『七月のピカソ』                     

以前に書いたこのメッセージ欄で、私は刊行されたばかりの本『ピカソの世紀-キュビスムの誕生から変容の時代へ』(ピエール・カバンヌ著 中村隆夫訳 )を図書推薦の本として紹介したら、その後で「図書新聞」から、この本についての書評の執筆依頼が来たので気持ちよく快諾した。…とはいえ、書評が本の売れ行きを左右しかねない場合があるので責任は大きく、しかも原稿用紙6枚の、まぁそこそこの長文ゆえに、メッセージのように気軽に楽しんで書けないのが難である。… 私は日々、オブジェの制作の合間をみて、原稿の切り口を考えながら、〆切日の前日に一気に書き上げた。作曲と同じで、最初の出だしの音が見つかれば、後は早い。文芸評論家諸氏の中には、えてして主題に対し直球から入る人がいるが、私は自分の型として偏角から入る場合が多い。…空の高みを飛ぶ鳶が、緩やかな弧を描きながら地上の獲物を急降下で狙うようにして……である。この「図書新聞」は、文芸の分野に関わっている作家や評論家、そして研究者や出版関係者の多くが読んでいる月刊の質の高い新聞で、かなりの発行部数であるらしい。…私は何ゆえにピカソが美術の分野を越えて20世紀を代表する人物になりえたかについて書き、…20世紀という時代が、人間の内面に棲まう矛盾やグロテスクな面を露出し始めた事と、ピカソの資質にあった、自分でも御しがたいほどの矛盾やグロテスク(この場合は;過剰;と解したい)が、20世紀の特徴であるそれとパラレルに並走したのがその一因であると書き、…私達が、実はピカソについて全く知りえていなかった事(伝説と事実とのあまりに異なる乖離)が、この本によって様々に知らされた…という事を中心に置いて書いた。私のこの書評は、今月発行の図書新聞(書店にて入手可能)に載るので、ご一読頂ければ嬉しい。

 

日本橋高島屋美術画廊Xで、9月28日から3週間の会期で開催予定の個展の制作がいよいよ追い込みに入って来た。…いま何点の作品が生まれたのか全くわからないほどに、ここ最近はアトリエの中で没頭している。…このアトリエは、別に死体を隠しているわけではないが、ほとんど(工事関係者以外は)誰も入った事がない。まるで、ロンドンの骨董商の暗い雑然とした倉庫と探偵事務所を合わせたような、まぁ良く言えば迷宮と化して、何処をどう歩けばわからないような作りになっており、まさにその中で籠るようにして作品をコツコツと作っているのである。今まで数人だけ、画商や知人が一瞬だけでいいから…というので、チラッと扉を開いて見せた事があるが、皆さん一同に、あまりの非現実的な空間を見て唖然としていたものである。……… オブジェに取り込まれ、やがて出を待つ予定の夥しい数のイメージの断片、そして断片…。うず高く積まれた本の山、壁面にびっしりと掛けられた、ゴヤ、ルドン、ベルメ-ル、ホックニー、タピエス、ヤンセン、デュシャン、駒井、加納、池田、中西…etcの版画や写真、‥ヴェネツィアの工房で入手した仮面や、凸面鏡、紙切れに書かれ吊るされた詩片の山(私は詩集の出版も近々に考えている)…などなど、出番を待つくさぐさのイメージの未だ形を持たない類の物たち、…それら、まるで成長に失敗した奇妙な少年の部屋のような空間の中で、私はイメージを紡いでいるのである。…今回の高島屋美術画廊Xの個展では二つの主題を絡めるという、誰も着想しなかった試みを展開する予定である。… 9月28日からの個展を、ぜひ楽しみにして頂ければと…願いつつ、今日は筆を置く事にしよう。

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北川健次詩集『直線で描かれたブレヒトの犬』
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