『ぎゃらりー図南、そして篠田守男さん』

久しぶりに、富山・金沢…そして福井を巡る、北陸路への旅へと出た。富山のぎゃらりー図南では、22日まで私の個展『ヴィチェンツァの光降る庭で』が開催中である。2年ぶりの個展なので、オーナーの川端秀明さん御夫妻にお会いするのは久しぶりである。個展は6回目であるが、この地には眼識の高いコレクターが多くおられ、私の多くの作品がコレクションされている。そして個展の度に、私はその初日にぎゃらりー図南に行くのであるが、それには二つの楽しみがいつもある。一つは、コレクターの方々にお会いする事、そしてもう一つが川端さんが手掛けられた作品の展示を拝見する事と、御夫妻にお会いする事である。10年ばかり前に、私の個展をやりたいという話は、友人の版画家A氏を経て入って来た。そして東京で川端さんと初めてお会いした時に、そこから伝わってくる〈画廊〉という仕事に対する信念と理念、そして秘めた自信が感じられ、私はすぐに快諾したのであった。


結果は見事なもので、第一回目の個展(それは版画集からであった)から、多くの作品が、川端さんからこの地のコレクターの方々へと広まっていった。そして川端さんの展示の抜群のセンスの良さは初回から私を驚かした。絶妙な高さ・絶妙な構成により、作品各々の世界が強い伝幡力を帯びて、気品さえも帯びて、イメージの各々が立ち上がっているのである。私は展示にものすごくこだわる人間(それは当然の事)であるが、その私をして、さすがと脱帽してしまう感性の鋭さを川端さんは持っている!!今回も個人で複数点をコレクションされる方がおられて私を驚かせたが、事実、私の中でも密かなる自信作が、眼識の高いコレクターによってこの地で収集されていっている事は、私の大いなる喜びなのである。

金沢ではシャーロック・ホームズのごとき雰囲気を持った謎の青年、眞木雄一君が、駅まで迎えに来てくれた。この青年は造型作家として、必ずや今後の美術界にその才能を持って登場してくる人物であり、私はそれを楽しみにしているのであるが、しかし今もってこの青年は私にとって〈謎〉である。地上の俗から浮いた所で、この世の万象を透視しているのである。
眞木君との出会いは不忍画廊の展覧会で、私の版画『廻廊にてーBoy with a goose』を即決で購入を決めた時からである。この作品は、この国の現存の版画家たちが束になっても粉砕してしまうようなメチエの強度さ、完成度の高さを持っているが、その事を眞木君は一目で見抜き、「完璧な作品ですね」と評したのであった。
その作品を眞木君は金沢の自宅に掛けていたのであるが、ある日、造型作家の篠田守男さんが来られた折に拙作をご覧になって「カッコいい作品だね!…作者は誰!?」と問われた事があったという。「あの篠田さんが、そう言われたのか。」私は眞木君からその話を伺ったときに、蘇ってくる或る感慨があった。


私が未だ美大に入ってまもない頃、篠田さんは既にニューヨークを拠点にしてその独自な表現世界は海外でも高く評価されている人であった。その篠田さんが『快楽宣言』という本を出され、特装本にマルチプルのオブジェを百部限定で発表していた。一目見て私はそれが欲しくなった。文句無くシャープで、禁欲性の裏にエロティシズムを隠したそれは、つまり「カッコ良かった」のである。しかし定価は十万円。当時6畳一間の下宿代が6千円の相場であった。当然、貧乏学生であった18才の私にそれが入手出来る余裕などない。普及本の『快楽宣言』は頑張って買ったのであるが、それ以来、篠田さんは私の中で存在を成していったのであった。その篠田さんが、眞木君宅で拙作を見て[カッコいいね!!」と云われたのである。


ここで誤解の無いように申し上げておくが、このカッコいいという言葉は単純に見えて、実は評価における至上の批評言語なのである。私と篠田さんが時を経て、奇しくもお互いの作品について共に語った言葉ー「カッコいいね」は、かくして私たちを結びつける言葉となったのであった。その篠田さんと私の出会いを、眞木君は金沢で演出してくれたのであった。私はホテルのロビーでお会いした瞬間から篠田さんを気に入ってしまった。本当に才能のある人間のみが持つ、権威とは無縁な自由人のみの豊かなオーラを、篠田さんも又、強く発していたからである。話が面白く、結局午前2時まで店を3軒変わりながらも話は尽きないのであった。


あの時のマルチプル百部は全て完売であったが、そのうちの一点はサム・フランシスが欲しがり、交換で篠田さんはサムのガッシュ(青を主題とした最高傑作!!)を入手されたとの由。私は篠田さんから、イサム・ノグチの紹介でマックス・エルンストと出会った話やコーネルの話他、実に面白い逸話などを数々伺い、楽しい金沢の夜は更けていったのであった。別れ際に篠田さんは突然、私に作品交換の話を切り出された。それは望外の喜びである!!かつて池田満寿夫さんとは作品交換をし合った事があるが、篠田さんには、私が18歳のときの事もあり、その感慨は特別なものがある。かくして、近々の再会を約束して私たちは別れたのであった。


北陸の旅から戻って休む間もなく、私には次なる仕事が待っていた。今月28日に刊行予定の拙書『美の侵犯ー蕪村 × 西洋美術』の原稿校正が待っていたのである。美術書の刊行では最も歴史のある求龍堂からの刊行であるが、表紙も実にハイセンスでミステリアスであり、私は大いに気に入っている。特に帯の言葉「あなたの想像をはるかに超えるー謎の競演」という言葉が本書の特徴をよく捕らえている。麹町にある文藝春秋社の中で、ぶっつけ12時間の校正となったが、それによって文章は更に締まり、密度のある内容になったと思う。この本については、刊行が近づいた時にまた詳しくお知らせしたいと思っている。

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