月別アーカイブ: 11月 2013

『BEATLESと共に』

私が美大に入ったその年にビートルズは解散した。〈偉大な足跡を残して。〉多くの人々がそうであるように、長い間、ビートルズのサウンドは、私にとっても又、心の支えといえるものがあった。二十代の生活は大変であったが、それでもレコード盤はよく買った。その頃に最も聞いたのは、モーツァルトとビートルズである。圧倒的な耳の愉楽。・・・・私は彼らの音楽に浸りながら、自らの感性を磨き、表現世界を切り開いていった。

 

・・・・それから時が経ち、或る年の夏にドーバーを越えてロンドンで三ヶ月暮らす事となった。ロンドンはミステリーとビートルズの街である。大英博物館のガラスケースの中で、二十代に影響を受けたビートルズのジョンとポールによる『HELP』の直筆楽譜と、モーツァルトのそれが横に並んで展示されているのを見た時は、体が熱くなる体験であった。そしてフィンチュリーロードという静かな住宅街に暮らし始めて数日後に、近くを歩いていて偶然に“アビーロード”を見つけ、あの有名なジャケットに登場する横断歩道と、その前にアップルレコード会社が在るのを見つけた時は、やはり熱くなってしまった。

 

ビートルズの曲の中で好きなものは無数にあるが、ある意味で高く評価しているのは意外に思われるかもしれないが、実は“レディ・マドンナ”である。それはモーツァルトにおける“アイネクライネナハトムジーク”に相当するであろう。つまり、最も円熟の時に、天才の頭の中からこぼれ落ちた完璧なるものの「一滴」だからである。共に短い曲であるが、それは労せずして、ほとんど一瞬の如くに作られたものであるだろう。そのような至高点に私もまた達したいと思う。彼らの時間芸術とは異なり、私のそれは空間芸術である。それは一瞬にして全てが開示されるものである。一瞬で、とは厳しいものである。故にやりがいも又、そこに在る。

 

高島屋の個展が成功裡に終わった翌日、私は第三京浜を車で走っていた。その時に車の中で流れていたのは“BACK IN THE USSR”である。そして、それから三時間後、私は実際にその曲を生で聞く事になる。

 

東京ドームでのポール・マッカートニーのコンサートは4万人の観客で埋め尽くされていた。そして、その中に私もいた。普段にしゃべるポールの声はややかすれがちであったが、本番になると、このベビーフェイスの天才は、やはり並外れて圧巻であった。約40曲を全くの休み無しで唱い、かつて影響を受けていたビートルズ時代の名曲が、そしてウィングス時代の名曲が、まるで〈眼前の奇蹟〉のように流れていく。観客は皆、酩酊を越えてもはや陶酔の域と化している。二度のアンコールの後に、“イエスタディ”が静かに流れはじめた。この曲は二十世紀における最高のサウンドであるだろう。ポールが眠っている時に夢の中で作り上げてしまったという、まさに天啓のごとき名作!!!人が皆、集合無意識的に抱いている記憶の原郷にある〈切なさ〉を、この曲はその核にまで突いてくる。ジャン・コクトーが語った〈音楽には気をつけろ!!〉といった、まさにその至言を証すかのように、この曲は、聴覚から忍び入って、私たちの生きて在る事の切なさを突いてくる。

 

酩酊から陶酔、そして放心へと観客を酔わせながら、ポールは軽妙にステージを後にした。その様はまさに現代のモーツァルトのそれである。私は、この夜の事をけっして忘れないであろう。艶、綾、粋、・・・・そしてマチスが目指した豪奢、静謐、逸楽、そして多くのイメージの引き出しを持つ事、更には、強度なる毒、危うさ、そして、馥郁たるポエジー。・・・・etc。この夜に、私が得たものは、限りなく多い。

 

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『個展②』

TVで度々見かける女優・男装の麗人・毎日、決まった時間に必ず現れて私の作品を誉めていく謎の〈七時十分の男〉・・・・etc。一般の方、旧知のコレクターの方の他に、びっくり箱から現れたような方々が時々、突然訪れてくるから、個展はもう一つの楽しみがある。

 

昨日はちょっと不思議な事があった。オブジェ・版画・コラージュの各々の作品が五点ばかりその日はコレクションされたのであるが、買われた方が皆、福島の人であったのには驚いた。しかも、初めてお会いする方ばかりである。その中の御一人であるW・J氏は御自身が美術家であり、福島大学の文学・芸術学系の教授をされていて、来年春に私を大学に呼んで講義をさせようという考えを持っておられ、その交渉の為に来廊された由。今まで画廊で直接作品を購入される事はなかったが、展示してあった私のオブジェを見て気に入られ、即決でコレクションを決められた由。私はW・J氏と話し始めて、たちまち感性の共通するのを覚え,打合せは順調に進んだ。私が福島の桃は岡山や山梨よりも甘くて美味で大好きであるという事を話したら、授業は桃の季節である七月に決まった。私の講義のテーマはおそらく、『複眼の思考』になるであろう。W・J氏は文化人の手形を作品にするシリーズを作っていて、今までに仲代達矢・三枝成彰・細江英公・山下洋輔・吉増剛造・・・といった方の手を型取りして発表を展開されている。来夏は私も型取りされる運命にあるらしい。W・J氏の作品カタログを拝見すると、舞踏家の大野一雄をモデルにした連作もあり、なかなか、その造型思考には独自のものがあるのを直感した。W・J氏とは長いお付き合いになっていくという予感がある。

 

画廊からアトリエに戻ると、嬉しい便りが届いていた。コレクターの三宅俊夫さんから、福山に念願の画廊を開設したというお知らせである。氏が30代からコレクションされてきた作品の数々を月替わりで展示されるのだという。スタートは「北川健次 — オブジェと銅版画」展、12月は「瑛九のフォトデッサンと池田満寿夫の版画」展と続き、4月の「横尾忠則の世界」展まで好企画が次々と組まれている。 特に関西方面の方はぜひ足を運んで頂きたい。三宅さんのこだわりの美意識が詰まった画廊である。

 

高島屋での個展はいよいよ後半に入り、18日まで続く。今年最後の個展である。

 

 

 

 

 

三宅俊夫さんの画廊紹介

「miyake」

〒720-0056 広島県福山市本町4-5 2F

bouji161@yahoo.co.jp

open(水~土)12:00~18:00

(日・月・火・祝日休廊)

TEL.070-5675-6712

 

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個展始まる!!

日本橋高島屋の美術画廊Xで、10月30日(水)から11月18日(月)までの会期で、私の個展『ガール・ド・リオンの接合された三人の姉妹』が始まった。今回はコラージュ50点以上・オブジェ12点、そして銅版画・写真作品の大規模な展示である。台風一過、初日から快晴が続き、早々と多くの方々の来場で会場は賑わっている。

先日は加納光於さんが来られたので、前々回のメッセージ欄で書いた加納さんのオブジェへの私的解釈の件をお話しした。つまり、加納さんのオブジェとは〈観念〉であり、主体が別に在り、眼前のオブジェとして在るのは、その主体から投影された影である。その影の特異で独自な在り様を通して、そこから別所に在る主体の実相を透かし見る事。加納さんの作品を見るという事はその行為に他ならないと。・・・・その事をお話しすると、加納さんは強い興味を示された。今までに誰も語らなかった解釈の切り口であるが、かなり本質を突いているという旨を語られた。評論家とは違い私は実作者である。ゆえに実作者にしか見えて来ない解析の切り口、舞台裏に共にいる者にしか見えない解釈というのものが確かにあるように思われる。勿論、解釈に正解などというものは無い。唯、その対象についてあまねく思索をめぐらすという行為が面白いのである。

 

加納さんに続いて、推理小説家の折原一(おりはらいち)さんが来られた。折原さんとの話題は一転して、『八ツ墓村』のモデルとなった、昭和13年5月21日の夜半に実際に起きた連続殺人事件『津山三十人殺し』に集中する。私も折原さんもかつて各々に現場となった岡山県津山にある貝尾村の寒村を訪れている。折原さんはこの事件を近々に書かれる由。その構想を伺ったがなかなかに面白かった。私は個展に折原さんが来られた場合を予想して、あらかじめ用意しておいた、この事件関連の面白い二枚の写真をお見せした。戦後GHQが津山の裁判所の資料から横収したもので、現在はアメリカ公文書図書館収蔵の珍しい写真である。まさかそれが見れるとは思っていなかった折原さんは驚かれた。もともと折原さんの目は細目がちであるが、その瞬間あきらかに瞳孔が広がったのを私は見てとった。おそらく、何かヒントが浮かんだに相違ない。ともあれ折原さん、津山事件を扱った新しいミステリー小説の完成を楽しみにしています。

 

続いて美術家の池田龍雄さんが来られた。池田さんは、かつての初年兵で、特攻隊帰りである。故に気組みが違う。話題は〈空中戦において後ろに敵機が来た時に、どう旋回して振り切り、逆転の優位に立つか〉という話である。熱く語られる池田さんのお話に私の中の〈少年〉が熱くなる。そんな話に燃えてどうするのか?というご意見もおありかと思うが、やはり面白い。これは宮崎駿のアニメ『風立ちぬ』の主題とも重なるものである。個展は始まったばかり。久しぶりに又、面白い方々との出会いが待っている。

〈つづく〉

展覧会場入口にて↓

オブジェ作品(部分)

オブジェ作品

コラージュ作品

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北川健次詩集『直線で描かれたブレヒトの犬』
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