……私が24才の時に、東京国立近代美術館で開催される「東京国際版画ビエンナ-レ展」の日本の代表作家の一人として選出された時に、当時ニュ-ヨ-クに住んでおられた池田満寿夫さんから祝電のお手紙が届いた事があった。その手紙の末尾に、(私はアメリカを代表する作家の一人として出品します。共に頑張りましょう。)と書いてあり、私は燃えるような気持ちで熱くなった事がある。
…また、その手紙には(…あなたは、これからはコレクタ-の人達と一緒に人生を生きていく事になるでしょう)と書いてあり、当時の私はその箇所だけは、些か疑問を抱いた事を覚えている。…作品は本質的に匿名である故に、具体的な人達と接点を持つべきではないと思ったのである。…しかし、個性ある作品を遺した人達の生涯の記録を読んでいくと、その人達が具体的なコレクタ-の人達と実に深い生きた物語を交わしながら、作品の質を高めていったかを知るにつれ、私の考えは変わっていった。…コレクタ-の人達もまた作品収集をするという行為を通して、その人自身の人生を豊かに紡いでいるのであり、それもまたその人達における表現行為なのだと次第に気づいていったのである。
…想えば、私の版画はそのほとんどが、その人達によって評価され、収集されていき、完売による絶版という形で、私のアトリエに版画作品はほとんど残っていない。…そしてそこに、私を支え続けてくれた人達との不思議な「ご縁」としか言いようのない豊穣な物語が実にたくさん残っている事を、私は時に思い出すのである。…そして、作品を収集するという行為もまた深い創造行為なのだと、私は実感を持って想うのである。
版画の次に、私は精力的にオブジェを作り続けて来た。その作品数は既に1200点以上であるが、アトリエに残っているのは僅かに40点くらいである。…考えてみるとこれは驚異的な事であり、表現者としてこれほど幸せな事はないとつくづく思うのである。…その1000点以上の作品は今、各々の作品との出逢いを通じてコレクタ-の人達の身近でまた新たな尽きる事のない豊かな物語を紡いでいるのである。
…最近つくづく思うのであるが、人生という限りある時間の中で一番大事な事は、人と人とを結んでいる「ご縁」というものではないかと思う。…ご縁という不思議な運命の筋書き。振り返ってみると、本当にその不思議な縁によって、実にたくさんの面白い出逢いがあった事を思い出し、私は豊かな気持ちになるのである。…昨今のように相手の顔も知らずにネットで不毛な刹那的触れ合いをして、次に消去を繰り返している時代にはもはや、豊かな物語を作る土壌は無いと私は見ている。…時代は寒い方へと傾斜を墜ちていっているが、私はその「ご縁」という不思議なとしか言いようのない現象のドラマにこだわり、それを大切に考えていたいと思っている。
…さて、日本橋高島屋での個展「狂った方位-レディ・パスカルの螺旋の庭へ」が2日から始まった。…それに関して、「月刊美術」10月号の新刊で、この個展に関する展覧会評が出たので、以下にご紹介しようと思う。…個展は21日迄、休み無しで開催されている。…そして私は毎日、画廊にいて、私の作品と、その作品と出逢った人との不思議な、しかし何かに結ばれているとしか思えない、その出逢いの瞬間に立ち会うのである。…そして、その作品の次なる作者は、私からその人へとなっていくのである。