月別アーカイブ: 7月 2015

『日曜美術館』

先月号の雑誌『ブルータス』の特集は、NHKの長寿番組『日曜美術館』であった。コツコツと続いて来たこの番組は何と50周年を迎えたという。つまり2400回以上続いているのである。いずれもその内容は国宝級の絵や彫刻、そして物故作家についてであるが、先日放送された「蕪村と西洋美術」のように、作者(私)が存命していて、しかも新刊で出たばかりの本が「特集」として扱われた事は、かつて無かった事らしい。その意味でも私の書いた『美の侵犯 ― 蕪村 X 西洋美術』の着想の妙は、この番組の担当プロデューサーにとっても衝撃的であったらしく、本を一読してすぐに番組の制作を企画されたようである。

 

しかし、この企画はやはり難しかったかもしれない。何故なら、主題を深く掘り下げれば下げるほど、つまりは私の本の宣伝に番組はなってしまうからである。また、美術番組といっても、主題はヴィジュアルで見せる為、突っ込んだ討論は無理であり、私が強く推した芳賀徹氏(比較文化論)や谷川渥氏(美学)などの西洋美術に通じた方の出演は叶わず、私がしゃべったベンヤミンのパサージュ論や、サルトルの「美は虚構の中にしか存在しない」といった言葉についての言及は、難解の故かカットされてしまった。しかし、それは当初から私の予測の中に在り、番組の途中から始まった句会(?)にも出演を促されていたが、私は打ち合わせの段階で辞退した。私は作者である事の矜持も含めて、孤塁の立場に立っていたかったのである。…… そして、その判断は正しかった。

 

しかし、それにしてもメディアの力とは怖ろしい。本は初刷りが完売のために増刷となり、番組を見た視聴者からかなりの数の本の注文が全国の書店に入り、7月19日の時点で、アマゾンの順位がすべての和書の中で、拙著『美の侵犯 ― 蕪村 X 西洋美術』が、120位に入っているという。もちろん美術書のなかではトップである。……  著者自身が云うのも変であるが、この本はもっともっと読まれるべき内容であると思う。そして、読者は読む行為を通じて、自らの内にある想像力の豊かさを、ぜひじっくりと体感して欲しいと思うのである。

 

さて先日、詩の雑誌『詩と思想』の巻頭企画の為に、現代詩の第一人者である野村喜和夫氏と対談を行った。場所は野村氏の御自宅であったが、数年ぶりに訪れて、私は自分の作品との久しぶりの再会を果たした。版画、オブジェ、コラージュを含めて野村氏がコレクションされている私の作品の数はゆうに40点以上を超える。オブジェの大作、また強度なイメージのコラージュ、そして私と野村氏を強く結び付ける契機となった版画『Face of  Rimbaud』などの多くが、書斎、廊下、客間、そしてスタジオなどの各所に所狭しと掛けてあり、野村氏の言に拠れば、日々、私の作品からの波動を受信されているとの由。……  とすれば、拙作が〈現代詩〉にも大きく寄与しているという事になろうか!?…  ともあれ嬉しい事である。

 

さて、対談であるが、数年前の『現代詩手帖』に続いて、今回が野村氏とは二回目である。編集者が「では …  始めて下さい」という言葉を発するや否や、私たちはすぐに本題に入っていく言葉を切り結び始めた。…… 私は〈対談〉が実は好きである。お互いが、平時どれ位の事を考えているかが露になる現場であり、発した言葉の鋭い刃の切っ先は、一瞬でも気を緩めるとすぐに自分に突き刺さってくる。芭蕉の言葉「考えるは常住の事、席に及びて間髪を入れず」にあるように、思考の深度とエスプリ、そして何よりも瞬発力が要求される、…… この〈対談〉というのが、実は面白くて仕方がないのである。対談は1時間でという依頼であった為にジャストで私たちは結論(一応の)へと持っていった。終了後に編集者からの意外な発案が出た。内容がとても刺激的で面白かった為に、雑誌以外にYou Tube でも流したい由。かくして秋に対談の様子が画像で流されるので、ご興味のある方はぜひ。…… さて次回は、ちょっと怖い話を久しぶりに書きたいと思っているので、こう御期待である!!!

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『粘りつくような長雨が ………』

粘りつくような長雨が止むこともなく、この七月を濡らしている。この異常な様にさすがに気分も滅入りがちになるが、そんな中で紫陽花の花が見せる叙情には気の安らぐものがある。紫陽花は健気(けなげ)である。その家の土地の成分が酸性かアルカリ性の何れが強いかによって、青い花にもなり赤い花にもなるという。そんな話を聞くと、まるで紫陽花が、旧家に嫁いだ花嫁が、抗する事なくその家の仕来たりに従いながら染まっていくのに似て健気である。

 

7月9日も、やはり雨であった。しかしこの日は用事があるので出掛ける事にした。最初に行ったのは品川の原美術館サイ・トゥンブリー展であった。これで三回目である。作品を見て驚いた。前回見た時とは大きく違い、梅雨の湿気で厚紙に描かれた作品があきらかに波打っているのである。海外の作品を日本で展示する事の危ういリスクを見てとった。しかしそれを越えて展示する事の意義が在ると私は思う。作品も私たちも均しく、ゆるやかに朽ちていっているのであるから。

 

 

……… ふと閃いて、品川から近い所にある〈鈴ヶ森刑場跡〉を次に訪れた。八百屋お七の火刑や、丸橋忠弥らが磔になった場所が、都の史蹟として今もなお現存しているのである。しかも処刑に使われた木の杭や、鉄材を差し込んだ石が、そのままに残っている。ここは旧東海道沿い。この一角には、250年前のドラマの余韻が今も生々しく呼吸しているのを直感する。

 

最寄りの「大森海岸駅」から「両国駅」を目差す。次なる「立会川駅」は土佐藩邸の在った場所で龍馬ゆかりの場所。車窓から、藩主であった「山内容堂墓所」が見えるが、今日は下りずに「両国駅」を目差して行く。遅い午後に両国駅に着き、すぐに直行したのは横網町公園内にある「東京都慰霊堂」であった。この地は、かつて、大正11年に陸軍の被服廠(ひふくしょう)の移転に伴い、跡地を公園にするために造成をしていた。その途中で関東大震災が起きて、火災から難を逃れるために多くの人々がこの広大な空地を目差して避難して来たのであった。その数、実に3万8000人。

 

『関東大震災』の著者・吉村昭氏は、その著書の中で、或る一枚の写真について語っている。その内容は、「……… ここに一枚の写真がある。多くの人々がようやく難を逃れて来て一服のくつろぎを見せている。中には笑っている人もいる。……… しかし、私にはこの一枚の写真が、この世で最も怖ろしい写真に見えてしまうのである。

何故なら、くつろぎ、笑っている彼らを、まもなく烈風に乗った猛火が一瞬で襲い、この地が阿鼻叫喚の地獄絵図へと一変したからである…… 。」この文章は私の記憶で書いているが、まぁ、吉村氏の記述もこのようなものであったと思う。38000人が一瞬の内に焼死し、その後に残った骨の山に向かって後日に僧侶が読経する写真をはじめとして、震災のもの凄さを伝える、猛火で固まりとなった銅貨や、溶けたビン、タイプライター …… 等々、おびただしい数の「時代の証言」がガラスケースの中に展示されている。…… その阿鼻叫喚の灼熱地獄の現場に昭和5年に慰霊堂が建ち、今、まさに、その現場の上に私が立っているのである。

 

芥川龍之介の生地前の食堂で夕食を食べて次に向かったのは、その近く、吉良邸に面した所に在る「シアターX」であった。今日は勅使川原三郎氏のダンス公演『青い目の男』にご招待を頂いており、私はこの日を楽しみにしていたのである。真っ暗な舞台に一瞬の光が差し込んだ瞬間、耳打つ激しい音と共に、勅使川原氏と佐東利穂子さんの見事なデュオが才気ある激しい振りと共に始まり、一瞬で見る者を捕らえて、その表現世界へと引っ張っていく。ブルーノ・シュルツの短編『夢の共和国』の中の詩情豊かな言葉が朗読の音として高みから流れる中、それに融合し化学反応を起こした身体表現の冴えが、舞台空間の密度をゆらしながら、一編の視覚による高度なポエジーへと立ち上がっていく。

 

勅使川原氏と佐東さんのデュオが見せるのは、あたかも一匹の美麗な黒蝶の胴体と羽の関係にも似て不即不離の密なものがあり、その対が時に見せる反発のベクトルの光の中に鮮やかに一瞬浮かぶのは、原作者のブルーノ・シュルツの幼年時に見たと覚しきポーランドの野の広がりであり、森の臭い、鳥の声の幻視・幻聴さえも私は透かし見たのであった。……… 何という才気ある試み、何という完成度の高さ、そして艶 ……。公演終了後の束の間の時間、光、空間、時間、そして視覚の危うさ等について勅使川原氏と(今回は舞踏評論家の國吉和子女史も交えて)語り合ったのであるが、そもそも時間とは何なのか …… ?それははたして存在するのか?…… 幻想なのか?時間と空間に交差するかもしれないその領域とはいかなるものなのか!?等々について、帰路に私は考え込んでしまったのであった。物理学的に語るのは易しい。しかしそこに〈芸術における…… 〉というテーゼを差し込むと、それは詩の主題としても大きく膨らんでいく。…… つらつらそのような事を考えていくと、この秋に控えている日本橋高島屋での個展(10月28日~11月16日)の作品の方向性が卒然と具体化して見えて来たのであった。この収穫は大きい。ともあれその日は、大変濃密な一日となったのであった。

 

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『恵比寿での収録が終わる』

昨日、『日曜美術館』(7月19日放送予定)の私の分の収録が、恵比寿のギャラリー「LIBRAIRIE 6」で行われた。午後1時から5時迄の長丁場であった。コレクターの方々からお借りした作品が、じっくりと、マチエールまで映るように丁寧に撮影され、私が自作について、また蕪村について喋るのである。唯、蕪村について語るのは良しとしても、自作について喋るというのは当初の予定に無かったので、いささか頭が混乱した。というよりも、作品には「語り得ぬ領域」としての暗示が潜ませてあるので、そこには言葉は不要だからである。それをあえて喋るというのは、何やら犯人がアリバイ工作、または情状酌量を自らが語っているようで、悪ぶってはいても本来は真面目な人間である私としては、ちょっと「困ったな」と思ったのであった。蕪村についてはプロデューサーの原一雄さんが対面の形で質問をされて、それについて考えを即答で述べていくので面白かった。唯、あまり難しい言葉を使うのはタブーなので、その点だけが工夫を要した事である。原さん達四名からなる番組スタッフの方々は2日から京都入りして、蕪村のイメージ画像を撮影し、その後でNHKのスタジオで、私に挑戦する形でゲストの人達にいろいろと語らせるという企画を具体化していく由。かくして、放送の直前まで番組作りは行われていくのである。

 

さて、ここに来て拙著『美の侵犯 ― 蕪村 X 西洋美術 』の初刷りが完売のために増刷が決まったという嬉しい知らせが、版元の求龍堂から入って来た。全国の書店から予想以上の注文がここに来て入っているらしく、作者としては何よりの朗報であり、執筆時の孤独な時間に再び光が差し込んでくるようである。出版された本は、その多くが初刷りの数に届かず返本となる厳しい出版界で、ましてや美術の分野での増刷は珍しい。唯、私は以前に新潮社から刊行した『「モナリザ」ミステリー』も増刷となっており、今回も秘かに予測していた事ではあるが、それが実現した事はやはり嬉しいことである。このメッセージを御覧の方で、未だ拙著をお読み頂いていない方がおられるならば、ぜひ御一読をお願いしたい限りである。或る美術雑誌に載った書評では、「美術評論の新しい領域をこの本は切り開いた」とあったが、それを超えてミステリアスな楽しみまで、この本には込められているからである。私は読者の想像力を信じている。その確信を持って文章を書いていけば、行間に秘めた想いまでも読者は読み取ってくれる筈。・・・・・私はこの事を、昨日の収録の際も、蕪村に託して語ったのである。私は作り手であるが、それを受け取る側の読者もまた均しく、豊かなイメージの作り手(紡ぐ人)なのである。

 

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