『……そは何者!?』

画狂人・葛飾北斎は、生涯に60回以上も引っ越しを繰り返したという。とはいっても隅田川近く、本所堀割辺りに限っての、わずかに数軒の移動で済み、荷物も絵筆と紙だけだったから気楽なものである。……引っ越しの理由は、部屋が描き散らかした紙屑の山でいっぱいになり、さすがに身動きがとれなくなると引っ越しと相成ったらしい。同居人の娘の応為(おうい)も、父親の遺伝子を受け継いで描画三昧没頭の生活であったので、片付けは無頓着で全く出来なかったというから面白い。…………さてさて、その引っ越しであるが、私も来年の1月末にアトリエを引っ越す事になり、急に慌ただしい片付けの日々が続いている。北斎と違い、何と19年ぶりの引っ越しなのである。

 

……片付けをしていると、まるで地層のように書類の下や、山積みの本の下から珍しい物や、探しても見つからなかった物が時間を遡るように急に出てきて懐かしくなり、、過去の日記帳を開くようについ手に取って見てしまう。そして次第に読み耽ってしまうから効率が悪いこと甚だしい。先日は快晴だったので、片付け時に出て来た三島由紀夫の対談集『源泉の感情』と、学生時の文学のゼミのテクストであったバシュラ―ルの本が出て来たので、庭の芝生に寝転んで、つい読み耽ってしまった。……しかし、この手の物は良いが、ふと何かの弾みのようにドキリとするものが出てくる事があり、ヒンヤリとした寒いものを覚える事がある。……先日出てきたのがそれであった。……それは、新聞の小さな切り抜きであった。

 

新聞の小さな切り抜き、……それは2010年5月17日の日付のある朝日新聞の「朝日歌壇・俳壇」の一面の切り抜きであった。その上段には入選に選ばれた短歌や俳句の素人の愛好家の苦心作が掲載されており、、その欄の下段の方には、あまり目にする事のない「入選取り消し」という不穏の文字が書いてあり、私の興味を映すように、二重の丸で短文のその箇所を、読んだ直後に私は囲っているのである。その記事を初めて目にした当時の私は、たぶん短編のミステリ―を着想したらしく、後日時間のある時に書こうと思っていたのを、私は思い出した。……しかし、大事に取っておいた筈のこの切り抜きを私は迂闊にも紛失してしまい、また後日に1冊の本として求龍堂から刊行された拙著『美の侵犯―蕪村×西洋美術』の前身となる連載を毎月書いていたので慌ただしく、いつしかそれらの資料の中に、その切り抜き記事が埋もれていってしまったように思われる。その記事とは以下のような短い文である。

 

「入選取り消し 3日付の金子兜太選の句 〈蝶に手をのばすな兵士撃たれるぞ〉 は、別の作者による同じ句がすでに発表されていましたので、入選を取り消します。」

……記事は以上だけである。しかし、この句は平成のモチーフとしては明らかに時代を異にしており、例えば支那事変の頃の南方の密林の中で起きた凶事の直前の光景、或いは〈蝶〉という言葉を何かの暗喩にして託した暗号、或いは、何かの凶凶しい秘密を握った者が、時を経て、その秘密を知る今一人の人物に発した、俳句の隠語に託したメッセージ……のようにも思われ、激しい興味を覚えた私はその記事に書いてあった5月3日付けの新聞を取り寄せて、盗作したとされる人物の名前(おそらくは偽名であろうが)を追った。……果たしてそこに、その俳句と名前が載っており、私はそれも併せて蔵っておいたのであったが、その3日付の記事だけがどうしても見あたらない。……それにしてもこの句 〈蝶に手をのばすな兵士撃たれるぞ〉 は、いかにも不穏に充ちており、私の想像力を煽ってなお魅力的である。……盗作の元となったのは果たして何なのか!?しかし、この先を敢えて追わずにこのままにしておいて、この句を読む人各々の想像力の翼に自在に託すのが、或いは一番面白いようにも思われる。私が持論としている、表現物とは作者の元を離れて、他者の想像力を揺さぶるイメ―ジの〈装置〉として在るべきなのであるから。………………唯思うに、これは私の想像であるが、この句を読んだもう一人の人物は、おもむろに新聞を閉じ、何者かに1本の電話をかけ、その数日後の雨季の気配がする日の午後に、日比谷公園内の奥にひっそりと建つ松本楼の一室の予め部屋をとっておいたその中で、40数年ぶりの再会を果たしている姿が、想像の内にうっすらと透かし見えるのである。そして、その男の手には、ぼろぼろに朽ちた蝶の羽の一片が生暖かく握られているようにもまた思われるのである。

 

 

 

 

 

 

 

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