『日曜美術館』

先月号の雑誌『ブルータス』の特集は、NHKの長寿番組『日曜美術館』であった。コツコツと続いて来たこの番組は何と50周年を迎えたという。つまり2400回以上続いているのである。いずれもその内容は国宝級の絵や彫刻、そして物故作家についてであるが、先日放送された「蕪村と西洋美術」のように、作者(私)が存命していて、しかも新刊で出たばかりの本が「特集」として扱われた事は、かつて無かった事らしい。その意味でも私の書いた『美の侵犯 ― 蕪村 X 西洋美術』の着想の妙は、この番組の担当プロデューサーにとっても衝撃的であったらしく、本を一読してすぐに番組の制作を企画されたようである。

 

しかし、この企画はやはり難しかったかもしれない。何故なら、主題を深く掘り下げれば下げるほど、つまりは私の本の宣伝に番組はなってしまうからである。また、美術番組といっても、主題はヴィジュアルで見せる為、突っ込んだ討論は無理であり、私が強く推した芳賀徹氏(比較文化論)や谷川渥氏(美学)などの西洋美術に通じた方の出演は叶わず、私がしゃべったベンヤミンのパサージュ論や、サルトルの「美は虚構の中にしか存在しない」といった言葉についての言及は、難解の故かカットされてしまった。しかし、それは当初から私の予測の中に在り、番組の途中から始まった句会(?)にも出演を促されていたが、私は打ち合わせの段階で辞退した。私は作者である事の矜持も含めて、孤塁の立場に立っていたかったのである。…… そして、その判断は正しかった。

 

しかし、それにしてもメディアの力とは怖ろしい。本は初刷りが完売のために増刷となり、番組を見た視聴者からかなりの数の本の注文が全国の書店に入り、7月19日の時点で、アマゾンの順位がすべての和書の中で、拙著『美の侵犯 ― 蕪村 X 西洋美術』が、120位に入っているという。もちろん美術書のなかではトップである。……  著者自身が云うのも変であるが、この本はもっともっと読まれるべき内容であると思う。そして、読者は読む行為を通じて、自らの内にある想像力の豊かさを、ぜひじっくりと体感して欲しいと思うのである。

 

さて先日、詩の雑誌『詩と思想』の巻頭企画の為に、現代詩の第一人者である野村喜和夫氏と対談を行った。場所は野村氏の御自宅であったが、数年ぶりに訪れて、私は自分の作品との久しぶりの再会を果たした。版画、オブジェ、コラージュを含めて野村氏がコレクションされている私の作品の数はゆうに40点以上を超える。オブジェの大作、また強度なイメージのコラージュ、そして私と野村氏を強く結び付ける契機となった版画『Face of  Rimbaud』などの多くが、書斎、廊下、客間、そしてスタジオなどの各所に所狭しと掛けてあり、野村氏の言に拠れば、日々、私の作品からの波動を受信されているとの由。……  とすれば、拙作が〈現代詩〉にも大きく寄与しているという事になろうか!?…  ともあれ嬉しい事である。

 

さて、対談であるが、数年前の『現代詩手帖』に続いて、今回が野村氏とは二回目である。編集者が「では …  始めて下さい」という言葉を発するや否や、私たちはすぐに本題に入っていく言葉を切り結び始めた。…… 私は〈対談〉が実は好きである。お互いが、平時どれ位の事を考えているかが露になる現場であり、発した言葉の鋭い刃の切っ先は、一瞬でも気を緩めるとすぐに自分に突き刺さってくる。芭蕉の言葉「考えるは常住の事、席に及びて間髪を入れず」にあるように、思考の深度とエスプリ、そして何よりも瞬発力が要求される、…… この〈対談〉というのが、実は面白くて仕方がないのである。対談は1時間でという依頼であった為にジャストで私たちは結論(一応の)へと持っていった。終了後に編集者からの意外な発案が出た。内容がとても刺激的で面白かった為に、雑誌以外にYou Tube でも流したい由。かくして秋に対談の様子が画像で流されるので、ご興味のある方はぜひ。…… さて次回は、ちょっと怖い話を久しぶりに書きたいと思っているので、こう御期待である!!!

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