『再びのゼロへ』

吉村昭の『関東大震災』を読んで、学者による予告的発言が、いかに本人にとってリスクがあるかを私は痛感していた。だから、先日、東大地震研究所から発表された「四年以内に70%の確率で巨大地震が来る」という数字には疑念を持っていた。数字に対して人々が抱くイメージから見れば、70%という数字はリスクから外れた絶妙な数字なのである。(・・・計算から弾き出された本当の数字は、実はそのまま出せばパニックを生む数字・・・例えば一年以内に92%の確率ぐらい出ているのではあるまいか?)・・・そんな事を考えていた、まさにその時、グラッ、グラッと揺れはじめた。山梨が震度5弱、私方でも3の大きな地震である。

 

やがて地震は治まったが、私はハッとした。開催中の個展で、壁に掛けてある作品が全て床に落ちている光景がありありと浮かんだのである。1時からのオープンであるが、私は朝の8時に家を出て、電車に乗り、茅場町駅へと向かった。もはや焦っても運を天に任すだけなのに、心が騒ぐ、気が焦る!!急行に乗り換えたが、電車の走りがとても遅い・・・。車内で気を紛らわすために、子供の頃の楽しかった事を思い出した。(・・・まぶしい太陽の下での林間学校、初めて食べたぶどうの美味しかった事・・・etc.)。あぁ、無理である。(・・・担任が、早く海から上がれと必至な形相に変わる!ぶどうの皿がカタカタと激しく揺れる!!)

 

森岡書店の入口の窓ガラスから中を見ると、作品は無事であった。さすが、帝都時代に建てられたビルは強い。- そして個展も28日に無事終了した。厳寒にもかかわらず昨年を上回る数の作品がコレクターの方々にコレクションされる事になった。地方からの電話やメールでの作品問い合わせも多く頂き、最後の二日間は、来客が全く途切れない程の盛況であった。特に嬉しかった事は、新作のミクストメディアの新しい試みに対し、コレクターの方々が、実に深く鋭い理解と共鳴を示して頂いた事である。硬質な人工性から真逆の表現主義とロマンチシズムの詩情へと、私の今の作品は変わりつつある。それに対して示して頂いた評価は、表現者である私を勇気づけてくれるのである。そして私は再びゼロから出発するのである。会場にいらして頂いた方々、そして作品を購入して頂いたコレクターの方々に、この場を借りて深くお礼を申し上げる。本当にありがとう。

 

 

 

 

 

 

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北川健次詩集『直線で描かれたブレヒトの犬』
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