『松平頼方って、誰だ!?』

今年の6月頃だったか、一人の老人から電話が入った。老人は次のように語った。「いやあ、あなたのご活躍は福井のT氏から伺いました。立派です。私は長年ニューヨークで生活し、最近日本に戻って、今は熱海の別荘にいます。実はあなたの作品を少しまとめて買わせて頂きたいのですが、明日あなたのアトリエに伺っても宜しいでしょうか!!」と。(ちなみにT氏とは、いわゆる福井の名士の名前であるが、私は面識がない。唯、その娘にあたるNさんとは小学校の同級生であり、美しい顔の利発な子であった。松平と名乗る人物と、そのT氏の家系から連想して、私は幕末の福井の名君、松平春獄公の直系を勝手に連想してしまった。・・・・まぁ、無理もない。)で、話は続く。「明日と云われても私にも都合があり、明日は予定が入っているから又、連絡しますよ。TEL番号を教えてください」と私。すると老人は急に引いて「・・・体が不自由だから、では東京の事務所のTELを」と云って番号を告げた。明日来たいと云う程の行動派が・・・体が不自由・・・??」。そして電話が切れた。数日して事務所にTELすると、電話は鳴るが誰も出ない。その後も・・・、又、その後も・・・誰も出ない。曖昧な事が嫌いな私は、さすがに不審に思い、新聞社にいる後輩にT氏のTEL番号を調べてもらった。電話をすると、聞こえて来たのは45年ぶりに聞く同級生の声であった。何という導き。美しく利発だった顔が浮かび上がってきた。

 

福井県立美術館の個展のために明日、横浜を離れるという前日に、美術家連盟という団体から送られてきたチラシが、ふと目についた。パラパラとめくっていると、ある女流画家が語る「寸借詐欺にご注意!!」という文があった。それを読むと、或る日、一人の老人から電話が入ってきて、「君の作品をまとめて買いたい!!」と云った由。その女流画家は喜び、老人の指定する日に、彼をアトリエに呼んだという。老人は10点近くの作品を買い取る話をしてから、次のように語った。「しまった、財布を落としてしまった。あぁ、熱海に帰る電車賃がない・・・」すかさず、その女流画家は2万円を渡し「どうぞ使って下さい」と云ったという。その後、老人からは何の連絡もないし、連絡先として知らされた東京の事務所にTELしても・・・誰も出ない。と、文は告げていた。私はこの記事が面白く、声を立てて笑ってしまった。そしてさんざん笑った後に・・・ふと気がついた。(熱海の別荘・・・? 東京の事務所・・・? 、老人・・・?)私はハタと気がついた。6月に電話を掛けて来た、あの男に間違いないと。

 

美術館の個展と併せて、福井のE&Cギャラリーという画廊で個展も行っている。初日にT氏の娘さんである同級生のNさんが友人を連れて画廊に来られた。実に45年ぶりの再会である。そしてNさんと友人の方は、その場で作品も購入して頂いたから嬉しさ倍増であった。あれも、これも考えてみれば、あの老人、松平頼方のお陰である。ちなみに、老人は「マツダイラ・ヨリカタ」と云っただけで、「松平頼方」は私が、思いのままに記したもの。でもまぁ、こんな漢字であろう。はたして、件の女流画家には何という名前で切り出したのか、知りたいものである。

 

「レディメイド」を美的な概念へと高めたマルセル・デュシャンは、形而上学と詐欺師の両面を併せた最高度の知的な表現者である。詐欺師は知的犯罪の極みであり、私は嫌いではない。出来れば、この老人に一度会ってみたいと内実思っている。どのような人生を経て、老人は今も生きているのであろうか・・・。ともあれ、私は記す。「再び出でよ、松平頼方!!」と。

 

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