日本橋高島屋本店

『わが制作の日々』

……先日、日本橋高島屋本店の美術画廊に行き、10月20日から 11月8日まで開催される私の個展『迷宮譚―幻のブロメ通り14番地・Paris』の案内状の2回目の校正を行った。美術部の福田朋秋さん、求龍堂の深谷路子さん、そして私の3人で意見を出し合って、作品画像の配置や、誤植の有無、色やサイズの修正などが行われ、修正案を深谷さんが会社に持ち帰って仮刷りが行われ、また集まって、というふうに校正はこれからも数回続き、決定稿が決まって、ようやく本番の印刷に入るのである。

 

……私は、個展とは期間限定の一種の解体劇であり、案内状を発送した瞬間から幻の劇場、つまり個展は始まっているという考えを持っている。案内状は、個展内容を要約した顔であり、序章のようなものである。だから高島屋美術部の案内状に対するこだわりと合致し、また福田さんや求龍堂の編集者である深谷さんがそれに熱心に関わって、共同で「個展」が次第に形となってくるのである。……私は今回の案内状に、シェイクスピアボ―ドレ―ル各々の一文を引用し、そしてオブジェに関する短い私見を載せた。

 

個展のタイトルである『迷宮譚―幻のブロメ通り14番地・Paris』が決まったのは、第一詩集『直線で描かれたブレヒトの犬』が完成してすぐの2月初旬頃であった。……いつもそうであるが、タイトルは苦労して考える事はなく、いつも一瞬で啓示が降りてくるようにして出来上がる。比喩的に云えば、この時の閃きを受け取る感覚は、あたかも神の私生児のごとくである。…………ただし閃きにいたる伏線はあった。ガラス透視考、フラグメント(断片、断章……)、ガラスの肌理のエロティスムへの錬金術的な変容、ロマネスク…… といった次のオブジェへのステップなる物をあれこれ混在してアマルガム的に考えていた後に、ある時(それはいつもと同じく寝覚めの瞬間に)、それが『迷宮譚―幻のブロメ通り14番地・Paris』というはっきりとしたタイトルとなって出来上がっているのである。おそらくは意識下では切磋琢磨して、もう一人の私が頑張って捻り続いていたのかもしれない。

 

(……そうか、次はこれだったのか!)と想う自分がいる。すると、次第に焦点が定まったイメ―ジの狩猟場である、パリに実在する〈ブロメ通り〉を幻の劇場として、その通りを迷宮と化し、およそ70点前後のイメ―ジの装置、つまりオブジェを放射的に立ち上げるべく、実際の制作行為へと入っていくのである。想像する事の遠心力を全開し、自分がパリに滞在していた時の実際の体験、更には俯瞰したパリの記憶、私小説的な現実、そこに幼年期の記憶、パサ―ジュの暗がりをブロメ通りに繋げて立ち上げる様々な幻想詩の言語と視覚による異なった叙述……。かくしてピカソが語った「芸術とは、幼年期の秘密の部分に属するものの謂である」や澁澤龍彦の「ノスタルジアとは芸術の源泉ではないだろうか」といった、芸術の本質を見抜けた慧眼者の言葉を追い風に受けて、アトリエの中での制作行為に沈潜していくのである。

 

 

……九月になり、アトリエにはたくさんの数の新作のオブジェが並び、最後の仕上げの段に入っている。……今回の案内状にも書いたが「オブジェとは、限りなく正面性を孕んだ謎の総称である」という私独自の考えが形となって、いよいよその出番を待っているのである。作者は二人いる。……私は作品を立ち上げたが、もう一人の作者は、作品を観て自在にイメ―ジを立ち上げ、終なき対話を交わしていく観者の人達である。……とまれ私は作品に『Montparnasse―郷愁の玩具』『三聖頌―ヴィ―ナスの夜に』『ジョコンダ夫人が登場する前に』『フォンテ―ヌブロ―の青の衣裳』……といったタイトルを付け、最後の詰めの仕上げに入っている。……タイトルは重要である。表現とは本質的には抽象的な存在であるが、クレ―がそうであるようにタイトルを介在として観る人は、未視を既視の感覚に換え、内なる感性にポエジ―の息の吹き込みを行為する。そして遠い記憶の原郷に遊び、観者はみな詩情を紡ぐ人となるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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『個展 — 美術画廊Xにて』

28日から日本橋高島屋での個展が始まり、連日たくさんの方々が会場に見に来られている。あの暑い夏の日々をはさんだ4ヶ月間の制作の日々。今、想い起こせば夢の中にいたような気分である。現実を離れて「虚構」と「美」を紡いでいたそれらの日々、私は自分の幼年期の遠い時間の中に存在していた、実在した森の中に分け入って作品を作り出してきたように思われる。今回の個展では通常の4倍以上のオブジェを制作し、来場された方々から「美術館レベルの内容」あるいは「圧巻」といった評を頂き、今ようやく、作り終えた事の手応えを覚えている。

 

アトリエの中に先日まで在った数々のオブジェやコラージュ作品は全て個展会場へと移り、室内の空気がようやく軽くなった。……ふと思うのだが、私が長年作り出して来た版画・諸作(その数七千点以上)、そして三百点以上のオブジェ、また八百点以上のコラージュはもはや全てアトリエには無く、コレクターの人達のコレクションに入ってしまっている。手元に作品が全く残っていないという事は、作り出して来た作品への最大の批評であり、その意味でも私は作り手として、充分に幸福な表現者であるといえるであろう。確かな眼を持っているコレクターの人達に支えられながら、今、私の新たな個展は始まったばかりである。

 

 

 

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『鏡面のロマネスク』

日本橋の高島屋本店での個展が、かつてない大盛況のうちに終了した。多くの方が見に来られたが、十代から八十代までの幅広い層に作品が支持され、多くの作品がコレクションされていった。〈現代美術〉と称しながら、内実は弱く、完成度も全く無い現況の美術界に対する厳しい批評が、例えば私の作品を支持する形になったと思っている。ポエジー、文学性、毒、エスプリ、色彩表現の深度、ミステリー性,完成度の高さ,・・・・その他、視覚芸術に様々な人が求める多面性が私の作品には含まれているという確信が私にはある。以前にも書いたと思うが、自分の作品の前で、見る人の視線を一秒でも長く引きつけていたいというのは,表現者にとっての本能的な気持ちであり、作品の質が明らかに問われる形でもある。そしてその事を思いながら今回の個展会場での観客の動きを見ていると、実に長い時間をかけて、年代は関係なく、私の作品との静かな対話をされている姿が目立った。やはり、誰もが深い感受性を抱いており、その眼は正直なのだと思う。来年の個展の話も早々と決まった。次回はまた、よりハードルを高めた新しい試みに挑みたい。

 

個展が終って休む間もなく、次は福井県立美術館での個展に頭を切り換えなくてはいけない。そして今日、美術館の野田氏からポスターとチラシの案が送られて来たが、これがなかなかハイセンスな仕上げになっていて、私を驚かせた!!展覧会名は『北川健次展 KENJI-KITAGAWA – 鏡面のロマネスク』。私がお願いしたウンベルト・エーコの「虚像の中に落ちるためには、ただ一枚の鏡の表面をゆがめるだけでよい。」の文も入っている。このセンスでいくとカタログの出来も多いに期待が出来る。またこれからもメッセージで、展覧会に関する新たな情報をお送りしたいと思う。

 

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『美意識の共振』

六月頃に書いたメッセージ「君はお遍路に行くのか!?」で、私は、当時まだ在職中であった菅総理について「彼は秋風が立つ頃、おそらくお遍路に行くであろう」と書いた。先日TVを見ていたらお遍路姿の彼が映っていたので、その的中ぶりに笑ってしまった。しかし、この程度の事は予知という程の事ではない。この人の考えている事は容易に透けて見える。それを予見しただけの事である。

 

さて、日本橋高島屋での個展も後三日を残すのみとなった。三年続けてコレクターの数が増えていき、今回は百点以上の作品がコレクションされていく事になった。まさに継続は力である。十代から八十代までの幅広い層の方に作品が受け入れられたわけだが、この事は私の自信であり、更に誇りとするものである。美意識の共振に年齢は関係ない。私はあらためてそれを実感したのであった。

 

掲載した作品写真は、個展のパンフの為に撮影したものであるが、当初は発表するつもりは全くなかった。初日に来られた、私の長年の大切なコレクターの一人であるO氏から「展示して欲しい」という促しを頂き、プリントして額装し、数日後に展示したところ、欲しいといわれる方が続いて現れ、限定9部の内、既に6点の購入希望が入って、私を驚かせた。私はO氏に感謝しなければならない。

 

 

明日からは連休に入る為、来廊者も多いと思う。高島屋の個展は10日で終了し、次は福井県立美術館での大きな個展へと移っていく。平行して福井の画廊での個展の同時開催もある為、完売し絶版となる作品も出てくるかと思う。美意識の共振を通して、また多くの出会いがあるであろう。

 

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『いよいよ個展が始まる!!』

21日から個展(「密室論 – Bleu de Lyonの仮縫いの部屋で」)が日本橋高島屋本店の美術画廊Xで始まった。ミクストメディア・オブジェ・写真・コラージュを合わせると出品点数は約70点。前日に展示の飾り付けをスタッフの人達としていると、画商のT氏と、私のコレクションを多く持っているA氏が続けて来場して作品の予約をされていった。T氏は画商ではあるが、ビジネスではなく、純粋に私の作品をコレクションしたくて予約をされた由。A氏は写真2点とミクストメディア1点をその場で予約。個展前日だというのに幸先の良い出だしである。

 

初日は関東に台風直撃の日であったが、雨にも負けず会場に行く。激しい雨降りであるが、けっこうな数の人が訪れてくれる。この日もミクストメディアの作品や版画・そして写真の何点かに予約が入り、手応えを覚える。直前まで作品を作っていて疲れていたが、「最大の批評は、言葉ではなく作品をコレクションされる事である」という言葉とおり、疲れも癒されていく。個展会場で、展示された新作を見て、初めて現在の〈自分の形〉を確認する。しかしそれにしても激しい風と雨である。帰宅難民にならないように、情報を集めながら何とか帰宅出来た。台風一過、ようやく涼しい秋となるのか!? 個展の期間は3週間、ほぼ毎日会場に行くので、今回も面白い出会いがあるであろう。楽しみである。

 

 

 

 

 

 

 

 

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『目隠しされたロレンツォ・ロットが語る12の作り話』

「作り話」(フィクション)を主題に制作された新作のオブジェや、コラージュ、またヴェニスを舞台に撮影した写真作品などを発表します。(※ロレンツォ・ロット=ルネッサンス期の画家)

 

 

 

 

 

 

期間:9月1日(水)~20日(月・祝)
場所:日本橋高島屋本店・6階〈美術画廊X〉
※最終日は午後4時閉場。

 

 

 

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『9月からの個展に向けて』

 

 

 

今秋から始まる個展の題が『目隠しされたロレンツォ・ロットが語る12の作り話』に決まった。9月1日から日本橋高島屋の《美術画廊X》でその第一弾が始まり、ギャルリー宮脇(京都)MHSタナカギャラリー(名古屋)ぎゃらりー図南(富山)と続き、来年の2月まで合わせて八カ所以上の会場で催される予定である。もっとも、各画廊には、そこでしか発表しない作品も「書き下ろし」のように作るため、画廊によって展示内容が異なってくる。内容は,オブジェ、コラージュ、版画、写真、詩をからめたもので、上記したタイトルは、その全ての分野を通底するイメージとして考えたものである。

 

 

私は個展を一種の解体劇のように考えているために、タイトルは重要であり、それが決まらないと火がつかない。だから今、猛暑の中で、アトリエに閉じこもり、狂ったように制作に没頭の日々である。昼は写真のプリント、それが終わるとオブジェ、コラージュに入り、日が没してからは連載の原稿の執筆や資料の詠み込みをするのであるが、集中しすぎて自分の名前を忘れることがある。もっともあまり現世の自分に執着していないために、それは心地よい感覚ではある。

 

 

一時の中断を経て、新たに立ち上げたオフィシャル・サイト。多くの方々から再開の要望を頂いた事は、まことに感謝すべき事であるが、そういう理由から、このサイトで〈新作〉の姿を見て頂くのは、もう少し時間の余裕が出来てからと考えている。サイトの方もこれから少しずつ情報の肉付けをしていき、楽しんでもらえる内容にしていきたいと思っている。今後ともご支持頂ければなによりである。

 

 

 

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商品カテゴリー

北川健次詩集『直線で描かれたブレヒトの犬』
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