黄金律ーNANTESに降る七月の雨

フランスのナント市にある「ポムレー路地」という名の彫刻廻廊を写した、一枚の絵葉書がある。まるで舞台の書割のように巧みに配された何体もの寓意的な彫刻。シンメトリーの建造物。そして正面の階段を昇っていく人物群と降りてくる人物群の、チェス盤上の駒を想わせるような、これもまた巧みに配置。さらには、時を隔てた遥か彼方から現代の私達を凝視しているかのような、画面下部の少年のまなざし。絵葉書ならば本来は没になるであろう、この少年の突然の侵入は、構図全体の完璧な秩序をわずかに乱しながら、日常性からアニマ(霊性)を帯びた「不思議」へと、この絵葉書のありようを変える効果を演じている。そして、それが単なる絵葉書の域を超えて、百年以上も前のある一瞬の時を永遠に停止させてしまったような観も呈している。(未生の魂よりも以前に、私は確かにこの場所を訪れたことがある。)ーそう想わせてしまうような甘やかな既視感と、悪い夢見のような仕掛けのある毒さえも孕んだ妖かしの一枚表象。

 

この写真に出会ったのは今から6年前のことである。以来、私の脳裸の片隅にはいつもこの写真の存在があり続け、ついにアニマの現在を確かめるような想いで導かれるように、昨年の夏、ナントのイメージの新たなる狩猟場を求めるかのように、私は無意識のうちに、そこを訪れるタイミングを直感的に計っていたのかもしれない。

 

 

「イメージを皮膚化する試み」をテーマとした三部作の版画集を完了し、私が新たに立ち上げたテーマは、「イメージの変容ー距離の詩学」である。そのイメージの舞台として構想を得たナントの街と「ポムレー路地」は、アンドレ・ブルトンが『ナジヤ』の中で記したように、さらにはマンディアルグ暗黒の幻視を紡いだように、確かにイメージを煽る強度な磁場に充ちていた。冒頭に立ち戻ろう。私を捕まえて離さなかったこの一枚の写真は、私が予測した以上に新たなるイメージの中に入りこみ、密なる変容を遂げている。

 

 

『黄金律ーNANTESに降る七月の雨』ー私がナントを訪れた時、街は快晴であり、空の高みまでも青く澄みわたっていた。しかし、記憶の中のナントの街には、何故かいつからか日照雨が降っており、今もなお降り続いている。それにしても私の無意識の中で「雨」とは何の謂なのであろうか?思うにそれは抒情への傾斜なのではないかと、制作を終えた今、ようやく思いに至っている。今までの作品の中で、私は意識的にそれを排除し続けてきた。しかし、今はその扉をそっと開けようとしている。そぼ降る銀糸のような抒情の雨滴。……小さな一枚の絵葉書が孕んだ強度な写真のアニマは、私の内なる禁忌さえも、どうやら犯してしまったようである。

 

 

 

 

 

 

〈黄金律―NANTESに降る七月の雨〉

◆銅版画7点組タトウ入り。日本語版限定48部19万円。

◆フランス語版は、 日本語版と同じ作品7点組。限定42部23万円

(タトウのデザインのみ異なります)4月刊行予定。

 

 

 

〈黄金律―NANTESに降る七月の雨〉刊行記念展は、2006年、全国を巡回しました 。

ギャラリー池田美術(東京)、ギャラリー本城(東京)、ギャラリー・オキュルス(東京)、あーとらんどギャラリー(徳島)、MHS・タナカギャラリー(名古屋)、ギャルリー宮脇(京都)の5ヶ所。コレクションOMO(熊本)、中上邸イソザキホール(福井)、ぎゃらりー図南(富山)、新彩堂(札幌)

 



カテゴリー: Event & News   パーマリンク

コメントは受け付けていません。

商品カテゴリー

北川健次詩集『直線で描かれたブレヒトの犬』
Web 展覧会
作品のある風景

問い合わせフォーム | 特定商取引に関する法律