『その時、私は24才であった』

横浜高島屋での個展が終わった。今まで発表しなかった作品や新しい試みも展示したので、昨年秋に東京で御覧になれなかった方も興味を持たれたようである。いろいろな出会いがあったが、中でも関西からはるばる来られ、今回の個展で、版画『Bruges – グラン・プラスの停止する記憶』を購入された女性の方は、特に印象的であった。私に「以前あなたの事はTVで見ていて知っていたわよ!」と突然言われ、別に犯罪者でもないのに一瞬ドキリとしたのであった。

 

私はタレントではないので、それほどTVには出ていない。以前にフジテレビでダ・ヴィンチについて語り、日本テレビでは拙著『モナリザ・ミステリー』が刊行された際に出ている。「水と終末論」についての番組にも出た。しかし話しぶりからすると、もっと昔の私をどうやらその方は知っているらしい。

 

…… それは38年前にNHKの教育テレビで日曜日の夜8時から放送された若い世代向けの1時間番組であった。(題名は忘れてしまった。)突然NHKのプロデューサーから連絡が入り、芥川賞を受賞したばかりの池田満寿夫氏に対し、各々のジャンルでこれから飛躍しそうな若い男女二人とを、30分づつ対談させるという内容であった。そしてプロデューサーが選んだ若者二人が、私と女優の桃井かおりさんであった。共に24才である。台本も何もない、いきなりのぶっつけ本番である。その本番前に私たち三人が控室で1時間ばかり談笑していると、三人の感性が合ったのか、面白い話がどんどん飛び出した。プロデューサーがあわてながら、「あんまり面白い話はここではなく、どうか本番でお願いします」と言われたので、私たちは少し静かになった。

 

最初は池田満寿夫X桃井かおりで本番撮りが始まった。バーのカウンターを模したようなセットで酒を飲みながら話が始まる。各々1時間くらい話をして、その中から30分づつを編集する。話のテーマは私たちに自由に任されていたので、桃井さんが出したテーマは〈男と女〉というくだけた内容であった。それに比べ、私が出したテーマは硬かった。〈文学と美術の間(はざま)で 〉という愚直なまでに真面目なものだったのである。当時42才だった池田氏は24才の尖った若僧である私の話に、しかし真剣に応えてくれたものであった。それ以前に画廊や焼き鳥屋などで既に何度も話は交わしていたが、本番時に私が出す質問はかなり鋭かったらしく、私たちはいつにない深い話 ― 言葉(語り得るもの)と語り得ぬ暗示を常とする美術について語り合い、その番組はかなり反響が大きかった。

 

あれから38年の月日が経った。既に池田満寿夫氏は逝かれ、ふと振り返ると、今の私は美術と文学の間(はざま)を一人切り開きながら、北川健次という独自のジャンルを作ろうともがいている。思えばあの時、池田氏に向けた問いは、池田氏を通して、おそらくは文学にも関わっていくであろう彼方の自分に対しての問いかけであり、予感であったのかもしれない。後日にニューヨークから送られて来た池田氏の手紙の末尾にもそれは記してあった。「…… あなたの美術と文学との関わり合いに僕は大きな関心があります。」と。

 

個展で初めてお会いした女性の方から言われた突然の言葉。それは、私を38年以上前に引き戻してくれる懐かしいものであった。…… 昨年夏に刊行した『美の侵犯 ― 蕪村 X 西洋美術』に続き、次作への執筆を促してくれる、それは嬉しい言葉であった。個展にはいつも面白い出会いが待っている。今年もまたいろいろな出会いがあるに違いない。

 

 

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