月別アーカイブ: 8月 2014

『レオナルドの走る水』

私の手元に、今一冊の本がある。ヨゼフ・ガントナー教授が著した、レオナルド・ダ・ヴィンチが晩年に抱いた〈世界水没のヴィジョン〉についての研究書である。おそらくは人類最高の知的怪物といっていいレオナルド・ダ・ヴィンチ。『モナリザ』以降に彼が辿り着いた考察の最終ヴィジョン。……それは、人類は水によって完全に滅亡するという結論であった。途中までは火であったが、彼はそれを修正して水、……すなわち大洪水によって人類は死滅すると、500年以上も前に確信を持って予言しているのである。

 

ここ10年くらい前までは、それはダ・ヴィンチ固有のヴィジョン、というよりも〈幻想〉として映っていた。しかし昨今の世界各地で起きている大洪水の凄まじさは、温暖化による海面の上昇、そして気化した水が再び天上から激しい雨となって襲来し、山の地中深くに入った水が山を裂き、土砂崩れとなって多くの人命を奪っている様を見ると、真顔でダ・ヴィンチの予言の序章がリアリティーを帯びていよいよ幕を明けてきた事に慄然とするのである。いわゆる地獄の釜開きである。

 

新幹線や車で地方に移動する際に、窓外の彼方に見る山裾に民家が集まっている事に、私は以前から疑問を覚えていた。あんな危険な所によく住めるな、というのがそれである。その事を問うと、おそらく返ってくる答えは次のようなものであろう。「今まで何も起きていなかったから大丈夫」「御先祖様が守ってくれている」「街中よりも自然と共生しているようだから」……etc.。そして結果としての(想定外)がまた起きてしまった。

 

驚いた事に、今回広島で起きた山崩れの場所― 八木地区という所は、市が作った危険地域を示す対象マップから外れていたという。しかし、この「八木」という地名が、元々はそうではなく、昔は「蛇落地悪谷」というオドロオドロしい地名であることを知った時、私は、それを暗いものとして封印し、安全地帯を装った事の代償を見たのであった。しかもこの地に古くからある神社の額絵には、蛇を退治する竜がおり、その横には、山頂から流れ出した大量の水が地崩れとなって落ちていく様が描かれていたのであった。「今まで何も起きていなかったから大丈夫!!」ではなく、そこは明らかな危険区域であって、今までに何度も山崩れが起きていた事を、住民は〈封印〉された事によって気付かなかっただけなのである。その八木を危険区域から軽々に外してしまった市への責任追及は免れないであろう。

 

全国の役所で作成している危険区域は50万ヶ所以上というが、上記の流れで行くと、その何倍もの区域がその対象になるかと思う。芭蕉の句「五月雨を集めてはやし最上川」や、光秀の「時は今雨の下しる五月かな」の強い雨は未だ叙情の内に在ったが、もはやここ数年来降るようになった雨は、私たちの知っていた雨とは大きく変質して、魔の水と化してしまった事をもっと認識すべきかもしれない。そして、かつては地名のその字面からその場を示す風景が見えていたのが、実に無味乾燥な地名、センスの欠けた地名へと多くの地名が変えられてしまったが、地名とは、実は生者と共に死者のためにも元来は在る事を知るべきであろう。魂の行き場を失くした彼らは、山中の奥深くの〈闇溜まり〉となって静かに息づいているのかもしれない。こうしてみると、川端康成の小説「山の音」が、いっそう不気味な夜の叙情として映ってもくるのである。

 

 

 

 

 

 

 

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『たかが言葉、…… されど』

出だしからいきなりで恐縮であるが、皆さんは、病名のガンというものを漢字で書けるであろうか?否や?…… 自慢ではないが私は書けない。……というよりも身近に寄せたくないので憶える気すら、さらさら無い。ガン→癌。この悪性腫瘍の総称の事を、何故ガンという、いかにも手強い病名にしておくのであろうかというのが長年の私の疑問であった。少なくとも病名に濁音の〈ガ〉はいけない。カンちゃんよりもガンちゃんの方が喧嘩が強そうに響くのと同じ理屈である。また、ガンはガーン!!というショックへと通じていて、メンタルにおいてもよろしくない。

 

英語でいうcancerなる医学用語を、〈癌〉などというマニアックな日本語に訳した人物は、ひょっとしたら明治の軍医のトップにいた森鴎外あたりがその張本人ではないかと思っていたが、調べてみると違っていた。癌の語源は〈岩〉であり、江戸時代に既に乳岩という病名が記録されている。しかしそれにしても癌という言葉はよろしくない。〈脱法ハーブ〉という言葉が、逆に促しを誘ったのと同じく、そろそろ言葉を変えてみてもよいのではないだろうかと、私は本気で考えている。

 

米国では台風に女性名を名付けるようである。例えばキティ台風。……何やら、あのキティが手土産をたくさん持って空の彼方からやって来てくれそうで、いっそ待ち遠しい。それに倣って、例えば……小百合、いや、さゆりの方がここは良いか。或はレイナ……。最初は悪ぶっているが、心を許せば、意外と情が熱く、面倒見が良い。そして……ある朝、一通の手紙を書いて静かに何処かへと消え去っている。(……つまり、いつしか完治している。)

 

私の場合だったら、……と考えてみる。大昔に交際していた女性の名前も良いが、意外と別な粘膜の方に転移しそうなので、ここではやはり外国人名が宣しいであろう。例えば、ロミー・シュナイダー、或はサラ・ベルナール。診察室で医者が画像を見ながら、〈……まだ先方は若いですが、ロミー・シュナイダーが来てますね〉と言われれば、おぉ!いっそ末長く共生していこうではないかと、かなり前向きに思ってみたりもするのでは……。とまれ、たかだか名前ごときというなかれ。例えば三島由紀夫が平岡公威(ひらおかきみたけ)のままでいたら、『酸模(すかんぽ)』は書いても『金閣寺』は書いたであろうか!?また土方巽(たつみ)が本名の米山九日生(よねやまくにお)のままでいたら、天才舞踏家に成り得たや否や!?マリリン・モンローがノーマ・ジーン・モーテンソンのままでいたら、果たして……。これほど左様に言葉の響きが放つアニマは、かくも異なるその差を生んでしまうのである。

 

何故このような事を今回のメッセージで書いているかというと、この8月に入った頃に、道を歩いていた私は急にフラリとなり、また喉に痼り感があり、潜血反応も出たりと……調子が良くなく、大腸・胃・喉の検査は無事にパスしたが、未だ前立腺と脳の検査が残っており、はなはだ面倒な時期に来ているからである。しかし、それにしても今回のメッセージの内容であるが、その立場にいる要の人間が言い出して〈癌〉というあの不気味で暗い病名を失くしても良いのではあるまいか。たかが言葉、されど言葉である。名前を変えればメンタルに効を成し、治癒力も少しは高まってくると思うのであるが……如何であろうか。

 

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『遺伝子の力』

出版社から連絡が入り、久世光彦さんと私の共著『死のある風景』が電子書籍化される事になった。配信先は紀伊国屋書店・アマゾン他10社以上あるので、これからは若い世代の方にも読まれる事であろう。早晩に、拙著『絵画の迷宮』もその予定であるらしい。

 

『死のある風景』という題名はシンプルであるが、とても上手いタイトルである。週刊新潮での連載が決まり、私と久世さんが青山のレストランで初顔合わせの際、久世さんが20ばかりのタイトル案を考えてきたのであるが、編集者も含め全員一致ですぐに、このタイトルに決まった。その久世さんも既に逝って久しく、以来、あの酔わせるような美文の書き手は、文芸の世界から全く絶えてしまった。

 

その久世さんのお葬式の時、その中に目立って小柄な御二人がいた。森光子さんと中村勘三郎さんである。この御二人を含め、あの時に参列していた人たちが今は、かなり亡くなっている事にふと気付き、いろいろと考えるものがある。何かに憑かれたかのように、あきらかに生き急いでいた勘三郎さんのエネルギーは、しかし、確かな遺伝子となって形になっている事を、私は昨日、歌舞伎座の舞台で見る事となった。

 

八月の納涼歌舞伎は見たい物が揃っている。午前からの『恐怖時代』(谷崎潤一郎作)も良いが、私は第三部の『怪談乳房榎』(かいだんちぶさのえのき)を選んだ。勘九郎・七之助・そして獅童が出るこの出し物は、先だってのニューヨーク公演の凱旋記念という事もあり、特に勘三郎さんの長男の勘九郎の一人三役と、実際の舞台に大量の水が滝のように使われる事で話題を集めているからである。私の席は一階の前から六列目、水がかかる程に真近な場所で相見る事となった。

 

最初の一幕物は『勢獅子』。山王祭で賑わう江戸の街。その祭礼の華やぎを描いた常磐津の舞踊で、三津五郎、橋之助、獅童、七之助、扇雀,そして勘九郎が見せる艶やかな舞の競演が実に粋である。真近で見る極彩色の虚構を前にすると、知らず内に惚けた気分になってネジがゆるみ、何やら東山の郭遊びの御大尽のような心地になってしまうから、まことに歌舞伎は怖ろしい。これも、虚構が持つ引力であろう。

 

さて、『怪談・・・・』である。先代の父を継いで見せる勘九郎の一人三役はまことに見事なものであったが、以前に見た時よりも、その気配に〈華〉が付いてきたように思われ、ふと亡き先代と声色が重なって、私は遺伝子というものの不思議さを実感する事となった。人材面から見て確かに今の歌舞伎は危機にあるが、その事の意識がそれを促したのか、勘九郎は急速に化けて来ているように私には思われた。歌舞伎の本質は、過剰なるバロックでなければいけない。それを可能にするのは演じ手の〈狂い〉と〈客観性〉との醒めた複眼ではないだろうか。

 

話は変わって、先月に刊行した拙著『美の侵犯 ― 蕪村X西洋美術』であるが、近々に新聞でこの本の書評も出る事になり、更に書評が続いて出るとの由。手紙やメールでも多くの方々からの嬉しい感想も頂lき、作者としての手応えを覚えている。美術評論にも、ポエジーが可能である事を、私は三島や、ケネス・クラークから学んだが、この本ではそれを自らに課して書き上げたものである。瀧口修造・澁澤龍彦以後に〈美術評論〉というジャンルにその名が浮かぶ人が皆無なのは、この国の美術の分野における大きな不幸である。私は、このジャンルにも自らの能力の限界を試してみたいと、本気で思い始めている。

 

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『福島・そして横浜』

秋から二つの大きな個展が控えているので、今はその制作に入っている。ひとつは、9月3日から9月末まで軽井沢ニューアートミュージアムで開催される個展―『ヴァレリーの鳥籠―52面体が開かれる前に』。そして10月22日~11月10日まで開催される日本橋高島屋での個展(タイトルは未定)である。制作に没頭の日々であるが、しかし時折は、入っている予定の為に出掛けてもいる。

 

先月の20日には福島を訪れた。福島大学教授の渡邊晃一さんのお招きで特別講義として学生を相手に喋ってきたのである。私の作品を学生に見せながら、実作者の立場から、皮膚論、情報と脳の関係、そして「現代美術」の意味などについての話である。講義後に渡されたレポートに目を通し、私の話の核が確かに学生たちに届いていた事を実感する。せっかくの福島行なので、かねてより行きたかった「さざえ堂」や白虎隊の自刃の現場跡、また天寧寺の山奥深くにひっそりと在る、新撰組局長の近藤勇の墓などを見る。「さざえ堂」の造りは二重螺旋構造になっており、昇って行く人と下りて来る人が絶対に出会わないミステリアスな仕組みである。もともと日本にこのような幾何学的な造りはなく、そのルーツはイタリアのルネサンスにおける建築構造に拠っており、より詰めれば、それはシャンボール城の二重螺旋構造を設計したレオナルド・ダ・ヴィンチへと行き着くのである。

 

7月31日は、横浜トリエンナーレの内覧会に招待されていたので横浜美術館を訪れた。出品作品は玉石混交の観があり、今はその玉だけについて語ろう。玉の最たるものは、コーネル、そしてキーンホルツである。コーネルのオブジェ4点と併せて、コーネルがまさしく自分だけの夢の王国を作る為に、バレーや子供たちの様々な映像(他人による)を自在に切って貼り合わせた物が上映されていた。かつて私が20代前半にアメリカ文化センターで、そのコーネルのモンタージュ画像を見て以来、久しぶりの再見である。他者の作品を様々に繋げながら、そこに立ち上がっているのはまさしくコーネル独自の世界に他ならないのは不思議な感覚である。オリジナルとは何か!?という当然の自問が湧いてくる。

 

彼らの他に、私の目を引いたのは、「かんらん舎」のオーナー大谷芳久さんのコレクション展示。戦時中に軍に協力して詩を書いた詩人たちの詩作品の展示を通して、戦時下における芸術家のあるべき姿を生々しく問い詰める内容である。高村光太郎中勘助北原白秋・佐藤春夫…etc。その彼らの詩の内容の陳腐さは目を覆うものがあるが、…しかし、日本浪漫派の詩人・伊東静雄の詩だけは、なかなか読ませるものがあって私の気を引いた。ドイツロマン派風の叙情詩を書き、リルケやヘンデリソンの影響を受けた伊東には詩集『わがひとに与ふる哀歌』があり、また『水中花』などは私の最も好きな詩作品の一つである。ロマン派・そして浪漫派とは、元来が強度の美意識を通しての死的世界への接近があり、こと伊東のその詩においては、高村・中・北原・佐藤等とは異なって鋭い象徴性さえも帯びており、そう短絡的には色付け出来ない展示であると私は思った。その右には、果敢にも軍部の圧力に抵抗した画家・松本竣介の手紙が展示されていたが、照明が暗く、又、二つの展示比較の意味が伝わるように説明されていない為に、残念な展示の仕方となっている。観客(その多くは、ほとんど意図がわからなかったであろう)の側からの目線を配慮する必要が欠けているのは、このトリエンナーレ全体の展示に見られたが、その結果として、求心性を欠いた散文的な展覧会となっていたのが惜しまれた。

 

さざえ堂

さざえ堂

さざえ堂

近藤勇の墓

 

 

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