に艶と毒の香る本『死のある風景』が仕上がった。……表現の髄を熟知している名人・久世光彦の美意識は、私のその拘りの徹底を見抜いて、刊行後すぐに、手応えのある嬉しい感想を電話で頂いた。共著とは云え、コラボなどという馴れ合いではなく、殺し合いの殺気こそが伝わる「撃てば響く」の関係なのである。……今はそれも懐かしい思い出であるが、ともかく、それが今回役立ったのである。だから職人の人も、印刷の術と許容範囲の限界を私が知っている事にすぐに気づき、その限界の極とまで云っていい美麗な刷りが出来上がったのである。この本には能う限りでの、私の全てが詰まっている。…………まだご覧になっておられない方は、ぜひ実際に手に取って直にご覧頂きたい作品集である。

 

……さて、6月から3ヶ月間の長きに渡って福島の美術館―CCGA現代グラフィックア―トセンタ―で開催されていた個展『黒の装置―記憶のディスタンス』が今月の9日で終了し、8月末には作品集『危うさの角度』も刊行された。(『危うさの角度』の特装本100部限定版は、9月末~10月初旬に求龍堂より刊行予定)……そして今の私は、10月10日から29日まで、東京日本橋にある高島屋本店の美術画廊Xで開催される個展『吊り下げられた衣裳哲学』の作品制作に、今は没頭の日々を送っている。今回は新作80点以上を展示予定。東京で最も広く、故に新たな展開に挑むには、厳しくも最高にスリリングな空間が、私を待っているのである。今年で連続10回、毎年続いている個展であるが、年々、オブジェが深化を増し、もはや美術の域を越境して、私自身が自在で他に類の無い表現の領域に入ってきている事を、自分の内なる醒めた批評眼を持って分析している。「観者も実は創造に関わっている重要な存在であり、私の作品は、その観者の想像力を揺さぶり、未知とノスタルジアに充ちた世界へと誘う名状し難い装置である」。これは私独自の云わば創造理念であるが、私の作品は、今後ますます不思議な予測のつかない領域に入りつつあるようである。……その意味でも、10月から始まる個展には、乞うご期待という事を自信を持って、ここに記したいと思う。

 

 

 

 

 

 

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『日本現代銅版画史展―東京・不忍画廊にて22日より開催』

前回のメッセ―ジで、7月に亡くなられた浜田知明さんの回想を書いたが、その浜田さんの作品と、私の版画が、東京都美術館の企画展いらい、本当に久しぶりに一緒に展示される機会が訪れた。東京日本橋にある不忍画廊で今月の22日から9月8日まで、現代の視点から銅版画に於けるポエジ―の可能性を問うた『日本現代銅版画史』展が開催されるのである。作家は、浜田さんと私以外に、駒井哲郎・池田満寿夫・浜口陽三・加納光於ほかであり、なかなか観れない珍しい作品もかなり展示されるようである。……30年ばかり前から版画は時代に合わせんとして浅薄にも作品が大型化し、結果、求心性と密度を欠き、その質が総じて低迷化し、馥郁とした表現世界を持った版画家が全く出て来なくなってしまった。……不忍画廊は、版画の企画展も数多く手掛けてきた老舗の画廊として知られているが、改めて、銅版画の可能性を問うた企画として本展の企画を立ち上げ、今回の展覧会が実現したのである。自問と他者への問い掛けが、本来は各々の展覧会に入っていなくては、実としての意味がない。その意味で、この展覧会は、その先の、表現世界を豊かにするために必須な「ポエジ―とは何か!?」を、銅版画を通して問い直す展覧会なのである。会期は短いが、一人でも多くの方にご覧頂きたい、特異な切り口を持った展覧会だと私は思う。私が本展に寄せて書いた小文や、画廊の展覧会趣旨もぜひお伝えしたく、以下に掲載するので、御一読頂ければ有り難い次第である。

 

『版画に刻まれるポエジー』  北川健次

一九八二年に東京都美術館の企画で『日本銅版画史展』という展覧会が開催された事があった。四世紀にわたる日本の銅版画の歴史を近世・近代・現代の時代区分によって体系的に観せる事を目的としたものである。その図録を開くと、キリシタン銅版画から始まり、司馬江漢・岸田劉生・国吉康雄・藤田嗣治・長谷川潔・駒井哲郎・浜田知明・池田満寿夫・加納光於…と云った名が続き、最後は私の作品で終わっている。この展覧会が開催された時、私は三十歳であったが、版画史という通史的な概念を表現者として強く意識しはじめた節目となる展覧会であった。私はその後、幸運にもこの展覧会に出品していた主要な先達の版画家たちと親しく関わっていくのであるが、その交わりの中から私が吸収した主たるものはエスプリであり、また作品が作品たりえるためのフォルムの問題であった。そして何より、銅版画という方法の檻にのみ捕獲可能なポエジー(詩)と、そのリアリティーについて想いを巡らすようになっていった。

「超絶的美感を起こさせることが詩の仕事である。また小説も絵画彫刻も同様にそうした詩の創作を仕事として初めて芸術になり得るものであろう。」と詩人の西脇順三郎は語っているが、その意味でのポエジーの息づく領土を、私は銅版画の中に探っていたのである。銅版画における詩的表現の可能性を見ると、例えば駒井哲郎と池田満寿夫はその資質、その作品において全く異なるタイプの版画家であったが、先ず何よりもその本質は紛れもなく詩人であり、硬質な銅板に各々の馥郁たるポエジーを刻む人であった。

…ではそのポエジーとは何か。それはイメージの新しい関係を連結し結合して永遠性、そして超絶的な美感へと私たちを至らしめる「何ものか」であって、その先は言葉ではなく感覚でのみ通じ合う、芸術の本質に息づく核とも云えるものであろう。現代は最も芸術の深部から遠去かって久しい不毛の時代であるが、この時にこそ、「ポエジーとは何か」という問いかけの放射を孕んだ本展のような展覧会は確かな意味を持ってくるのではないかと私は思っている。

 

展覧会【概要】

銅版画芸術のパイオニアとしてデューラーの代表作「メランコリア/1514年」「騎士と死と悪魔/1513年」等が発表されて500年が経ちました。

日本では1950年代~60年代にかけて、駒井哲郎、池田満寿夫、浜田知明等が世界レヴェルの国際版画展で受賞を重ね活躍、多くの若いアーティストに多大な影響を与えてきました。そうした先達から影響を受け、そのエスプリを現在も受け継ぐ北川健次氏に今企画展の監修協力を依頼、《近代~現代》を繋ぐキーワードとしてテキスト「版画に刻まれるポエジー」もご寄稿頂きました。

駒井哲郎、池田満寿夫、北川健次を中心に、浜田知明、加納光於、浜口陽三、菅野陽(銅版画家・「日本銅版画の研究」著者)の名作・秀作銅版画を出品します。デューラーから500年、エスプリの効いたポエジーとしての銅版画芸術を是非ご堪能ください。(不忍画廊)

 

 

『日本現代銅版画史展  名作を繋ぐポエジーの変遷』

〜 駒井哲郎|池田満寿夫|北川健次を中心に 〜

会期:2018年8月22日(水)~9月8日(土) 日曜休廊 11:00-18:30

会場:不忍画廊

〒103-0027 東京都中央区日本橋3-8-6 第二中央ビル4階

(日本橋高島屋 南出口真向かい 理容店ポールのビル4階です)

Tel:03-3271-3810 mali:info@shinobazu.com

web: http://shinobazu.com/

 

(左から)

●池田満寿夫「アダムとイヴ(捕らえられたイヴ)」1964年ドライポイント、ルーレット 365×335mm

●駒井哲郎「風」1958年 エッチング、アクアチント 150×182mm

●北川健次「楕円形の肖像」1979年 フォトグラヴュール、エッチング、アクアチント 360×255mm

 

 

・北川健次「廻廊にて- Boy with a goose」2007年

フォトグラヴュール、エッチング 380×285mm

 

 

・北川健次「肖像考 – Face of Rimbaud」2004年

フォトグラヴュール、エッチング、アクアチント380×285㎜

 

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『個展―②』

福島県須賀川市にあるCCGA現代グラフィックア―トセンタ―は、アメリカの現代版画の発展に大きく関わった版画工房・タイラ―グラフィック社の現代版画ア―カイヴコレクション(ジョセフ・アルバ―ス、ホックニ―他)を中心に数多くの版画の秀作を収蔵している美術館である。……先日の16日は、この美術館での私の個展の初日であったが、前日に降ったあいにくの雨の影響でかなり寒い日となった。初日はレセプションと私のト―クが予定されていたが、この寒空の下、はたして何人の人達が来られるのか朝から気になっていた。……まぁ、5,6人だったら、かえって気軽に話そうか……などと弛んだ事を思っていたのが、送迎バスが美術館の入り口に着くや、たくさんの方々が、まるでマジカルミステリ―ツァ―のごとく次々と降りて来られたので、私は慌てて頭のネジを巻き直した。……名古屋ボストン美術館館長の馬場駿吉さん、詩人の野村喜和夫さん、この4月に個展を開催した画廊香月の香月人美さん、友人、また、私の版画やオブジェのコレクタ―の知己の人達と共に、熱心な版画愛好家の方々など5.60人が来られたのは、本当に有り難く、また嬉しかった。……来客の人達が全員会場に入るや、美術館館長の神山俊一さんの挨拶から始まり、神山さんの進行に合わせて、私が処女作から、版画集の作品、またオブジェへと、作った時の逸話、また駒井哲郎さんや棟方志功さん、そして池田満寿夫さんとの運命的な出会い、版画集の舞台となった海外での体験などを話題にして話し、予定していた時間はあっという間に過ぎてしまった。……しかし、40年以上前からの旧作について語るのは、正直なところ、いささか躊躇うものがある。まるで古い日記(封印した筈の)を今再び開いて見せるようなもので、昔日の想いや迷い、各々の作品に絡まる私の物語、その作品に託した熱いもの、……そういった私小説的な遠い日々の事が話していると生に甦ってきて、熱くなってしまうのである。しかし、そう思いながらも、また自作について語る事の面白味も同時に私は味わった。……会場には、版画集の実際の原版や、制作段階でのメモなども展示されていて、皆さん、私の創造の舞台裏を垣間見るように熱心にご覧になっているのが印象的であった。また、全ての版画集を揃って一堂に観れたのは私も初めてであり、なかなか観れない貴重な体験となった。……二次会が済んで帰られる方々を郡山駅まで見送った後で、まだ話足りないものがあり、前館長の木戸英行さん、館長の神山さん、そして昨年までDIC川村記念美術館の学芸課長をされていた鈴木尊志さん(現・諸橋近代美術館副館長)との4人で三次会になり、サイ.トゥオンブリなどの興味ある尽きない話になって、ホテルに帰ったのは深夜であった。もっと話していたいのは山々であるが、翌日は日曜でありながら、東京に戻ると、その足で紀尾井町の出版社(求龍堂)に直行して、刊行迫った私の作品集の詰めの打ち合わせが、休み返上で待っているのである。……さて、今回の展覧会でどうしても書いておくべき事がある。それは、本展のポスタ―や図録の作製で、その高い感性をもって挑んで頂いた、デザイナ―の亀井伸二さん、原純子さん(STORK)の存在である。4月中旬頃に神山さんから、展覧会のポスタ―がアトリエに届いた。荷を開けて見た瞬間に、その見事なセンスをすぐに直感し、壁に貼って、その細やかな感覚の配りと、センスの高さにじっくりと触れて、私はこの展覧会の成功を確信した。展覧会直前に完成した図録もまた見応えのある出来映えで、私は本当に気に入っている。昨今なかなか展覧会のポスタ―でハイセンスな強い引力を感じる物はないが、亀井さん、原さんの力量は群を抜いたものがある。……ポスタ―と図録。……このお二人に仕事をして頂いた事は間違いなく私の幸運である。……その展覧会図録に収められた、木戸英行さん、神山俊一さんのテクストも各々に深い点に鋭く言及した力作で私は何回も読み込んだ。……また詩人の野村喜和夫さんが書かれた詩的断章「まず顔貌、つぎに幾何、と辿るうち、……北川健次への詩的アブロ―チ」は、現代の詩の分野を牽引する氏の多面体的な秀でた才能を鋭く開示したものであり、テクストの領域を越えた見事な詩作品になっている。……さて、この展覧会図録は、遠方の方など、なかなか観に来られない方の為に直接の通信販売にても入手可能なので、ご興味のある方は美術館の方に問い合わせをして下さい。……今回の展覧会の事は7月1日(日)の、朝9時と夜8時からの「日曜美術館」のア―トシ―ンで放映されるので、ご覧頂けると有り難いです。

 

CCGA現代グラフィックア―トセンタ―

TEL:0248―79―4811。

10時~17時開館。

月曜・祝日の翌日(休館日)

 

 

 

 

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『個展、始まる』 

15日の午前9時、私は、福島の須賀川市にあるCCGA現代グラフィックア―トセンタ―で、明日から9月9日まで開催される私の個展『黒の装置―記憶のディスタンス』の展示作業の最終チェックに立ち会うために新幹線に乗った。新幹線、……どうしても、先日発生した無惨な事件の事がリアルに頭に浮かんでくる。思うのだが、最近、新幹線の安全神話が雪崩のように崩れて来ている感がある。……台車の亀裂、車内での焼身自殺にまきこまれた婦人の焼死、そして今回の悲惨な事件。椅子が取り外せて万が一の際に防御の働きが出来るようになっていますとJRの職員は、ごく当然のようにTVで話していたが、そんな事、知っている一般人など一人もいない!!。また防御一方で、犯人に対して攻撃が出来ない場合、いつか殺られる。……巻き添えにならない為には、我々も何らかの武器を携帯しなければ、明日は我が身の、何とも危機迫る時代となったものである。……今まで何度かこのメッセージ欄で書いた事があるが、昔、ロ―マのコロッセオの近くでフェンス越しに、フォロロマ―ノ(ロ―マ帝国時代の遺跡)の発掘光景を見ていた事があった。ふと風が吹いて来たので振り返ると、いつしか、横並びで私にじわじわと迫ってくる40人ばかりのジプシ―の集団がいた。背後はフェンスの高い金網で、もはや私に逃げ場は無い。……おぉ、そうだ!……「被害者にならない為には、そう、こちらが加害者になるしかない!!」……戦闘モ―ドに切り換えた私は、不気味な昂りを覚えつつ、敵の集団の中にこちらから突っ込んで行った。……ふだん襲ってばかりいる連中は、逆に、襲われている事に馴れていない。……突っ込んでいったその先は、まるで千手観音の中での砂煙舞う乱闘であるが、これが実に面白く、そして、敵が怯んだ一瞬の隙をみて、私は乱闘の砂煙舞う中を抜け出て、人々のいる場へと走りさって難から逃れ出た事がある。しかし、今回のように犯人が鉈や庖丁を持っている場合はそうとうに難しい。……この場合は、こちらに運よく傘を持っている場合は、相手の凶器を持った手や腕でなく、ひたすら相手の「眼」を刺すように攻めて、相手に恐怖を与えるしか策はない。より狂った方が勝ちなのは喧嘩の定理であるが、まぁ、たいていは手ぶらであり、ひたすら性善説を信じるしか策はない。……この問題は、また近々に考えて、このメッセージ欄で書くとしよう。

 

さて、話を展覧会の事に戻すとしよう。……美術館に着くと館長の神山俊一さんが出て来られて、さっそく会場の中に入った。   ヤマトの美術品担当の方々がまさに展示作業の真っ最中である。……緻密で行き届いた展示内容。本展では銅版画の原版も多数展示してあり、観に来られた方々は、創造の舞台裏も見れるので、間違いなく興味を持たれるに違いない。……また主要な版画と共に近作のオブジェも展示してあり、ひたすら圧巻の感がある。……このメッセージ欄で、展示作業中の光景であるが、幾つかの画像をアップするので、ご覧頂けると有り難い。……展覧会初日は私の講演があり、レセプションがあり、……そして翌日は、郡山から東京駅に着いたその足で紀尾井町の文藝春秋ビルに行き、求龍堂から近々に刊行される、オブジェを主とした作品集の構成チェックの為に、休日の休み返上で打ち合わせが待っている。併せて、10月から高島屋で開催される個展の為の制作が、そろそろ加速しつつある。……暫くは、この三つを併せた内容のメッセージを書いていくように思われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

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『おぉ、レトロフト』

3年前の秋に私の個展を開催された、鹿児島のギャラリ―「レトロフト」のオ―ナ―の永井友美恵さんからお便りが届いた。……開けてみると、朗読会のお知らせと一緒にお手紙が添えられていた。レトロフトでは、今年の2月から朗読会「朗読と音」を開始し、最初が梶井基次郎の短篇『闇の絵巻』で、続く第2弾〈5月19日に開催予定〉が、江戸川乱歩の『押絵と旅する男』で、それに併せて、以前にこのメッセージ欄で私が熱く書いた『128年の時空を越えて』を紹介したいとの由である。むろん私に異存はなく、むしろ内容が内容だけに、鹿児島に私も行って参加したいくらいであるが、病み上がりで仕事がたまっているこの身としては、遠くから会の成功を見守るしかないのが残念である。しかし、浅草十二階―凌雲閣という、明治・大正を象徴するこのイコンに寄せる我が想い。もの狂い……とまで言っていい、浅草十二階への熱い想いは、現代の人たちに、ましてや、浅草の現場から遠い、鹿児島の若い人達に、果たしてどれくらいリアリティ―が伝わるのか、実際に立ち会ってみたいものである。出来るならば、私が入手した浅草十二階の遺構、赤煉瓦を見せて直に手で触れて頂ぎ、時空を繋げる旅を触覚的に体験して頂きたいくらいである。……正に、眼を閉じて直に触れてみる事で初めてありありと見えてくる、浅草十二階のざらついた生々しい触感、今一つの『押絵と旅する男』になり得るかと思うのである。

 

 

鹿児島の中心地にあるギャラリ―「レトロフト」は、その設立理念が高く、また実際に文化の発信地として活動を活発に行っている画廊として、出色の存在である。そしてその建物の実際の構造も、夢見の中の、例えばピラネ―ジの『牢獄シリ―ズ』や、30年代の魔都上海の巣窟の場面にでも登場しそうな謎めいた気配を帯びていて、今もって懐かしく、まさにレトロフト自体が、江戸川乱歩の小説の舞台として相応しい造りを成している。……3年前の個展の折りは、ご主人の永井明弘さんが、午前中は「城山」の西南の役の現場を中心に毎日、幕末史の私の疑問を解く逍遙にご同行頂き、午後はレトロフトの個展会場にて、来訪する人達との出逢いの場を作って頂いたりと、懐かしい思い出に充ちているのである。……まさか、そのレトロフトで、浅草十二階の事が朗読会として話題になろうとは、予期してなかっただけに面白く、また考えてみると、レトロフトほど、それに相応しい場はないようにも思われるのである。……

 

 

会期: 5月19日(土曜) 開場19時15分

開演19時30分

会場:レトロフトチトセリゼット広場

参加費1800円(お茶付)・要予約

 

お申込・お問合せ:email:info@retroftmuseo.com

電話099―223―5066

 

主催レトロフト

 

 

 

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『銀座・画廊香月個展PART②』

ずいぶん昔、まだ20代の頃に、犬山市にある「明治村」を訪れた事があった。広大な敷地の中に、移築した実際の漱石の家や帝国ホテルなどの貴重な遺構が数多く点在し、まさにタイムスリップの醍醐味があって、一日中、嬉々としながら過ごしたのであった。夕刻、明治村の閉門の時が来て出る時に、「もし、この広大な敷地の中の貴重な建物の中に、そっと人が潜んでしまったらどうなるか!」……その点の警備の事に興味が湧いて、係員に訊ねた事があった。係員の答は素晴らしかった。「閉門30分後になるといっせいに犬を放して潜伏者を見つけ出します」。

 

刑務所から逃走して向島の中に10日以上潜んでいるという男の話は、辞職に追い込まれた財務省の男や新潟県知事の弛んだ話よりもよほど面白く、私は興味を持って注視している。逃走者1名VS警官2000名。……品川区ほどの広さがあるという向島。その中で今もなお(尾道に泳ぎ渡ってしまった可能性もあるが)逃走劇は続いているのである。……未だ捕まらないという今回の報道を見て、私が思い出したのは、先ほど記した明治村の犬を放つという話であった。島民を向島の一ヶ所に集めて、性格の荒いド―ベルマンをいっせいに八方から放つと、さてどうなるか!?……それを私はいま想像しているのである。この向島には20年ばかり前に訪れた事があるから、この想像は1種のリアルさを帯びて浮かんでくる。

 

この向島には1000軒以上の空き家があり、その家々をチェックしている警官は、家のチェックが終わるとその家の目立つ場所に〈チェック済み〉の緑のシ―ルを貼って次の捜査に向かうという。……しかし、その緑のシ―ルを貼ってある家(既に捜査済み)に、そのチェック法を知ってか知らずか、逃走者が夜陰に乗じて密かに入ってしまったら、事は厄介である。……この逃走している孤独な男の、追い詰められた「眼差し」に、光眩しい西海道、春ことほぎの向島の空や海や緑陰は、はたしてどのように映っているのであろうか。……この男の脅える視線がそのままにカメラのレンズとなって風景を撮したら、その写真は犯意を映した陰りのマチエ―ルを帯びて、なかなかに面白い写真が出来そうな気もする。あぁ、そのような犯意を帯びた視線のままに、また撮影の旅に出たいと思う、春四月末の私なのである。

 

―さて、24日まで開催中の銀座・画廊香月での個展も後半に入った。連日、遠方からも個展を観にはるばる来られる方が多く、私の現在の表現世界をゆっくりと時間をかけて鑑賞されている。私が造り出すオブジェの表現世界。個々がこの世に一点しかないオリジナル故に、各々の作品をどなたがコレクションされていくのかを見届ける事は、私の表現行為における、ある意味での最終行為である。私は、その作品をこの世に立ち上げた。……そして、コレクションされた方は、これから後、その作品と長い時をかけて対話を交わし、様々なイメ―ジを紡いでいく、もう一人の紛れもない作者なのである。その意味で、個展の最終日まで、私の表現活動は続いているのである。……この個展の後は、6月から開催される郡山のCCGA現代グラフィックセンタ―での、版画を主とした大規模な個展。……また求龍堂から刊行される、私のオブジェ(近作を主とした)の作品集の打ち合わせ……と、多忙な日々が待っているのである。

 

 

 

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『銀座・奥野ビル・画廊香月 PART①』

銀座一丁目通りの喧騒を抜けるようにして、東銀座寄りの二つ目の通りに入ると、一転して静かな空間となる。その静かな中に、時間の澱を孕んだ無国籍な気配の怪しいビルが建っている。昭和初年頃の築というから87年以上も前の建物。銀座で戦火を免れた、云わば時代の移りを呼吸している重厚な建物で、その趣を例えるならば、日本というよりも、昔日の上海、或いはプラハにそれは近いか。

 

その建物の中は、事務所、古美術店、画廊、個人の隠れ部屋……などと様々であるが、私がこのビルの存在を知ったのは20年ばかり前の事である。……『日曜美術館』というテレビ番組があるが、たまたま観ていた特集が、ドイツ文学者の種村季弘さんの特集であった。……初めに、石の床を這うようにして、低い視線のカメラのアングルが、あたかもプラハの古いビルの中をさすらうようにして薄暗い空間を映していく。やがて階段を昇り始めたと思うやその途上に立ちはだかるようにして立つ、金の細い額に入った銅版画にカメラの視点が定まり、作品の細部が拡大されて映った。……若き日のフランツ・カフカの立像と、象徴的なアンモナイトを暗示的に配した画面。……私は自分の作品『フランツ・カフカ高等学校初学年時代』が突然映りだされた画面を観て驚いた。……何故、私の作品が!?……しかし、その後に登場した種村季弘さんを観て、すぐに了解した。種村さんがコレクションしている拙作のこの版画は、種村さんが気にいって画廊で買い求め、今回の自分の番組のイントロにと閃いて、拙作が登場したのである。(ちなみにカフカの翻訳でも知られるドイツ文学者の池内紀さんも、この版画を書斎に掛けて愛蔵されている由。)……そういう経緯があって、私はそのプラハの古い室内を想わせる建物が銀座にある事を、この番組の後日にお会いした種村さんから教えて頂いて知ったのであった。

 

かくして、私はその奥野ビルの存在を知りさっそく見に行った。……重いガラス扉を押し開けて中に入ると、そこは正に昭和初期へのタイムスリップの回転扉。拙作『フランツ・カフカ高等学校初学年時代』の重層的なマチエ―ルとピタリと重なって来て、種村さんが番組の冒頭に拙作を登場させたセンスの冴えが伝わってきて面白い。私は一目見て、この建物が気にいってしまった。

 

……佐谷画廊の佐谷和彦さんは、美術館クラスの名企画展を次々に開催して、日本の80・90年代の美術界をギャラリストの側から牽引した、今では伝説的に語られる人物である。その佐谷さんからある日、電話が入った。事務所を銀座に探しているのだが一度相談に乗ってほしいという内容である。銀座の画廊を閉じて荻窪のご自宅を事務所にして、ライフワ―クである『オマ―ジュ瀧口修造展』という、これも今では伝説的な企画展を継続して毎年開催しておられたのであるが、荻窪では諸事の打ち合わせが不便なので、銀座に店舗を探しておられ、私にも情報を求められたのである。。私は佐谷さんに食事をご馳走になりながら、「奥野ビル」の事を提案した。そしてその足で二人で見に行くと佐谷さんはすぐに気にいり、また私達はカフェでお茶をした。……私は「実は、私もあの奥野ビルの一室を借りようと思っているのですよ」と告げると、佐谷さんは「ほう、それは面白い!君と一緒に借りれば、こんな愉快な事はない!……ところで、君は部屋を借りて何に使うのかね!?」と当然の質問を話されたのであるが、その時私は、「えっ、いや、ちょっと…………」と、私にしては珍しく返答を濁したのであった。佐谷さんとは、その直前まで、瀧口修造の事、日本の美術界の現状の奇妙さ、そしてクレーの事についてバンバン話していたのであるが、……私が実は奥野ビルを借りれたら実現しようと思っていた「探偵事務所」開設の構想は、さすがに話の流れからいって、ちょっと話しにくかったのである。しかし私はその時に想像した。……佐谷さんが夜の7時頃に奥野ビルの事務所を出て帰られたその後、私のシルエットが7時半すぎ頃に現れて「佐谷画廊・事務所」の看板を静かに裏返す。すると一転して、芸術とはかけ離れた「北川健次探偵事務所」が現れる。……そして私は事務所の中に入って、いつかかって来るかわからない、難事件の解決依頼の電話を待ちながら、例えばベンヤミンの本を読み耽っているその姿を……。しかし、この後で佐谷さんはご病気になられ、惜しまれながら逝去されたので、事務所の構想は夢のままに潰えたのであった。

 

現在、練馬区立美術館で「戦後美術の現在形」と題した個展を開催中の池田龍雄さん(1928~ )は、まさに戦後美術の最古参の方であるが、その池田さんから「奥野ビルの画廊香月という画廊のオ―ナ―・香月人美さんという人は、実に手応えのある人物なので、一度ここで個展をやってみませんか!?」と言われたのは、銀座一丁目の画廊・中長小西で、私がダンテの『神曲』を主題にした個展を開催中の時であった。……私は池田さんを先達の美術家として密かに尊敬しているので、池田さんから申し出のあった画廊香月で、翌年の春に個展を開き、以来毎年の春に個展を開催して、現在、個展『Prelude―記憶の庭へ』を今月の24日まで開催中である。……かくして、種村季弘さん、佐谷和彦さん、池田龍雄さんという三人の優れた先達によって私はいま、その奥野ビルの中で、導きのように、時の移りを経た厚い壁面に、オブジェやコラ―ジュ、そして銅版画を展示している。これも何かの縁なのであろう。……私は、日曜・水曜の画廊の休み以外は毎日画廊香月に出掛け、また折りを見ては、この時間迷宮のようなビルの中を陶然とした気分で歩き廻っている。……今は亡き種村季弘さん、佐谷和彦さんという不世出の骨太の才人達の事を偲びながら。

 

 

北川健次展『Prelude―記憶の庭へ』

画廊香月にて4月5日―24日まで開催中。

13時―18時30分 日・水曜日休廊

東京都中央区銀座1―9―8 奥野ビル605 TEL03―5579―9617

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『狂い月』

……イタリアでは、3月の事を〈狂い月〉というのをご存知であろうか。春めいた気配が、イタリア半島を縦断するアベニン山脈の冷気によって狂わされ、こと3月のイタリアは、気象が荒れて天気が読めないのである。私がその言葉を知ったのは、3月の後半にイタリアへと向かう機上においてであった。(……面白い言葉だなぁ、これは何かに使えるな)……そう思いながら過ごした10日間ばかりの短い旅。しかし、日本に帰る私の頭の中には次なる版画集の構想が生まれていた。2003年に刊行した私の三作目の版画集『ロ―マにおける僅か七ミリの受難』のタイトルの伏線には、この〈狂い月〉という言葉の存在があったのである。

 

しかし、狂い月はイタリアだけではない。3月に入り、例年より早い桜の開花が訪れたと思うや、一転しての冷たい春の雪。10度以上も異なる日々の寒暖の差で、私達の体は悲鳴をあげているに違いない。悲鳴……、私達の体は内実の意識下で体調に関する悲鳴をあげているが、桜が散る頃には悲鳴もやがて消える。…………しかし、怯えたトンボの目玉、或いは体型が陸に上がった小柄な河童を連想させる佐川なにがしは、いま自らが発した霞が関ロジック、官僚レトリックに破れが生じ、……内心、ここまで晒し者になって詰められるとは……、更には、ここまで身代わりの人柱にされてしまうとは!!の悲鳴をあげているに違いない。地検も動き始めたというが、さてどうなるかの、ここは妙なる夜桜見物である。論理的に緻密なシンタックス(統語論・整語法)から成る英語と違い、日本語は曖昧さを持って成り立っているので、国会の言語は不気味なまでに主語がなく、語尾も曖昧で、ロジックというよりは、もはや真逆の詭弁を労するだけの、汚ない日本語が乱れとぶ不毛な場にすぎない。曖昧さも極めれば、泉鏡花の美に到達するが、自称エリ―トを自負する官僚連中にその意味での艶ある文才は無い。ある筈がない。その点、三島由紀夫は東大法学部を出て大蔵省に入ったが、たちまち任されたのは大蔵大臣の答弁の原稿書きであったというから、言葉の正しい意味での突出したエリ―トだったのであるが、才能自らが運命を欲したように、その不毛な現場から離れて向かったのは、美しいレトリックが絢爛と咲き乱れる初期の名作『金閣寺』の執筆であった。彼が得意とする刑事訴訟法の明晰な論理の展開術は、日本語のひとつの結晶美へと転じていったのである。

 

 

 

 

……さて、先日の17日、私は豪雪が去ったばかりの富山へと向かった。ぎゃらり―図南で、4月1日まで私の個展『記憶の刻印』が開催されているのである。そしてオ―ナ―の川端秀明さんご夫妻、また初日から熱心に観に来られる懐かしいコレクタ―の人達に久しぶりにお会いするために、私はこの日の富山行を何日も前から楽しみにしていたのである。早いもので、隔年毎に開かれる、ぎゃらり―図南での個展開催は7回以上になる。川端さんと最初にお会いしたのは東京であった。私の展覧会を開きたいと熱心に云われる、その熱意が直に伝わってきて有り難かったのであるが、何より最初にお会いした時の川端さんの第一印象が何故か「既に知っている懐かしい人」という温かい感じが伝わってきて、私は無性に嬉しかったのを今もありありと覚えている。「懐かしい人」……初対面でこういう印象が伝わってくる人との出会いは、短い人生の中でそうあるものではない。そして事実、川端さんご夫妻とのご縁はますます深みを増し、版画からオブジェへと作品の主体は変わっても、その本質にある私の表現世界の特質への理解を、慧眼なその眼力で見守って頂いている事の手応えを、私は強く感じているのである。断言するが、この人の真贋を見抜く眼は間違いなく本物である。……初日の17日に私が画廊に着いたのは、2時を過ぎた頃であったが、懐かしいコレクタ―の人達が続々と来られて、私と話を交わしながらも、各々の人が持っている感性の周波数に最も響く作品を、実に的確に選んでコレクションに選ばれていく。この世に1点しか存在しないオブジェが、その人達に選ばれていく現場こそ、私にとってドラマチックな瞬間はない。……川端さんご夫妻から富山の旬のご馳走のもてなしを、河畔の静かな料理屋で頂きながら、本音で語り合える事の尽きない至上の嬉しさ。……1泊して翌日も4時頃まで在廊したのであるが、また新たなコレクタ―の人や、懐かしい方々で画廊が埋まる中、一人で2点選ぶ方もおられて、個展というものの手応えが強く伝わってくる。……ぎゃらり―図南の展覧会の最たる特質は、作品展示のセンスの上手さに先ずは指を折る。……展示の形がそのままに作品への鋭い批評であり、分析であり、また観る人への最良な配慮が充ちている。だから私は毎回訪れるのが楽しみであり、また学ぶところも毎回あるのである。〈個展は4月1日まで。〉……吾が個展ながら、或いは故に、この機会に、ぜひのご高覧をお薦めする次第である。

 

ぎゃらり―図南

北川健次展『記憶の刻印』

2018年3月17日(土)〜 4月1日(日)

AM10:00〜PM6:00

富山市西大泉17―20・第二浜忠ビルB1

TEL076―492―5850(月曜休廊)

 

 

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