『謎の麗人-来たる』

高島屋の個展では、女優やタレントの方が時折来廊されるので、華やいだ雰囲気が立ち上がる事がある。先日もたいそう美しい(麗人というべき)方が現れたが、この方は女優ではなく、会社経営者の雰囲気を放っていた。・・・私は、この方が先の個展にも来られてブル-ジュの版画を買われていた事を思い出した。直感力と高い美意識を持っている人と見たが、果たして、今回は『肖像-フランツ・カフカ』の版画を即決で購入された。ドイツ文学を専門にされていた由。・・・お茶が出され、私達は席についたが、開口一番、その方は、「北川さんは福井のご出身ですよね」と言われた。私は「ええ、そうですが‥」と応えると、その方曰く、「小さい時に、よく一緒に遊んだわねぇ」と、遠くを見るようにして言った。 「!!!???」・・・私はこの突然の切り出しにドキリとした。

 

その方が語るには、私の兄や母親の事もよく覚えているという。事実、兄の名前は合っていた。「お兄さんは暗かったけれど、あなたは本当に可愛いくて、不思議なオーラを放っていたわ」と言われ、私の家のすぐ近くに住んでいたという。・・・「で、貴女のお名前は?」と聞くと、「まぁそんな事はいいじゃないの」と、シャッターの壁を下ろしてしまう。一体、誰なのであろうか・・・?? 私は幼ない頃の遊び仲間の顔をフラッシュバックしたが、記憶は模糊として霧の中である。私の最初の婚約は6才の頃であったが相手は4才の年下であった。今、目の前におられる女性は私より1つばかり年上のようなので、その子ではないようだ。話しが進んで、私と小学校も同じだったという。

 

小学校も同じだった・・・? モデルの道端アンジェリカ姉妹は、小学校の後輩になるが、眼前の女性は、明らかにアンジェリカではない。私は先の個展でお会いした時に、この方が芦屋に住まわれていた事を思い出した。「 芦屋夫人」・・・想像をたくましくさせてくれる響きがあるが、麗人とはいえ、在宅夫人よりはバリバリの女性経営者に、この方は見える。話題を変えて、私は小学校の花壇に咲いていた強い原色のカンナの花が、今、私の頭の中を占めている、という話をした。「・・・花壇花壇、・・・あぁそういえば在った、在った!」と、この方も思い出されたようである。

 

「私は、記憶の中のあのカンナの原色を原点にして、今まで誰も試みていなかった、表現主義と幾何学を混交したペィンティングによる展開を構想しているわけですよ」と語ると、「記憶の中の共有した光景が、表現に変わったのをぜひ見てみたいわ。まとめてコレクションするかもしれないわよ」と手応えのある言葉を返してもらった。 妖しくもあり、少し怪しくもある、眼前の謎の麗人。しかし私にこの人は、何よりも義に熱い人と映った。間違いないくこの方は、次の個展にも現れてくれる人であり、またコレクションもされていかれる方と見て間違いないであろう。・・・いや、それよりもこの方は、次なる新たな挑戦への美神とさえ私には思われるのである。・・・私は良き人との出会いには強い運気を持っている。この方の存在を通して、美の未知なる指針に、今、静かなる導きの何かが私をして動いているのを私は実感するのである。   かくして、この謎の麗人は、画廊に謎のトランプのカ-ドを一枚置くようにして去って行かれた。・・・良き波動をこの空間に残して。

 

カテゴリー: Words   パーマリンク

コメントは受け付けていません。

商品カテゴリー

北川健次詩集『直線で描かれたブレヒトの犬』
Web 展覧会
作品のある風景

問い合わせフォーム | 特定商取引に関する法律