月別アーカイブ: 3月 2015

『一滴のしずくから ……… 』

有楽町の国際フォーラムで開催中の「アートフェア東京」に行く。年ごとに質が落ちている展示内容はここに至って極まった感があり、どの画廊にも強い主張が無い。その中に在って画廊・中長小西だけは眼識の鋭さと理念の高さが、いぶし銀のように光っていたのが印象的であった。特にフォンタナと瀧口修造の作品が目を引いたが、各々の作り手における最も良質な作品を持っているのが、この画廊の凄みである。又、画廊の名前は失念したが、葛飾北斎の肉筆画を十点ばかり展示している画廊も目を引いた。北斎の『瀧を昇る鯉』の鯉の眼は、その眼差しの強度にアニマが在り、これは版画では表現し得ない深みである。この鯉の醒めた眼付きは北斎のそれと重なり、そこに私は北斎における一つのモダニズムへと通じるものを見てとった。

 

前回ご紹介した、21日にリニューアルオープンした「LIBRAIRIE 6」のオープニングへ行く。もの凄い数の来客で外にまで人が溢れていた。およそ三百人以上の来客数であったが、その数の多さからこの画廊に寄せられている関心の高さと、今後への更なる期待が伝わってくる。久しぶりにお会いする知人たちとの楽しい時間ではあったが、中でも四谷シモンさんと、仏文学者の巌谷國士氏とは本当に久しぶりである。シモンさんとは、どうしても先日急逝した金子國義氏の話になったが、金子氏自身、自分が知らぬ間にその生を終えた事は、実に私たちの死に方における理想の姿であり、金子氏は死に方においても自らの美学を貫いた名人であったという話で一致する。巌谷國士氏はシュルレアリスム関連の名著と、紀行文の優れた書き手で知られるが、この人は写真のセンスも良く、なかなかに上手い。実は私も氏の作品を一点所有しているのであるが、五月にスパンアートギャラリーで写真展を開催される由。氏とは撮影禁止の場所での隠し撮りの方法について話し合う。氏は学者肌の外見を利用して堂々と撮るが、その気に圧されてか全く注意されないと言う。逆にどう見ても怪しい私は、一瞬の隙を突く犯罪者のごときやり方である。……  その点が巌谷氏との大きな違いか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

健康者と違い、ごく初期のガン患者でも、その患い始めている時期の一滴の尿にのみ〈線虫〉が群がる事から、ガンの早期発見への大きな道が開けたという朗報が先日入って来たが、これはノーベル賞に値する程の発見であろう。(実にその発見精度は95%以上という)。しかし、これから臨床データの積み重ねなどで、実用化には10年以上はかかるという信じ難い遅さ。「LIBRAIRIE 6」のパーティーで、私はアンティークカメラを商う人と知り合いになったのであるが、「ひょっとしてあなたは精度の高い顕微鏡をお持ちではありませんか!?」と問うと。「持っています」との嬉しい返事。その方も、このガンの早期発見の方法については興味があり、実は線虫を入手出来るルートを私は知人から既に教えて頂いているので、近々に我々は自主的に早期ガンか否かのチェックを自分たちでしてみようという事になった。実はこの検査、素人でも自主的にチェック出来るという点でも画期的な方法なのであり、手遅れになりたくなく、好奇心が強い人なら誰でも容易に調べられるという点が魅力的である。しかし近々に私たちは、半分は興味本位でやってみる訳であるが、もし私の黄金のひとしずくに、線虫がもの凄い数で群がって来たとしたら、さぁ、どうしようか。 ……………

 

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『洗濯女 ……… 再び !! 』

前回のメッセージで「洗濯女のいる池」について書いたが、つい先日、導きのようにして私は『ブルターニュ幻想集』(植田裕次 訳・社会思想社刊)なる本を入手した。つらつらと目次をめくっていて驚いた。その中の「死者の国」の章に、「夜の洗濯女」という不気味な綺譚を見つけたのである。話は、先述したゴーギャン氏の話と重なる内容であり、やはり二人の若い洗濯女が登場する。……… そして悲しげに次のような文句を繰り返し歌うのである。

 

「キリスト教徒が救いに来てくれないのなら、裁きの日まで洗わなければなりません。月の光に照らされて、風の音を聞きながら、雪の降り敷くその下で、白い衣装を洗わなければなりません。………」女たちは、男に気がつくと、いっせいに喚声をあげて駆け寄ってきた。それから、自分たちが洗濯していた経帷子を見せながら、水切りするので絞ってくれと叫んだ。(略) 〈夜の洗濯女より〉

 

ゴーギャン氏の友人の女流作家は、おそらくこの話に興味を持ち、ミステリー作家の直感で小説のための何らかの着想になると思い、遠いブルターニュのその池の場所を探して出掛けたのではあるまいか。出発直前にゴーギャン氏と会ってその場所を告げ、…… そして、消えた。ミイラ取りがミイラになるということわざがあるが、強すぎる好奇心は時として墓穴を掘ってしまう。はたして、このケルト人の末裔が多く住む土地の磁場が見せた不思議な話の中に彼女は消えたのか、…… それとも何らかの事件に巻き込まれてしまったのか、ともあれこの女流作家の行先は今もようとしてわからないという。私も好奇心は異常に強く、こういう謎めいた話は大好きなので、気をつけなくてはいけないと思う。…… そう思いながらも、絶対にこの池には行こうと思っている自分がいる。…… たぶん私は行くであろう。

 

 

今月と来月は、作品の発表が四ヶ所で続けてあるので、そのお知らせを。先ず今月は、29日(日)まで、先月にオープンした「神保町ファインアーツ」で開催中の『日本の銅版画』展に版画を三点出品している。他の作家では、駒井哲郎・浜口陽三・加納光於・池田満寿夫など十五名。もう一ヶ所は、新しくリニューアルオープンする「LIBRAIRIE6」で、こちらでは大作の版画『object – ドリアンの鍵』を出品する。金子國義・合田佐和子・四谷シモン・岡上淑子・桑原弘明 ほか。この展覧会では、唯美的な作風で知られる勝本みつるの代表作も出品されている。会期は3月21日(土)~4月12日(日)まで。

 

◎「神保町ファインアーツ」

東京都千代田区神田神保町1-7 日本文芸社ビル2F

TEL.03-5577-6946〈11:30~19:00〉

http://www.natsume-books.com/

 

◎「LIBRAIRIE6」

東京都渋谷区恵比寿1-12-2 南ビル3F

TEL.03-6452-3345〈12:00~19:00 月・火は休み〉

http://www.librairie6.com/

 

なお、4月6日からは、茅場町の「森岡書店」と銀座の「画廊香月」で二つの個展を同時開催するという難業に挑戦します。昭和2年頃、東京が未だ帝都であった時代に造られた二つのビル内での個展は、共に2年ぶりの開催。この二つの個展の事は、また追って詳しくお知らせします。

 

〈追記〉:

21日に予定されている「LIBRAIRIE6」でのオープニングパーティーの出席を楽しみにしていたという画家の金子國義氏が、17日未明に心不全により急逝された。金子氏とは、『未来のアダム展』と、『澁澤龍彦画廊展』で共に招待作家として出品している。私事になるが、氏は私のニジンスキーをモチーフにした版画のセンスを気に入って高く評価されていたが、それも懐かしい想い出である。氏はフランス流のエスプリを画面に取り入れているので、そのイメージが強いが、内実は常磐津のような浄瑠璃的世界を夢見のように遊歩して生きて来られたような人であったかと思う。固有の美意識に生き、ぶれない特異な画風を築いた異能の人であった。

 

 

 

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『洗濯女のいる池』

長い間、連絡先が不明なままに会わずにいた友人のことを急に強く会いたいと思い始めると、その人が目の前に現れる事が私には度々ある。前々回の及川氏もそうであり、その事は今までも何度かこの欄で書いて来たが、またしても、そういう事が起きてしまった。…… 今回はそれについて書こう。

 

前回の飛行機の話で、私はパリに取材で行った時の事を書いたが、書きながら思い出した人がいた。パリ在住のコーディネーターの岸真理子モリヤさんである。パリで取材中、全ての便宜を岸さんに図って頂き、おかげで取材内容の幅が広がり、私は原稿の執筆に集中できたのである。

 

取材する相手は、パリのパサージュ「VERO-DODAT」で古書店を商うベルナール・ゴーギャン氏であり、既に連絡はつけてあった。ところが日程に変更が入り、ゴーギャン氏へのインタビューは3日後になったと岸さんから告げられた。急用でゴーギャン氏がブルターニュに短い旅に出たのだという。私は予定を入れ変えて、モンパルナス駅から、他に類のない階段状のパサージュを見に行くためにナントへと向かった。同行は、岸さん、そしてカメラマンのHと編集者の三人である。ナントのパサージュの体験は私を激しく突き動かし、次なる版画集『ナントに降る七月の雨』の構想を、私はこの地で立ち上げてしまった。

 

ナントから戻った後、私はゴーギャン氏にインタビューする内容を練るため、リュクサンブール公園に行き、ベンチでいろいろと考える事にした。最も楽しい時間である。左右のベンチではホモのカップルが仲睦まじく愛を語らっている。季節はまさに春の盛り。…… そしてようやくインタビューの時が来た。ゴーギャン氏とは20年ぶりの再会である。

 

「ゴーギャンさん、私は3日間待ちましたが、その間にあなたはブルターニュに急ぎの旅で行っておられたという。私も実はブルターニュには特別な関心を持っています。デュシャンやルドン、そしてゴーギャンなど個性的な芸術家が彼の地からは多く輩出しています。私はあなたが好奇心の強い人であることを知っています。私も同じです。もし、お差し支えがなければ、その旅の話からお聞かせ願えませんか? 」…… 私の質問が、岸さんの流暢なフランス語に変わって行く。それはまさに美しい音楽の韻である。ゴーギャン氏は、私のインタビューの切り出しがよほど気に入ったのか、笑い声を立てながら旅の目的を話し始めた。しかし、氏はやがて真顔になり、話は次第に不気味な内容へと変わっていった。

 

ゴーギャン氏の友人の一人に、フランスの大きな文学賞を受賞した四十代の女流作家がいた。彼女はミステリー作家であるが、最近ブルターニュの或る地域にある、「いわく付きの池」を見に行ったのであった。しかし、予定を過ぎてもパリに戻って来ず、連絡さえも全くつかなくなってしまったとの事。ちなみにその池はいつからか「洗濯女のいる池」と呼ばれているらしい。ゴーギャン氏は彼女の消息がどうしても気になり、友人を誘って、3日前に彼女が消えたと覚しき、その池を見に行ったのだという。

 

……… 旅人が道に迷って、その池の前に出て来た光景を想像してほしい。すると、その池の対岸に、二人の若い洗濯女が現れ出て、無心で白いシーツを洗っている姿が見えるという。女達はヒソヒソ声でこうつぶやくらしい。「あの旅の人 ……可哀想ね、まもなく死ぬのよ。…… だって私たちが洗っている、このシーツにやがて包まれるのだから …… 。」そのようにつぶやく声が小さく水面に響いた後に、旅人は次々と姿を消してしまうという。………

 

「それほど広い池ではないが、不気味なほどに深く冷たく澄んでいて、何とも云えない気配がそこには漂っていた」と、ゴーギャン氏は語った。そして、インタビューは七時頃から始まり、深夜まで続いて、ようやく私たちは別れた。別れ際に「いつかその池に私も行ってみたいですね。」……… そう岸さんに告げたのであるが、私は翌日の朝に驚かされる事になった。何と岸さんは、深夜に御自宅に戻ってから、ブルターニュ関連の資料と地図を用意され、強い興味を持った私に、翌朝のホテルの玄関でそれを渡してくれたのであった。優秀なコーディネーターである事は聞いていたが、完璧に行き届いた人である。

 

ルドンの初期の油絵はブルターニュの海辺の、何とも妖しい気配を主題とした作品が多い。見えないが、確かに「何ものか」がいる、そのピンと張りつめた「気」が主題である。柳田國男の『遠野物語』を御存知であろう。岩手県の遠野地方に何故か集中的に起きている不思議で不気味な話を集めたものである。実はブルターニュ地方にも、何故か、このような不気味な場所が数多く残っており、それを集めた翻訳本も出ている。…… ともあれ岸さんが渡してくれたブルターニュの資料と地図は私のアトリエに今も在り、見る度に私を、ブルターニュへと誘っている。しかし、その岸さんの御住所を書いて頂いた紙を私は失くしてしまい、長い間お会いする機会を逸していた。このメッセージ欄で前回の旅の話を書いて以来、私は無性にその岸さんに御会いしたくなっていた。そして、それから数日後、あろう事か、その岸さんが私の目の前に現れることになった。…… それも、テレビの画面から。

 

先日の日曜美術館を見ていると、展覧会紹介で、今月15日まで松濤美術館で開催中のフランスの物故作家クートラス展の事が出てきた。イコンのような不思議な趣を放つ絵を描いた画家である。その画面を見ていて私は驚いた。急に、その岸さんが現れて、画家について語り始めたのであった。クートラスと岸さんは長い間、共同生活をされていたのである。随分久しぶりのお顔であり、私は懐かしかった。願えば、しばらく後にその人が現れ出るこの不思議。それは私の二十代前半から続いているが、今もその交感能力は衰えを知らずにいるらしい。私の親しい人たちは、私に一番向いている職業は「陰陽師」であると云う。…… 私は生まれてくる時代を間違えたのであろうか。

 

さっそく私は岸さんにお会いする為に、松濤美術館の学芸員のS氏に電話を入れてみた。すると何という事であろう、岸さんは昨日パリに戻られたとの由。しかし、連絡先がわかった事で再会の道は開けた。私の次の写真撮影地はパリを予定している。岸さん、そしてゴーギャン氏との再会を私は楽しみにしているのである。

 

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