月別アーカイブ: 7月 2016

『夜の校舎』   

東京と横浜をつなぐ東横線に「元住吉」という名の駅がある。その駅を出て、商店街を抜けてしばらく行くと、急に人家が絶えて、彼方の小高い丘の上に巨大な建物が在るのが見えてくる。知的障害者の子供達が通う学校である。野犬が多いのか、遠くから犬の鳴き声が不気味に聞こえてくる寂しい場所であった。……今から40年ばかり前に、その丘を目指して歩いている一人の青年がいた。……まだ美大生の頃の私である。知人の紹介で、夜になると無人となる校舎の夜警の仕事を、その日からバイトでする事になったのである。

 

下校する障害者の子供達とすれ違いながら学校に着くと、校長から幾つかの注意を聞かされた。開口一番に校長が私に言ったのは(―ともかく、侵入してきた不審者と遭遇したら、闘わずに、とにかく逃げて下さい!)という言葉であった。この言葉には切迫した実感があった。私が夜警のバイトをする事に決まってすぐの日に、都内の学校の警備員が、侵入した不審者と深夜に遭遇して斬殺されるという事件が起きたばかりだったからである。犯人は刑務所を出所したばかりの暴力団員で、金目当てで日本刀を持って校舎のガラス窓を割って忍び込み、警備員と鉢合わせして切りつけてきたのである。……警備のバイトならば楽をして、好きな読書がおもいっきり出来ると踏んでいた私のよみは少し外れて、私もさすがに緊張した気持ちになっていた。部活で剣道をやっていたので腕に多少の自信はあったが、相手が日本刀ではいささか分が悪いというものである。………………私は木刀を持って、深夜の無人の広い校舎を廻ったのであるが、廊下の角に来たら直角に曲がらず広く半円を描くようにしてまわるようにした。角に隠れている不審者に刺されない為の用心である。また、懐中電灯は点けずに消したままにして歩く事にした。幸い、私の特技は、足音を立てずに歩ける事だったので、これは幸いした。……しかし、妙なもので、警備員室の寝床の中で本を読んでいると、私以外は無人のはずの校舎の遠くからカタ―ンという、あるはずの無い音が小さく聞こえてくる時が度々あった。……まぁ、その時に読んでいた本が悪かったのかもしれない。ともかくその時に読み耽っていたのは、泉鏡花の奇譚小説『歌行灯』であった。

 

先日に相模原の知的障害者施設で起きた戦後最大の凶行事件を知って私が思い出したのは40年前の夜警の、あの時の体験であった。しかし、私の場合は無人であったが、今回の事件の際には数人の職員と、19名の犠牲者を含めて多くの入所者がいた。―そこに犯人の男が深夜にガラス窓を破って入って来たのである。戦後最大の凶行はかくして起きたのであるが、世界の犯罪史上最大と言われる「津山30人殺し」が起きたのは昭和13年である。以前にこのメッセージ欄でも書いたが、私がその犯行現場となった、今に残る岡山県美作加茂の貝尾部落を訪れて、もはや数年の時が経つ。今も長雨の夜になると決まって、その時の体験を思い出す。被害者の身内であった老婆から私は現場で事件の詳細を伺ったが、あの時の老婆はもう泉下の人となっているに違いない。……関東の梅雨明けは遅く冷たい長雨が続いていたが、そんな時には何故かあの凶事の事を思い出して、窓外の庭の木々の葉群らにふと目をやってしまうのである。

 

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『澁澤龍彦頌』  

世の中に平然と流通している言葉の中で、何が最も詐欺的な言葉かと考えていたら「永代料」という言葉に行き着いた。言葉通りならば永遠に末代までの弔いを保証する意味になるが、現実にはだいたい30年~35年で墓と縁者との関係が薄くなり、無縁仏になって、別人がその墓の在った場所に入れ換わる場合が多いという。人が亡くなり、その生涯に残した業績と意味が、次代へと受け継がれていくか否か、つまり時間のふるいという淘汰の審判が、だいたいこの30年~35年という時の長さであるらしい。そして、生前に活況を呈していながら、実に多くの人々が忘却へと消えていっている。表現者にかぎって言えば、しかし、この淘汰をひとたびくぐり抜けた稀なる人物には、その後に古典としての普遍的な評価が待っている。だが、それは本当に稀な事なのである。

 

先日、神田駿河台にある山ノ上ホテルで開催された『澁澤龍彦没後30年を記念する会』に行ってきた。参列者150名以上を越える数でかなりの盛況であった。淘汰をくぐり抜けた、この人の作品の質の高さと、その人の人間的な魅力が合わさってそこに現れている。巌谷國士高橋睦郎平出隆谷川渥四方田犬彦諸氏らの挨拶があったが、最後の方で喋った、舞踏家で俳優の麿赤児の言葉は異彩を放っていて面白かった。「私は澁澤氏の本は一度も金を払って買った事はありません」と切り出した後で3秒の間を溜めて、次に、「全部万引きです!!」と低いドスのある声で語ったので会場は多いに盛り上がった。私はこの巧みなスピーチで、麿赤児がいっぺんで好きになってしまった。会場では久しぶりに会えた知人や友人が多くいて、私はこの会を多いに満喫する事が出来た。

 

澁澤龍彦文化圏という言葉を安易に使う事にはちょっと抵抗があるが、わが事として思い出せば、私を評価してくれた先達の人達は皆、澁澤氏と親交のある人達であった事には今さらながらある感慨といったものが立ち上がる。今から35年前に銀座のバルハラデンというレストランのとある一室に4人の人物がいた。澁澤龍彦、岡本太郎池田満寿夫、そして私であるが、私はまだ作家としてデビューしたばかりの頃であった。しかし澁澤氏がその時に放っていた艶のある不思議なオーラは今も鮮烈に覚えている。巌谷國士氏の挨拶の言葉の中で「澁澤氏は、人間の一生はまるで夢のようだという言葉があるが、実は夢そのものだと思う。」と澁澤氏が語っていたという話をしてくれたが、私も同感である。とまれ、澁澤龍彦という稀人の残した文芸の作品はこれからも色褪せる事のない古典として読み継がれていく事であろう。

 

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『…まもなく始まる個展を前にして』

フランスのニ-スで、テロがまた発生して80人以上の死者が出た。今回は花火見物の群衆の中にトラックで乱入して次々に引き殺すという、今までにないやり方なので、こうなるともはや防ぎようがない。まさに運頼みになって来た。…最近とみにテロが頻度を増しているので、9月初旬から、撮影で再び10日間ばかりフランスに行く予定にしている私としては、最近はヒンヤリとしたリアルな緊張感を覚えている。テロが対岸の出来事ではなくなって来たのである。…最初に行くのは、ベルギー国境に近いリ-ルという街であるが、ここは情報に拠ると過激派の分子が今もなお多数潜伏している場所なので、ちょっと要注意である。… とはいえ、自分が表現活動の為に望んで行くわけであるから、万が一の時には前向きで死んでいこう、…と、とりあえずはそう思っている今日この頃の私ではある。……今回のパリ滞在中には、友人の写真家の平竜二さんが、ピカソ美術館に近いマレー地区のギャラリーで写真展を開催するので、パリでの再会が楽しみである。平さんの写真は静謐を極めた不思議な気配のする写真で、特に西欧での人気が高く海外での発表が多い。 パリのカフェでは、サン・ジェルマン・デプレ地区にあるカフェ・ボナパルト(ドラクロア美術館すぐ傍)が何故か特に好きなので、平さんを誘ってお茶しながらの再会が今から楽しみである。

 

…日本橋高島屋の個展は9月28日からであるが、8月末には全作品を作り終えている…という予定で制作が、これから最後の追い込みに入っていくところである。今回の作品を総じて現す重要な個展のタイトルも決まり、25日には、私のプロデュースと担当を長年に渡ってして頂いている高島屋美術部の福田朋秋さんと、個展案内状の細かい打ち合わせが予定されている。私は、案内状を発送する段階から既に個展は始まっていると考えているので、この日の福田さんとの打ち合わせは特に重要である。最近の私の表現世界の変化と、新たに試みている事を案内状は直で伝える役目があるので、この展示前の打ち合わせは最も大事な事なのである。…毎日の制作は、張りつめた中での作業であるが、作品を作っているというよりも、美とポエジーが途中から立ち上がって向こうからやって来るという、まさにインスピレーションの発生と、その定着をしているという感が強い。今年は台風がほとんど無く、長雨が毎日のように降り続く、不気味な梅雨である。…その不穏な日々の中で作品が日々作られていくのである。

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『七月のピカソ』                     

以前に書いたこのメッセージ欄で、私は刊行されたばかりの本『ピカソの世紀-キュビスムの誕生から変容の時代へ』(ピエール・カバンヌ著 中村隆夫訳 )を図書推薦の本として紹介したら、その後で「図書新聞」から、この本についての書評の執筆依頼が来たので気持ちよく快諾した。…とはいえ、書評が本の売れ行きを左右しかねない場合があるので責任は大きく、しかも原稿用紙6枚の、まぁそこそこの長文ゆえに、メッセージのように気軽に楽しんで書けないのが難である。… 私は日々、オブジェの制作の合間をみて、原稿の切り口を考えながら、〆切日の前日に一気に書き上げた。作曲と同じで、最初の出だしの音が見つかれば、後は早い。文芸評論家諸氏の中には、えてして主題に対し直球から入る人がいるが、私は自分の型として偏角から入る場合が多い。…空の高みを飛ぶ鳶が、緩やかな弧を描きながら地上の獲物を急降下で狙うようにして……である。この「図書新聞」は、文芸の分野に関わっている作家や評論家、そして研究者や出版関係者の多くが読んでいる月刊の質の高い新聞で、かなりの発行部数であるらしい。…私は何ゆえにピカソが美術の分野を越えて20世紀を代表する人物になりえたかについて書き、…20世紀という時代が、人間の内面に棲まう矛盾やグロテスクな面を露出し始めた事と、ピカソの資質にあった、自分でも御しがたいほどの矛盾やグロテスク(この場合は;過剰;と解したい)が、20世紀の特徴であるそれとパラレルに並走したのがその一因であると書き、…私達が、実はピカソについて全く知りえていなかった事(伝説と事実とのあまりに異なる乖離)が、この本によって様々に知らされた…という事を中心に置いて書いた。私のこの書評は、今月発行の図書新聞(書店にて入手可能)に載るので、ご一読頂ければ嬉しい。

 

日本橋高島屋美術画廊Xで、9月28日から3週間の会期で開催予定の個展の制作がいよいよ追い込みに入って来た。…いま何点の作品が生まれたのか全くわからないほどに、ここ最近はアトリエの中で没頭している。…このアトリエは、別に死体を隠しているわけではないが、ほとんど(工事関係者以外は)誰も入った事がない。まるで、ロンドンの骨董商の暗い雑然とした倉庫と探偵事務所を合わせたような、まぁ良く言えば迷宮と化して、何処をどう歩けばわからないような作りになっており、まさにその中で籠るようにして作品をコツコツと作っているのである。今まで数人だけ、画商や知人が一瞬だけでいいから…というので、チラッと扉を開いて見せた事があるが、皆さん一同に、あまりの非現実的な空間を見て唖然としていたものである。……… オブジェに取り込まれ、やがて出を待つ予定の夥しい数のイメージの断片、そして断片…。うず高く積まれた本の山、壁面にびっしりと掛けられた、ゴヤ、ルドン、ベルメ-ル、ホックニー、タピエス、ヤンセン、デュシャン、駒井、加納、池田、中西…etcの版画や写真、‥ヴェネツィアの工房で入手した仮面や、凸面鏡、紙切れに書かれ吊るされた詩片の山(私は詩集の出版も近々に考えている)…などなど、出番を待つくさぐさのイメージの未だ形を持たない類の物たち、…それら、まるで成長に失敗した奇妙な少年の部屋のような空間の中で、私はイメージを紡いでいるのである。…今回の高島屋美術画廊Xの個展では二つの主題を絡めるという、誰も着想しなかった試みを展開する予定である。… 9月28日からの個展を、ぜひ楽しみにして頂ければと…願いつつ、今日は筆を置く事にしよう。

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