月別アーカイブ: 6月 2016

『サラ・ベルナ-ルの捕らわれた七月の感情 』        

『風姿花伝』の著者で、能を完成させた世阿弥に〈離見の見〉という、何やら禅問答のような言葉がある。意味を要約すれば、客観的な複眼の視点をもって演じ手である自己の姿を見るという意味になろうか。…ここ最近、機会があって私は集中的に勅使川原三郎氏のダンス公演を観ているが、主題はその度に違っても、いつも氏のダンスから想い浮かぶのは、この世阿弥の遺した言葉なのである。ただ世阿弥が強調したのは、背後からの視線をも併せ持って見るという主に前後の関係であったが、600年後の現在を生きる勅使川原氏の視点は、踊っている一瞬一瞬に、360度の全方位と天地のベクトルを併せ持って感受するという難易度の高さを強いており、その先に立ち上がる予測不能なアニマを、あたかも稲妻捕りのような狩人の神経を持って、彼は一瞬一瞬の闇の無形から有形を紡ぐ〈気〉に即応して踊っているように思われる。その意味では世阿弥は前後、土方巽は天上性と重心の低さを持ってその対の〈踏む〉地上性に神経は注がれていたが、勅使川原氏の場合は、特に天上界と地上を繋いでいる〈中空的〉な感にその特徴が在り、アルカイックともいうべき神秘性と透明性、更には、魔的な不穏の気配をも、私はそこに併せ見ているのである。

 

…その世阿弥の〈離見の見〉を、次に私自身の制作に引き寄せて語れば、最近は、アトリエでのオブジェ制作と平行して、ガラス工房でガラスによる作品制作を行なっている。…作品のタイトルは『サラ・ベルナ-ルの捕らわれた七月の感情』というものであるが、1000度に近い高温で熱せられて官能的に歪む円筒状のガラス玉を引き裂いて、過剰なる加熱から冷却を経た、〈名状し難い或る感情〉の刻印とその形象化を試みているのである。…私はその歪んで冷却へと至るガラスの固まりを、女優のサラ・ベルナ-ルの激しく揺れる感情に見立てて、それを闇の無明から抽出して光の下での有形化を計っているのであるが、その加熱から冷却へと急ぐガラス玉の官能的に揺らぐ様や、高熱故にのたうつ様を見ていると、何やら逆なベクトルにも未生の物語の発生があるように思われて、最後は高温ゆえに触れる事の出来ないもどかしさも加乗して、このサラ・ベルナ-ルのさ迷える感情は何とも御し難いのである。…そして最終的な冷却の形に収まるのを待って、その中から、〈何かが確実に入った〉と思われる物のみを選んで、残りは破壊するのである。…その加熱時において私の視線は円筒形のガラスを性急に回す左手の指先に注がれており、作品と成る右側の引きちぎられる部分、、つまりは、それを引きちぎろうとする器具を持った私の右手側の視界はあえて見ずに視界外に置き、唯、〈気〉のみの中に激しく揺れるサラ・ベルナ-ルの感情を移入して、唯ひたすらに集中し、直後に一瞬で引きちぎるのである。… サラ・ベルナ-ル。パリで高級娼婦の娘として生まれて後に「椿姫」などの名演技で大女優の地位を獲得したこの蠱惑的な女性の逸話は多いが、私が特に気に入っているのは、彼女は毎夜就寝の際には、必ず黒の柩の中で眠ったという逸話である。… 今はモンマルトル墓地に永遠に眠る彼女を、いつか作品の中に登場させようと思っていたが、ガラスという、今までとは全く異なる素材に直面した時に、このタイトルは自ずと一瞬で生まれ出たのである。… 9月末から開催される高島屋の個展に、この作品は連作の形で出品する予定であるが、今暫くは未だ闇の中にて、その出番を密かに待っているのである。

 

……澁澤龍彦氏が1987年の8月5日に59歳で亡くなってから、今年で30年の月日が流れた。‥本当に早いものである。この節目を期に『澁澤龍彦没後30年を迎える会』が7月15日に神田駿河台の山ノ上ホテルで開催する由の案内状が、幹事を勤める河出書房新社から届いた。発起人は、高橋睦郎、 細江英公、 巌谷國士、 四谷シモン‥‥他の面々。ふと考えてみると1周期の時に集っていた、種村季弘、 池田満寿夫、 金子國義、 合田佐和子、 吉岡実 …‥ といった多くの先達諸氏が、その後に次々と鬼籍に入ってしまわれている事を思えばなにやら寂しいものがある。… 僅か30年の間に、個性ある一級の人達が次々とこの国から消えていって、既に久しい。 かくして、日本の文化がどんどん色褪せた薄いものへと変質し、卑小化していっているが、つまりはこれも、やむ無き必然の流れなのであろうか。

 

 

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『振り向けば‥京都』

織田信長と坂本龍馬は日本史が生んだ奇跡だと思っているが、その信長をイエズス会の宣教師ルイス・フロイスの著書『日本史』の視点から特集した『時空旅人』の新刊を読んでいたら、京都の本能寺で『大信長展』を開催中である事を知った。これは、…と思って本を閉じ再び目を開けたら、私はもう本能寺の門前に立っていた。信長、秀吉、家康の直筆の書や甲冑や刀剣‥等々、その他なかなか貴重な物が数多く展示されており、大いに私の気を引いた。 極めて現実主義者の信長がフロイスに初めて会った時に交わした内容が、四大元素(地水火風)についての西欧人の考えを聞いたというから、秀吉、家康とは思考力の格が顕に違っていて面白い。…さてと、せっかくの京都である。寺町の本能寺から次に向かったのは、七条にある方広寺であった。関ヶ原の戦の引き金になった「国家安康」(銘の中に家康への呪詛があるとして、豊臣家に難癖を突きつけた)の銘の刻まれた巨大な鐘と、秀吉が造らせた、奈良の大仏より巨大な大仏(翌年に地震で崩壊)の遺構跡と、無数に今も残る4メ-トル以上もある巨大な石垣、…そして、この大仏跡の南口門近くに在った家で、龍馬はおりょうと出会い、志士達と密かに連絡を取り合い潜んでいた場所であった云々…、このエリアは桃山〜幕末迄の時間の澱が濃密に残っている場所なのである。

 


次に、七条から三条大橋に向かう途中で、せっかくなので六波羅密寺に立ち寄り、この寺にある空也像(念仏僧の空也の口から、南無阿弥陀仏の6文字が人の形をして出ている、あまりにも有名な像)と平清盛像を、実に30年ぶりに見た。この六波羅一帯は周知のように、平家の舘があった栄華の場所。寺の住職に伺ってみると、六波羅を中心に平家の舘と寺が4キロ四方に渡って並び建っていたというから、時の権勢の凄さが具体的に見えてくる。…三条大橋では、この橋の欄干の擬宝珠(ぎぼし)に刻まれているという、池田屋事変の時の乱闘の際に付いた刀傷跡があるというのが以前から気になっていたので、それを見に行った。…そして、それは橋の左右の擬宝珠に、150年以上の時を経てなおも生々しく(つごう三筋)残っていた。…今回の画像の、黒く擦れた部分に斜めに二筋の刀傷跡があるのがおわかりであろうか!?(今一筋は、もう一枚の画像に映る、真向かいの欄干の擬宝珠に!)… 新撰組・長州や土佐の志士・会津・桑名藩らの誰かはわからないが、必死の乱闘の一瞬に、この擬宝珠に刀が当たった際に付いた事は間違いがない。乱闘の際に池田屋周囲は新撰組の独壇場であったが、その周囲を約三千人の幕府方の各藩が囲んで、志士達25名ほどを惨殺あるいは捕縛したという往時の光景が、この刀傷跡から透かし見えてくるというものである。この現場から真っ先に唯一人逃げおおせたのは、「逃げの小五郎」の異名を持つ桂小五郎だけであった。

 

四条大橋沿い、南座の真向かいにあるレトロなレストラン菊水(大正3年築)で食事をと思って、祇園北側を歩いていたら、何必館で写真家のサラム-ンの写真展が開催中という好機に遭遇したので入って観た。…サラム-ンの写真が持つ独自性ある視覚のマジックに人々は惑乱されているが、分析を常とする私は、既にそのマジックの文体と文法を分析済みである。しかし、それが何であるかは、この場では語らない事にしよう。とまれ久しぶりに60点近い数の作品を観て、私は大いに得るものがあった。………さて、今日私が見たのは、「権力」というものの凄さと、その幻のような栄華の虚しい移ろいであった。清盛・信長・秀吉・家康…etc。権力とは、完全なる圧政力と其れを可能足らしめる者のみに付帯する或る「形」の事であるが、それを思えば、「権力」とはこの時代に於いては、スケールの卑小さにおいてもはや死語であり、話しはかなり落ちるが、舛添、猪瀬らの如き小者に到っては、もはや権力の凄さとは程遠い、小さな小さなオナニズムの虚しい妄想を生きているに等しいものがある。…この小者達から再び、平安、安土、桃山、江戸…に視点を移すが、古人いわくの『権力は内から腐る』の名言のリアルな普遍には、またしても教わる事があまりにも多い。…「あの男はやがて七転びに堕ちて行くであろう」と、信長の横死と、秀吉の次なる台頭を予言した安国寺恵瓊の言葉がふと思い出される、京都リターンの旅であった。

 

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『パブロ・ピカソ』

20世紀に大きな足跡を遺した人物として浮かぶのは、アインシュタインやトルストイ、、チャップリン…等々さまざまな人物がいるが、先ず筆頭に指を折って想い浮かべるのは、やはりパブロ・ピカソ(1881-1973)の存在かもしれない。ピカソの作品の中に、ミノタウロス(ギリシャ神話に登場する牛頭人身の怪物)を主題としたものが幾つかあるが、あたかも自身を映した自画像として描かれたようなその異形な怪物性をもって、ピカソは全くぶれる事なく、この激動の世紀を、幾度もの羽化を経るようにして生きぬいたのであった。しかし、画家の代名詞的な存在として、20世紀のイコンのように誰もがその名前を知っていながらも、ピカソの私生活がいかなるものであったかを知る者は皆無であると言っていい。ピカソ=ペルソナ(仮面)、この表現が符合するように、その実人生は知られざる深い謎に満ちているのである。

 

その謎の暗部に光を照射するような興味深い翻訳本が最近刊行された。『ピカソの世紀』の続編で、著者はピエ-ル・カバンヌ(フランスの美術批評家で、フェルメ-ルやデュシャン他の研究書も多い)、訳者は中村隆夫氏(『象徴主義:モダニズムへの警鐘』、『バロックの魅力』などの著作のほか展覧会の監修も多い)、刊行は西村書店。 パリのピカソ美術館で最も売れているというだけに確かに記述は微細に渡り、私達がピカソについて外周のイメージでしか知り得ていなかった事に慄然とさせられる。

 

前作の『ピカソの世紀』はあまりに面白く、このメッセージ欄で私はその本を紹介した事があるが、その続編の刊行を私は久しく待ち望んでいたのであった。それが漸くにして刊行されたのである。…この二冊を合わせると厚さは10センチくらいの文量になるが、訳者の中村氏の訳は極めて的確精緻な文章で、訳書である事を忘れるほどに文章が練られていて読みやすい。…私見であるが、ピカソの主題は常に私小説的なものであったが、1910年の夏、スペインのカダケスという寒村(ダリのアトリエもある)にて、キュビスム表現の極(つまり、人類初の抽象絵画誕生の萌芽直前)に至りながらも、彼はその先に自身の崩壊がある事を直観し、具象性に戻るのであるが、この認識と自己分析の正確さの中に私はピカソの真の天才性を見る。−この事は拙著『モナリザミステリー』に所収された「停止する永遠の正午-カダケス」にて言及済みであるが、ともあれ、今、ピカソを読む事の意味には、人間性の矛盾がグロテスクに露出した20世紀という時代の相貌を直視する事にも繋がっていて興味の尽きない本である。…ぜひのご一読をお勧めする次第である。

 

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