沖積舎

「狂った空の下で書く徒然日記-2024年・狂夏」

災害級の猛暑に、ゲリラ雷雨…。そんな中を先日、馬場駿吉さん(元・名古屋ボストン美術館館長・俳人・美術評論家)と11月29日-12月14日まで開催予定の二人展の打ち合わせの為に、名古屋画廊に行って来た。ヴェネツィアを主題に、馬場さんの俳句と私のビジュアルで切り結ぶ迷宮の幻視行の為の打ち合わせである。馬場さん、画廊の中山真一さんとの久しぶりの再会。打ち合わせは皆さんプロなので、短時間でほぼ形が見えて来た。…後は、私のヴェネツィアを主題にした作品制作が待っている。

 

その前の10月2日-21日まで、日本橋高島屋の美術画廊Xで私の個展「狂った方位-レディ・パスカルの螺旋の庭へ」を開催する予定。今年の2月から新作オブジェの制作を開始して7月末でほぼ70点以上が完成した。6ケ月で70点以上という数は、1ヶ月で約12点作って来た計算になるが、その実感はまるで無い。私は作り出すと一気に集中し、没頭してしまうのである。…2.5日で1点作った計算だが、しかし上には上がいる。ゴッホは2日で1点、佐伯祐三は1日で2点から3点描いていたという証言がある。…二人とも狂死に近いが、私の場合はさて何だろう。

 

 
…そんな慌ただしい中を先日、月刊美術の編集部から電話があり、横須賀美術館で9月から開催する画家・瑛九展があるので、この機会に瑛九について書いてほしいという原稿依頼があった。…さすがに忙しくてとても無理である。…何故、瑛九論を私に依頼したのか?と訊いたら、私と同じく、画家、写真家、詩人、美術評論…と多面的に彼が先駆者として生きた事、そして瑛九と関係が深かった池田満寿夫さんと、私との関係からであるという。

 

…以前に私の写真集刊行の時に、版元の沖積舎の社主・沖山隆久さんが、印刷に入る3日前に、写真80点に各々80点の詩を入れる事を閃いたので、急きょ書いて欲しいという注文依頼があった。時間的に普通なら無理な話であるが、私は不可能といわれると燃える質である。3日で80点の詩を書き上げた。…その詩を沖山さんが気にいって私の第一詩集『直線で描かれたブレヒトの犬』の刊行へと続き、また詩の分野の歴程特別賞まで受賞したのだから人生は面白い。

 

………(とても無理ですね)と最初はお断りしたのだが、今回も瑛九に関して次第に興味が湧いて来て、結局原稿を引き受ける事になり、一気に書き上げた。短い枚数なので逆に難しいのだが、誰も書き得なかった瑛九小論になったという自信はある。

 

 

…しかしそう多忙、多忙と言っていても人生はつまらない。忙中閑ありを信条とする私は、先日久しぶりに骨董市に行って来た。…今回はスコ-プ少年の異名を持つ、細密な作品を作り、このブログでも時々登場する桑原弘明君の為に行って来たのである。

 

…明治23年に建てられた異形の塔・浅草十二階の内部の部屋を、彼は細密な細工で作品として作りたいらしいのだが、外観の浅草十二階の写真は余多あるのに何故か、その塔の内部を撮した写真が一枚も存在しないのである。…先日は、その幻の写真を私が彼の為に見つけんとして出掛けていったのである。(彼とは今月末に、その浅草十二階について語り合う予定)。

 

 

………昔の家族や無名の人物写真、出征前に撮した、間もなくそれが遺影となったであろう、頭が丸刈りの青年の写真などが段ボールの中に何百、何千枚と入っている。…しかし、件の浅草十二階の内部を撮した写真など、見つかりそうな気配は全くない。

 

 

 

 

…私は、次から次と現れる知らない人達の写真を見ていて(…考えてみると、これは全部死者の肖像なのだな)…という自明の事に気づくと、炎天下ながら、背中にひんやりと来るものがあった。……そしてふと想った。…もしこの中に、紛れもない私の母親の、未だ見たことのない若い頃の写真が二枚続きで突然出て来たら、どうだろう。…そしてその横に私の全く知らない男性が仲好く笑顔で、…そしてもう1枚は、二人とも生真面目な顔で写っていたとしたら、さぁどうだろう⁉…と、まるで松本清張の小説のような事を想像したのであった。

 

 

…考えてみると、両親の歩んで来た物語りなど、実は殆んど知らないままに両親は逝き、今の私が連面と続く先祖達のあまたの物語りの偶然の一滴としてたまたま存在しているにすぎないのである。

 

 

 

 

 

 

…ここまで書いて、初めてアトリエの外で油蝉がかまびすしい声で鳴いているのに気がついた。………今は外は炎天下であるが、やがて日が落ちる頃に俄に空が暗転し、また容赦の無い雨が激しく降って来るのであろう。…

 

 

 

 

 

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『梅雨が来る前にお知らせすべき、大事な展覧会について書こう』

⭕…沖積舎の社主・沖山隆久さんの企画出版による私の第一詩集『直線で描かれたブレヒトの犬』が刊行されたのは2020年の12月。詩集の大半は関係筋にお送りしたが、若干数が手元に未だ残っていた。私はあまねく、まだ存じ上げていない未知の人へも詩集の存在を発信しようと思い、このサイトに告知欄を作り購入される希望者を募った。…反響は大きく沢山の方から毎日のように購入希望の手紙を頂いた。…そして私はその方々のお名前とサインを詩集に書いて各々の方にお送りした。………

 

 

しばらく経った或る日、一通の封書がアトリエに届いた。封を開けると、5枚の便箋にびっしりと詩集の感想が書かれていて、その緻密な論考と熱く伝わってくる何物かに惹かれて私は一気に読み終えた。…そして好奇心の強い私は、この手紙を書かれた人に興味を持ち、直ぐに電話をかけたのであった。…一度しか無い人生。この人に会って、直に話がしたいと強く思ったのである。…そして、当時まだ在った東京・八重洲ブックセンタ-のカフェでお会いする事になった。

 

 

…話は主に文芸の話であったと記憶するが、話していて(この人とは波長が合うな)と思うようになり様々な話へと発展していき話がどんどん面白くなっていった。…話も後半に入った頃に、その人はご自身が画廊をやっていて、私の版画から現在までの作品が好きなのだという事を静かに語られたのであった。…表現者という仕事をやっていて、私が本当に幸運だと思う事は、人との出会い、有り体に言えば、このブログでも書いて来たが、各分野で本物と云える人との出会いに恵まれている事である。…画商では、70~80年代の美術界を牽引して、もはや伝説的な存在として語られる佐谷画廊佐谷和彦さん。…また多くの画商からその確かな眼識を評価されていたギャラリ-池田美術の池田一朗さんをはじめとして、この画廊という仕事に矜持と自信を強く持っていた人々との出会いに恵まれていた事である。

 

 

…そして、今、私の目の前におられる人を見て、内に強烈な自信を秘めた人だとも私の直感が感じたのであった。…話はその後もだいぶ語り合い、別れる時には、その方の画廊で開催する個展の話も具体的に決まっていたのであった。…それが、千葉(総武線・西千葉駅から徒歩5分)で山口画廊を運営されている山口雄一郎さんとの出逢いであった。そして毎年の春5月頃に個展を開催するようになり、今回で早くも3回目になる。

 

…展示のセンスも群を抜いて抜群であり、また毎回、山口さんが執筆されて作っている「画廊通信」という冊子も、そこに書かれた内容は、極めてスリリングであり、鋭い眼識の高さを示しながらも難解に堕ちず、極めて平易な言い回しの内に、私達は知の螺旋構造の妙に堪能を覚えるのである。(画廊にて配布)

 

 

 

…今年の1月から鉄のオブジェを作り出してそれも発表しているが、なかなかに好評であり、初日に画廊を訪れた私は、今回の個展『直線で描かれたブレヒトの犬』に強い手応えを覚えたのであった。

 

 

 

 

 

…今回の千葉・山口画廊での個展画像を掲載するので、ぜひのご高覧をお願いする次第である。

 

 

 

 

 

 

── 直線で描かれたブレヒトの犬 ──

 

第3回 北川健次展

2024年 05月22日 (水) 〜 06月10日 (月)

 

 

 

宙空を鋭利に貫く直線、架空を豊潤に歪める曲線、不穏な浪漫を湛える座標空間に、異形の図像学が生起する。謎めいたボックス・オブジェに加えて鋼板と鉄線による新たな金属オブジェも交え、具象と抽象の絢爛と交錯する第3回展、秘めやかな官能に満ちた異次元の境域を。

 

 

【DM】 Sarah Bernhardt の硝子の肖像 (部分)

 

 

 

 

 

山口画廊

10:00 ~ 20:00 / 火曜定休

〒260-0033

千葉市中央区春日 2-6-7 春日マンション102

☎ 043-248-1560

 

 

 

 

 

 

 

 

⭕さて、次にご紹介するのは、半蔵門駅から直ぐの『執行草舟コレクション/戸嶋靖昌記念館』で開催中(4月30日~8月31日まで)の「砂の時間」展である。この美術館では精力的に、かつ密度の濃い問題提示から企画された展覧会が開催され、訪れた人々を美の酩酊と観照する事の深い意味へと導き、自問の思索の場となっていて、訪れる人は多い。また毎回、展覧会に沿って「ARTIS」という冊子が作られているのであるが、この美術館を立ち上げた著述家・実業家である館長の執行草舟さんに美術館学芸主任の安倍三﨑さんがインタビュ-した話(この話が毎回深く、かつ面白く、知の力業と直観で読み解く事を要求され、自ずと鍛練されていく)が主体となり、また画家の戸嶋靖昌氏のグラナダ滞在時の手紙や、執行草舟コレクションで所蔵する膨大な数の作品と作者に対する論考などがコラムの形で連載されていて、私は毎回、この「ARTIS」が届くのを楽しみにしているのである。

 

 

…前述した山口さんとの出逢いは私の詩集であったが、執行さんとの出逢いもまた一冊の本からであった。…NHKエデュケ-ショナルの方が拙著『美の侵犯-蕪村x西洋美術』(求龍堂刊)を執行さんに薦められ、それを読まれた執行さんが直ぐに私が個展を開催中の高島屋・美術画廊Xの会場に来られ、その場で作品15点ばかりを即決で購入を決めらた事が出逢いとなったのである。

 

…執行さんが会場で作品を選ばれるその速さは凄まじく、広い会場内を一巡しながら、およそ2分くらいで15点を決められたのであった。(…銀の稲妻が精神と肉体に宿ったような人だな!)…これが私が初めて執行さんにお会いした時の印象であった。…数千点は下らないという数多のコレクションを所有されていて、展覧会の企画の度に作品が比較文化論的に変容していく様は、実に面白く勉強にもなっている。…今回の「砂の時間」展では、執行さん所有の私の数多ある作品の中から7点の版画とオブジェが選ばれて展示されているので、ぜひご覧頂きたく、お勧めする次第である。

 

 

 

 

 

「執行草舟コレクション/戸嶋靖昌記念館」

《砂の時間展》

開期:4月30日~8月31日まで

開館・火~土 11時-18時
休館 日祝・月曜定休

〒102-0083 東京都千代田区麹町1-10 バイオテックビル内

TEL03-3511-8162

 

 

*来館ご希望の方は、事前にご一報ください。

 

 

 

 

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「哀しくて、やがて嬉しき神保町の巻」

……JRお茶の水駅から明治大学のある坂を下って行くと、世界最大の古書の街、神保町古本屋街である。その最初に在る古書店の名を「三茶書房」という。今もこの店の前に立つと来し方を思い出す。……昔、未だ美大の学生だった20才の頃、この店の二階にあるガラスケ―スの中に、版画家の池田満寿夫さんと、わが国を代表する詩人・西脇順三郎氏による詩と銅版画のオリジナル作品14点が入った詩画集『トラベラ―ズ・ジョイ』(特装本)を見つけたのである。〈その頃で定価は確か40万円前後であったか。〉興奮した私は「これを見せてくれませんか?」と言うと、年老いた店主が一言「駄目です、だってあなたには買えないでしょ!」との冷たい突き放し。……悔しかった、しかし「買えなくても、見せるくらいどうなんだ、次代の若者を育むのも、本屋の勤め、それが文化じゃないのか」と言いたかったが、言えなかった。……どうみても、長髪の着たきり雀の貧乏学生、口をつぐんで、私は店を出た。震える程に悔しかった。

 

……… しかし人生はわからない。それから僅か4年後に、私は池田満寿夫さんと出逢い、大学院を出てそのままプロの版画家としてスタ―トしていた。そんなある日、池田さんに人生初めてのエスカルゴを食べる体験とワインのご馳走をしてもらっていた時に、学生時代の三茶書房での悔しかった話をした。池田さんは笑って聞いていたが、数日後にニュ―ヨ―クへと戻って行った。……その数日後に私の当時の契約画廊であった番町画廊の青木宏さんから「画廊に来るように」との連絡が入り、私は銀座の画廊に行った。……そこで私が青木さんから渡されたのは、池田満寿夫さんから私への置き土産だという厚い紙包みであった。……開けてみるとあろう事か、件の『トラベラ―ズ・ジョイ』(特装本・しかも私への献呈署名入り)であった。……私は震えた。しかし今度は感謝の気持ちとしての嬉しい震えであった。

 

 

…………学生時代、店主に嫌な事を言われながらも、三茶書房はしかしめげずに度々行っていた。そのガラスケ―スの中に、今度は江戸川乱歩直筆の書、有名な言葉「うつし世はゆめ夜の夢こそまこと」(現世は夢、夜の夢こそ真実の意)が展示されていたからである。……乱歩の熱心な読者であった私は、またしても欲しくなった。しかし、その書はあまりにも高価であって、店主に訊けば、またあの言葉が返ってくるのは必至であった。

……そう、私は乱歩の熱心な読者であった。……そればかりか、ここに掲載した一時代を作った平凡社の月刊誌『太陽』の江戸川乱歩特集では、乱歩の代表作『押絵と旅する男』に絡めたエッセイも、編集部からの依頼を受けて執筆しているのである。……この企画では、久世光彦種村季弘谷川渥団鬼六荒俣宏石内都鹿島茂、更には俳優の佐野史郎など分野を超えて、執筆者各人を探偵に見立て、様々な視点から乱歩の多面体の謎に斬り込んでいてなかなか面白い企画であった。ちなみに私が書いたテ―マは「蜃気楼」であった。

 

……時が流れていった。……前々回(9月8日付け)のブログで、私は神保町の出版社.沖積舎の沖山隆久さんが李朝の掛軸展を開催中に会社に行き、沖山さんから李朝の掛軸を一点プレゼントされた話を書いた。その際にその展示の場所で、30年以上欲しくて探し続けていた月岡芳年の最高傑作と評される残酷絵『美男水滸傳』(今回、画像掲載)を偶然見つけ、沖山さんに私の旧作の版画一点との交換トレ―ドを申し出て快諾して頂き、念願が叶った話は書いた。(芳年は代表作の英名二十八衆句の内二点も持っている。)……以前にも書いたが、江戸川乱歩、三島由紀夫芥川龍之介谷崎潤一郎諸氏も芳年の作品の熱心な収集家であった。

 

……その沖山さんの出版社・沖積舎で、李朝の掛軸展の次に開催されたのは文人画の展覧会であった。泉鏡花.谷崎潤一郎.永井荷風.西脇順三郎.……等の書が展示されているというので、個展の出品作品の制作の合間を見て、神保町へと赴いた。……沖積舎の中に入ると、西脇順三郎のというより、西脇以後の詩人達がいまだに超える事が出来ない美しい詩「天気」の「(覆された宝石)のような朝 何人か戸口にて誰かとささやく それは神の生誕の日」の直筆の原稿が表装されていて私の眼をとらえた。

 

 

……しかし、その奥に入って私は我が目を疑った。……あの学生時代以来、ずっと意識し続けていた江戸川乱歩の件の書「うつし世はゆめ……」が奥の方で泉鏡花、谷崎潤一郎の書と並んで静かに展示されていたのであった。

「沖山さん、沖山さん、……!!」と言ってから、私は前回に芳年を入手して直ぐにというのに、またしても旧作の版画との交換トレ―ドを申し出てしまったのであった。……しかし、さすがに今回は沖山さんも難色を示され、私は冷静になり、自分が無理を言っている事を自覚した。……しかも、その乱歩の書はあまりにも高価であり、もうなかなか出ない貴重な書なのである。「さすがに私は無理を言っていますね」と言って、しばらく話をしてアトリエへと戻った。……その日の夕方、作品の仕上げをしていると突然、電話が鳴った。出ると沖山さんからであった。「北川さん、先ほどの乱歩の書の話、OKですよ!」。……私は声高く御礼を伝え、翌日の昼すぎには、長年熱望していた江戸川乱歩の書「うつし世は夢 夜の夢こそまこと」がしっかりとアトリエの壁面に掛かっているのであった。

 

……月岡芳年の絵もさりながら、思い返せば、あの学生時代に、三茶書房のガラスケ―スの中で展示されていて熱い眼差しを注いでいた、池田満寿夫さん、西脇順三郎氏の詩画集『トラベラ―ズ・ジョイ』と、江戸川乱歩の書のいずれもが私のもとに在る事の不思議。……そして私は今にしてふと想うのである。これはまるで芝居のラストの大団円のようではないかと……。つまり、人生の終章に今、……いやいやまさか……と、私は揺れているのである。

 

……さて、今月11日から30日まで、東京日本橋・高島屋6Fの美術画廊Xで個展『幻の廻廊 Saint-Michelの幾何学の夜に』がいよいよ始まる。作品が完成してリストを見ていてつくづく思うのだが、不思議と作って来たという実感がないのである。私は作品を作るというよりも、閃きが先ずあり、啓示のようにしてなにものかの力が私と平行して共に作品が次第に立ち上がって来るのである。……この傾向は年々強くなり、次々とイメ―ジが前方あるいは背後から押し寄せて来て、作品が形を成していくのである。……豪奢、静謐、逸樂、……そして豊かな詩情とノスタルジア。更には実験性と完成度の高さとのスリリングな共存。

 

……今回の個展案内状を受け取った何人かの方から、今回の個展の今までにも増して質の高い予感を指摘された。それは個展を前にしての嬉しい手応えである。……10日は展示、そして11日が個展の初日。……次第に緊張が高まって来ているのである。

 

 

個展『幻の廻廊 Saint-Michelの幾何学の夜に』

 

 

 

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『この人、沖積舎・沖山隆久氏!!』

福井県立美術館での私の個展『鏡面のロマネスク』も、いよいよ25日(日)で終了する。7部屋もある展示会場を巡りながら、自分の作品と向き合って様々な想いが去来した。そして、自分があんがい多作家である事を知って驚いたのであった。私の初期の版画を一途に愛する方々もおられるが、私の展開はまぎれもなく、その質と幅を広め、今だに誰も予測のつかない方向へ向かっているという事を、私自身の内なる醒めた批評眼をもって確信できた事が、本展における私にとっての最大の収穫であった。

 

先日刊行された私の写真集の仕掛人である沖積舎の沖山隆久氏は、17年前に私の最初の銅版画集を企画刊行して頂いた恩人であり、先見の人である。はるばる福井の個展にも来られ、実際に数多の作品を御覧になった後に、私に「今度は北川さんのオブジェの作品集を作りますよ、それも近い内に!!」と言って、私を驚かした。しかし、沖山さんは今回の写真集も予告どおり僅か1ヶ月で刊行したように、有言実行の人である。間違いなく、私のオブジェの世界の特質に照準を合わせた、ミステリアスで創意に充ちた「奇書」が、刊行されるであろう。沖山さんのような慧眼の人が身近に在るという事は、表現者にとって心強い限りなのである。

 

今、私の手もとには、刊行されたばかりの写真集『サン・ラザールの着色された夜のために』がある。作品に沿った詩を書いてほしいと提言されたのは、沖山さんであった。私は打てば響く人間である。感性を削るようにして計72篇の詩を三日間で書き上げた。そして、その一篇づつが、全く自立したものとなっている。もし、沖山さんの提言がなかったら・・・。そう思う程に、この写真集は、他の写真家による写真集とは異なりを見せている。一月には、この写真集の限定版が50部のみ刊行され、各々に未発表のオリジナル写真が入る事になっている。そして、私はその写真を沖山さんに既に渡してある。さてそれがどのような仕上げとなって世に出るのか、今から、私は楽しみにしているのである。

 

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『この本、「光の王国」が面白い!!』

私が勝手に「平成の寺田寅彦」と呼んでいる分子生物学者の福岡伸一氏が、秀逸なフェルメール論『フェルメール・光の王国』という本を刊行した。私も以前に紀行文の取材でパリのパサージュに関する執筆を頼まれた、ANAの機内誌「翼の王国」に長期連載していたものを一冊にまとめたものである。『デルフトの暗い部屋』というフェルメール論を、私は10年以上前に文芸誌の「新潮」で発表したが、それは、フェルメールの謎に光を当てるために、レーウェンフックスピノザを重要な存在として登場させたものである。福岡氏の視点もいささか重なったものがあるが、氏の独自な切り口には共振するものがある。本質にまったく言及していないフェルメール論は数多くあるが、久しぶりに、フェルメールの絵画が持つ不思議な引力の秘密に迫り、その正体を解かんとする労作である。ぜひ御一読をお薦めしたい。

 

さて、最近、12月から来年にかけて私の本の刊行予定が次々と入り、打ち合わせが続いて個展の時以上に多忙な日々となっている。一つは28日から始まる福井県立美術館での個展のカタログの校正チェック。それから、まもなく沖積舎から刊行される私の写真と詩を切り結んだ、今までにない形の写真集『サン・ラザールの着色された夜のために』の早急な制作進行。そして今月急に入って来た、拙著『モナリザ・ミステリー』の文庫化の話と、久世光彦氏との共著『死のある風景』を新装化した再版の話である。それとは別に詩人・野村喜和夫氏の詩と私の作品を絡めた詩画集(思潮社刊行)の為の打ち合わせと作品制作。1月の個展(森岡書店)のための新作・・・。このように続々とお話を頂くのはありがたく、私は各々に期待以上に応えたいと思っている。プロの骨頂とプライドにかけて。しかもこれとは別に、展覧会に絡めて福井新聞に私の半生記『美の回想』の連載(八回)を書き始めている。師走という程に年末は忙しい。『モナリザ・ミステリー』は新たに発見した事も書き加える為、執筆もある。風邪など引いている場合ではない。写真集は早々と購入予約も入り始めており、ありがたい!!!とにかく〈頑張りたい〉の日々を今、慌ただしく生きている。

 

 

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『真の幻想絵画とは・・・』

神田神保町にある出版社の沖積舎に行く。社主の沖山氏と、私の写真集刊行の打ち合わせのためである。沖山氏は、私の最初の版画集「正面の衣裳」を企画・刊行した人であり、恩人である。会社の階段を昇っていく途中で携帯電話が鳴った。電話は映画プロデューサーのS氏からであった。S氏云わく「銀座の画廊で個展をしている或る画家の絵を見ていて、次第にいらだちを覚えた」との由。その画家は、いわゆる(幻想画家)を謳っているわけであるが、S氏は、いかにも(幻想絵画風)の小道具を並べただけの予定調和の画面を見て、はたしてこれが言葉の正しい意味での「幻想絵画」と云えるのか!?という疑問を抱いたのだという。S氏は数々の映画のヒット作を出してきた才人であり、いつもその発言は私には興味深いものがある。この度のS氏の疑問は正しい。

 

真の幻想絵画とは、物象を物象として描きながらも、なおも立ち上がってくる、あやしくも捕え難い想念を見る者に抱かせる力を持った絵画でなくてはいけない。例えば靉光の「眼のある風景」の直接的なものから、春草の「落葉」、劉生の「道路と土手と塀(切通之写生)」といった暗示的なものまでも含めて、、、。しかし今日の(幻想画家と称する)作家の絵からはそのような表現に至ったものはなく、ありていに云えば、70年代に入ってきたウィーン幻想派の作品をなぞったものにすぎなく、マリセル・ブリヨンが著した幻想の定義からも程遠い。事実、S氏が今見てきたという画廊の画廊主自身が、アートフェアーで他の画商たちに云われた言葉として、「今の傾向で見ると、あなたの画廊の作家たちが、一番癒し系に見えるよ」と、私に笑いながら語った事がある。まあ、この辺りが話の落ちと云えるところであろう。

 

そういった話をS氏と電話でしていると、扉のガラス越しに沖山氏が、早く入ってくるようにと、笑顔で促している。打ち合わせは1時間あまりで主だった話は決まった。特装本には、限定一部だけの様々な写真プリントを各々に入れても良いのでは・・・と私は提案した。複数制の逆説を行くのである。写真家の川田喜久治氏に書いて頂いた実に美しいテクストを英語と仏語で翻訳した文も入れ、また掲載する写真の各々に私が短い詩を書く事になった。これは私の好きな仕事であり、ランボーではないが、一晩で一気に書こうと思う。バタバタと慌ただしいが、そういう中で今日はめずらしくアトリエの庭の芝生に寝そべり、ぶどうを食べながら、空行く秋の雲をぼんやりと眺めた。気象のリズムは完全に狂ってしまっている。しかし、その中でも季節は確実に晩秋へと移ろっている。

 

 

追記:

現代美術を牽引した画商である佐谷和彦氏と、シュルレアリスム研究家の鶴岡善久氏が編集した『身振りの相貌(現代美術におけるヒューマンイメージ)』という美術書が1990年に沖積舎より刊行されたが若干の在庫があり、興味のある方にはお薦めしたい本である。本の帯に記された『39人の日本を代表する詩人・評論家・画家などの論客が迫った、クレーピカソデュシャンたち38人の画家の作品への言葉による活写』という文にある通り、スリリングな試みの本である。ちなみに私はコーネルについて書いている。書き手は他に、岡井隆寺田透大岡信吉岡実、、、など多彩である。

本のお問い合わせは、沖積舎(TEL:03-3291-5891)まで。

 

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北川健次詩集『直線で描かれたブレヒトの犬』
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