『この危機の時代を…』

12月に入って、室蘭で桜が咲き、土佐では土筆(つくし)が伸びて…と、温暖化の異常な様はその狂態をますます顕にしているようである。
10年前、私が『「モナリザ」ミステリー』(新潮社刊)を執筆していた折に、16世紀初頭に於て早々と、「世界は間違いなく水によって滅びる」と予言したダヴィンチの断定の根拠を調べるべく、近年の気象と自然破壊との関連を調べた事があった。…その時に読んだ或る研究書には、地球の平均気温が更に2度上昇すると、海面はおよそ6メ-トル高くなって世界は断末魔の様相を呈してくるという事が記されており、驚いたものである。…それから10年が経ち、平均気温は早くも1度上昇して、南洋の島々が水没の危機に先ずは直面しており、…あらためて、ダヴィンチの眼識の鋭さと先見性の深さに畏怖を覚えている次第である。
 
さて、昨日に私は、六本木のWAKO WORKS OF ARTで19日迄開催中のゲルハルト・リヒタ−展と、両国のシアターXで14日迄公演中の勅使川原三郎氏と佐東利穂子さんによる『ゴド−を待ちながら』を続けざまに見たのであるが、各々の表現において共に、福岡伸一氏の『動的平衡』の理論がそこに重なる事に気がついた。
 
リヒタ−の作品(風景写真と、その画面に部分的に刻された、様々な色彩をマ-ブル状に絡ませて波のうねりのように盛り上がった表現)。写真が持つ〈記憶性〉〈停止性〉へと向かうベクトルと、波動、乱舞として一瞬ながら微分的にも映る色彩の仮象。………また、勅使川原氏による、身体の絶対の静まり(停止)へのベクトルと、その真逆の、身体が孕み持つ絶対的な動的放射へのベクトルを拮抗させながら、ダンスというよりも、肉体による未踏の身体詩を立ち上げようとする、その実験性を帯びた試み。対峙し合う二元論の危うい共存。…もはやニジンスキ-や土方巽の表現の時代ではなくて、表現者もまた、引用と分析とその試行を実は入れる事の必要を熟知している、この表現者たちのそれは、まさしく福岡伸一氏の『動的平衡』の理論と重なると私は見てとったのであった。公演後その事を勅使川原氏に話すと、果たして、福岡氏の『動的平衡』の続編の中で、勅使川原氏のダンス表現と動的平衡の絡みが言及されているとの由。私は自分の直感が的を得ていた事をその場で確認したのであった。ではそもそも、その動的平衡とは何なのか!?……残念ながら、この動的平衡の理論について、この欄で語る事は字数に於て物理的に不可能である。…ご興味のある方は、リヒタ−展と、勅使川原三郎氏のダンスに触れて、福岡伸一氏の本を直接お読みになる事をお薦めしたい。福岡氏のこの理論は、更にその上を詰めると、美とポエジーの核にまでも迫りうると言っても過言ではない、スリリングな書物である。

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