『我がアトリエ』 

美術と文芸(著述業)の二つの分野で身を立てんと欲して夜行列車に乗り、トランク1つを提げて早朝の上野駅に降り立ったのは、あれは昔日の幻か、はたまた、遠い夢の続きでもあろうか……。ともあれ、先ずは溝の口という、川崎に在った美大の寮に入り、最初に買ったのは机と布団であった。…………18才の時のそれがともあれ出発であった。……そして、時が経ち、荷物は次第に膨らみ、先日の引っ越しの際は、二台の2トン車でピストン的に荷物を運び、都合2回の往復をしたので、実に8トンちかい荷物を運んだ事になる。……主に書籍と作品に使う材料である。引っ越しの前に古本業者に来てもらい、500冊ばかりの本を処分したので、かつてのアトリエには、かなりの荷物があった事になる。川崎の溝の口、横浜の菊名で2回の引っ越し(2回目の事は、以前のメッセージの名作「未亡人下宿で学んだ事」に詳しい)、横浜山手(ここは、もと連れ込み宿を改築したもの)、本牧(この敷地内には三軒の家があり、そのうちの一軒は本牧にあった米軍基地の兵隊を専らの客とする娼婦が棲んでおり、夜陰に度々忍んでくる米兵がいた)、次に山手、それから山下町の海岸通り、……そして、横浜の妙蓮寺に19年間棲んで、今回久しぶりに8回目となる引っ越しが、2ヶ月間に渡る荷造りを経てようやく完了した。

 

今回引っ越したアトリエは、もとギャラリ―であった建物なので道路に面した部分が全てガラス張りになっており、外から見れば、制作中の私の姿が丸見えの状態。つまり、動物園の熊よろしく、私の日常が〈一般公開〉となるのである。引っ越し後の片付けをしていると、通りを行く人々が、非日常的な我がアトリエの様子や私の姿を見て、これから何になるのか興味深そうに眺めていく。……引っ越して来て一番気になっていたのは空間が放っている〈気〉であるが、なかなかに心地好い気を放っていて、これなら集中して制作に専念できそうなのでこれからが楽しみである。部屋の片付けもようやく終わり、前回のメッセージにも書いた医療戸棚のガラスの中にも思い出の品々が戻ってきた。ニジンスキ―、ランボ―、カフカ、プル―スト、三島らの写真、澁澤龍彦氏の法要の席の写真(私、一人挟んで中西夏之さん、後ろの席にサングラス姿の池田満寿夫さん、詩人の高橋睦郎さん、金子國義さん、四谷シモンさん、仏文学者の巌谷國士さんetc…と懐かしい先達の曲者達の姿がある)、硝子管、……化石ほか。別な棚にはロミ―シュナイダ―、拙著の数々などが収まり、いよいよ制作の本番がこれから始まるのである。

 

アトリエの住所:   〒222―0023 横浜市港北区仲手原1―21―17

 

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