北陸新幹線に乗って富山へと向かった。今月の5日から20日迄、ぎゃらり−図南で開催中の個展の初日に合わせて訪れたのである。オ−ナ−の川端秀明さんから10年前に個展のオファーを頂いてから早いもので今回が7回目になる。最初にお会いしたときから川端さんとは旧知の盟友のように話しや美に対する価値観が合い、また画廊に来られるコレクターの人達も眼識のある人が多いので、毎回の個展では私も自ずと力が入ってくる。特に今回は、オブジェ、コラージュ、版画、写真など計50点以上という、およそ二回分の個展にも相当する大規模な出品数であったが、川端さんの展示のセンスは実に見応えがあるものであった。…各々の作品が最も映える位置と高さをピタリと決め、そこに照明が緻密に配慮して当てられており、画廊に入った瞬間に、その強いこだわりが伝わって来て、私は思わず唸ってしまったのであった。…しかも最も大事な〈品格と華やぎ〉というものが、各々の作品から静かに立ち上がっている事に、私は作者としての、手応えと感動を強く覚えたのであった。川端さんは、今回の展示に二日間という長い時間を要したという。…そこから私の作品への川端さんの思い入れの深さが伝わって来て、私は本当に感動してしまったのである。
川端さんご夫妻と再会の挨拶をゆっくり交わしている間もなく、早くもコレクターの人達が訪れて来て、画廊は人でいっぱいになってしまった。そしてすぐに作品を選ぶ真剣な視線へと変わり、購入を決められた作品に次々と売約済みの赤いピンが刺されていく。…中にはオブジェの大作を、お一人で二点購入される方もおられて、私は来廊してすぐに今回の個展の手応えを実感したのであった。…何より嬉しいのは、まさに数日前に完成したばかりの新作の主な作品がコレクターの人達に評価され、コレクションされた事であった。…池田満寿夫氏は、「作品の最大の批評とは、唯の誉め言葉ではなくて、実際にコレクションするという行為である」という名言を語ったが、それは正しい見方であると、私は作り手としての実感を持ってつくづく思うのである。……そして、この初日だけで、早くも七点の作品の購入が決まっていったのであった。(まだまだ2週間の会期を残して。)私は今まで数千点という作品を作り出して来たが、そのほとんどが全国のコレクターの人達に大切にコレクションされており、アトリエには旧作というものが全く残っていない。それを想うと、私は本当に幸せな作家なのだと、川端さんご夫妻やコレクターの人達と別れた後の深夜のホテルの部屋で、一人思ったのであった。
版画と違い、オブジェやコラージュは1点だけのオリジナル作品である。本当は全国にいる私のコレクターの人達にも今の私の新作を観て頂きたいのであるが、それは無理な話しで、購入された作品は画廊からコレクターの方へと渡っていく。そして、私の作品を所有された方は特権のように、その作品との親密でミステリアスな対話をこれから長い時間をかけて交わしていくのである。そして私はまた未知なるイメージの領土を求めて、新たなる方法論を持って、狩人のように分け入って行くのである。
……翌日の午前中には、既に私の版画をコレクションされている方が、金沢から来られて、実験作というべき新作の写真作品に興味を持たれ購入を決められた。既にお持ちの杉本博司氏の『海景』と並べて楽しみたいとの由である。…かくして、あっという間の2日間という富山での滞在であったが、良い思い出となる旅であった。画廊を出て遥か彼方を見やると、立山連峰の高みに見える白雪が、春の到来を告げるようにあくまでも美しい。…私は立ち去り難い想いのままに川端さんご夫妻と別れ、富山を発ち、次なる制作が待っているアトリエへと戻っていったのであった。