『二人の寅次郎』

テレビで昔の映画の再放送を見ていると不思議な感覚を覚える時がある。登場する俳優たちの多くが既に亡くなっている場合、ふとそこに集まっている今は亡き俳優たちの、語り、笑い、泣くシーンを見ていて、それが「あの世」の光景に見えて仕方がない時があるのである。

 

それを最も顕著に覚えるのは日本映画では、例えば、渥美清主演による『フーテンの寅』シリーズである。葛飾柴又のあの茶の間は、いつも決まったカメラアングルの為か、絶対空間としての死者たちの集合場に見えて、時折ひんやりとした気持ちになる事がある。

 

それはさておき、主人公のフーテンの寅こと車寅次郎は、何よりもその名前が良い。単純・侠気・行動力が、その名前にありありと現れている。しかし、この寅次郎という名前が、150年前の或る人物から採っている事を知っている人は案外少ないかと思う。その150年前の人物とは、・・・・誰あろう、吉田松陰である。松蔭の本名は吉田寅次郎。何故彼の名前から採ったかと言うと、日本全国を歩き巡ったその行動力に拠るらしい。伊能忠敬・間宮林蔵に次いで、徒歩で日本全国を歩いた距離の最長者はおそらく吉田寅次郎であるが、そこから車寅次郎の名前を決めたという事を、以前に『フーテンの寅・制作秘話』をテレビで見ていて知り、妙に感心したのを覚えている。車忠敬・車林蔵ではなく、やはりあのフーテンの寅は車寅次郎がピタリとはまってくるものがある。その舞台となった柴又に美味しいウナギの店があるというので行った事があった。実際のその場所が虚で映画の中が実となって映るほどに、その場所は張りぼてに見えて妙であった。実を飲み込んで、虚が実以上に鮮やかに見える時、そこにリアリティーが立ち上がる。「フーテンの寅」は卑近で俗で、そこにはおそらく何も無い。しかし「継続は力なり」を実証するように、あの映画には何か名状し難い、心の琴線に触れるものが結晶化して、封印されているように思われる。・・・・・・・・・・・何とも不思議な映画である。

 

さて、大事な展覧会のお知らせを。今月24日より2月初旬まで、銀座の画廊 ― 中長小西で、瀧口修造・松本竣介・山口長男、そして私の作品(私は四点出品)他が展示されているのでぜひ御覧頂ければと願っている。私のは珍しい試みの作品。今回展示されている瀧口修造の作品は彼の中でも秀逸であり、一点自立性の強さを孕んでいて美しい。クオリティの高い展覧会になっている。

 

 

 

《中長小西》

東京都中央区銀座1-15-14 水野ビル4F

電話:03-3564-8255

時間:11時~19時まで。日曜休廊。

 

 

そして、今月の28日から2月3日まで、横浜の高島屋美術画廊で私の個展『Stresaの組鐘 ―  偏角31度の見えない螺旋に沿って』(PartⅡ)を開催します。コラージュを中心とした展示ですが、私の「現在」が開示されています。出品点数は50点以上。会期中は毎日在廊の予定。ご高覧頂ければ嬉しいです。

 

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