ハンス・ベルメ―ル

『キリコ―自らの神話を塗り潰した男』

……あれは、今から何年前の事になるであろうか。確か、私がまだ最後の版画集を作っていた頃であるから2008年の頃、……とすれば今から13年以上前の事になろうか。

 

ある日、私は銀座通りを歩いていて、喫茶店の風月堂の前にさしかかった。ふと視ると店内の窓際に大阪の画商のKがいた。日本の版画の分野は村のように狭い。故にその当時は、Kとも私は面識らしきものがあった。そのKが今日は上京して来て誰かと話し込んでいるらしい。私の視線に気がついたのか、Kが此方に目を向けた。……目が一瞬合った瞬間、Kは何故か私から逃げるように目を反らし、店内のあらぬ方に目をやった。その刹那、私の脳裡に直感的に閃くものがあった。……「やってるな!!」…………考えるでもなく、瞬間的に頭に降りて来るように、何故かそう思ったのであった。「やってるな!」と。…………このブログでも折りにふれて書いて来たが、私は予知、予見、或いはその瞬間に全く別な場所で起きている何か不穏な事を一瞬で正確に察知する事が実に多い。この能力は十代の頃に突然顕れ出し、最近はますます頻繁に起きている。……「やってるな!」……この時に直感した感覚をもう少し解すと、「何か不穏な、ある濁りへの傾斜」「今でなくとも、近いうちに必ずや墜ちていくであろう、取り返しのつかない凶事の予感的な察知」とでも云ったものである。……この時に覚えた直感には、自信といっていい確かなものがあった。……しかし、事件らしきものは何も起こらず、10年以上もの年月が流れていった。……「あの時に覚えた直感は珍しく外れたかな?」……そして私の中で、Kの存在は次第に消えていった。…………

 

……先々月の9月27日、「平山郁夫らの偽版画を制作、販売した大阪の画商Kらを立件へ―警視庁」という知らせが友人から入ったので、その夜、私はテレビでそのニュ―スを観た。……画面には警視庁の捜査官らに脇を固められて自宅を出るKの姿があった。……10年以上前に銀座の風月堂で姿を見て以来のその姿は一変して私には映った。……あの時に覚えた「やってるな!」という卒然と閃いた直感は、奇しくも時を経て当たってしまったのである。そのように、見えてしまう私とは、はたして何者なのであろうか!?…………とまれ報道によると、Kの銀行口座には6億2000万円以上の残高があったというから、10億以上の荒稼ぎをしていた事は間違いないらしい。言い換えれば、それだけ、買った側が見抜けなかった事を意味し、如何にこの国で贋作が流通しているかの、これはその一例を示している。……以前に私は或る画商から「自宅に佐伯佑三と藤田嗣治があるから観に来ませんか?」と自慢気に誘われた事があった。行ってみると半ば予想していた事であったが、佐伯も藤田も一見して贋作と判る酷い代物であった。「知らぬが仏」なので、私は贋作である事を言わなかったが、ふと考えてみると、これは恐ろしい事である。……一体、どれだけの贋作が流通しているのであろうか。……「贋作王国―日本」と呼ばれて既に久しい。以前のブログでも書いたが、今、芸術に関わっている中で美術の分野が一番堕落している、という私の意見は、ここにも投影されている。

 

 

 

さて、ここまでの話は、相撲の番付で云えば謂わば幕下。これから記すのは、海外の真打ち、それも天才級の美術家の登場である。最初に登場するのはハンス・ベルメ―ル(画家、写真家、人形作家…)。この人物については拙著『美の侵犯―蕪村X西洋美術』(求龍堂刊行)でも、その危うい矛盾した異形な精神については触れたが、まだ書いていない事があった。それを書こう。……2年前に亡くなった、私の盟友とも云える親しかった画家、到津伸子さんから聞いた話であるが、パリに住んでいた到津さんは、晩年のベルメ―ルの家に行き直接会った事があるという。……到津さんとベルメ―ルを結び付けた人物は、この人も度々ブログに登場する、パリのパサ―ジュ・ヴェロドダで古書店を商い、私の個展も開催してくれたベルナ―ル・ゴ―ギャンさんである。ゴ―ギャンさんはディレッタントを生きる知的な遊民であり、ベルメ―ル作品のコレクタ―の第一人者としても名高い。……到津さんがゴ―ギャンさんの紹介でベルメ―ルのアパ―トを訪れた時、彼の生活はまるで逃亡者のようであり、何かに怯えるような鋭く不安な目付きであったという。酒や薬に溺れたその生活は金に窮し、遂に禁じ手に手を染めてしまった。あろう事か、他人が作ったベルメ―ル作品を模した版画の稚拙な贋作に、自らの本物のサインを入れてしまったのである。…………これは前述した事件と違い、別な厄介さを帯びている。私がその話を聞いたのはパリに住んでいる時であったが、暫くしてクリニャンク―ルの骨董市で、件のその贋作を見つけた事があった。明らかな贋作に書かれている本物のサイン。……私はベルメ―ルの代表作の版画『道徳小論』の連作を数点持っているが、それではなく、単品の版画の幾つかがそれである。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、最後はジョルジョ・デ・キリコである。キリコはクレ―と並んで私が以前から変わらずに好きな画家である。但し、キリコで私が評価するのは、1909年から1919年迄に描かれた形而上絵画と呼ばれる特異な作品群で、シュルレアリスムの画家達に大きな影響を与えたその作品群は視覚化された詩ともいうべき鮮烈さを変わることなく今も放っている。(私はこの形而上絵画と呼ばれる作品だけを収めたイタリア版の見事な印刷の画集を持っているが、それは金がない学生時に神田神保町の海外の優れた画集のみを商っていた松村書店で偶然見つけ、なけなしの金をはたいて買った程の宝物である。)まぁ、それはさておくとして、キリコは形而上絵画以後はまるで魔法が解けたような、自己模倣の駄作を描き続け、果ては形而上絵画のあの頃の作品は全て贋作であると放言して美術界を驚かせた。……困ったのは、彼から影響を受けたシュルレアリスムの画家達であった事はいうまでもない。……自分達の足場、存在理由が根底から掬われてしまったからである。……キリコの変心と作品の質の無惨な失墜は、長年の私の謎でもあった。同じ作者とは思えない程に、質が低下したからである。そして、私なりにその謎を推理して辿り着いた結論は、形而上絵画の代表的な作品の注文(つまりコピ―)が貴族や画商から殺到し、おそらく彼は金の為にそれに応じ、自らの神話を塗り潰したのではないか……という推理であった。

 

 

 

形而上絵画

 

 

以後の絵画

 

 

 

 

……最近、私の推理を裏付ける文章に出会った。シュルレアリスムを牽引したアンドレ・ブルトンである。ブルトンはデ・キリコが金銭欲のために自身の過去の作品のコピ―を制作していたと非難する。……「私はこんな痛ましい場面に居合わせたことがある。キリコは今現在の彼の手、その重い手をもって、自身の過去のタブロ―を模写しようとした。もっとも、そうすることによってともすれば心を打つものになりうる幻想、或いは幻滅を求めていたからではない。外観を偽ることによって同じ作品をもう一度売ることが期待できるからであった。だが悲しいことに、それは少しも同じ絵には見えなかった!過ぎ去った感動を彼自身の内にも私たちの内にも再現する力がないまま、こうして彼は紛れもない贋作を市場に数多く流通させた。なかには奴隷のように忠実なコピ―があり、さらにそのほとんどに記された制作年が実際よりも前の日付にされており、またはるかに粗悪なヴァリアントもある。奇跡に対するこうした詐欺が嫌と言うほどただただ続けられてきたのである。」

 

 

昨今、日本でも一部の間で、さも意味付けがあるように成されている、作家自身による過去の、破損、或いは無くなってしまった自作の再制作という、美術界の或る傾向。それをどのように理屈や繕った意味付けをしても、ブルトンのこの指摘に抗することは不可能であり、要はその時点に於いて、その作品の価値や意味に気付く者がいなかったという、眼識や卓見を欠いた迂闊さの露呈だけが浮き彫りになってくるだけの話である。とまれ、キリコのそれ以後は魔法が解けた無惨な半生であったが、ことほど左様に、その報いはかくも恐ろしい。作品は、作られたその時点において、唯一の出現した意味があり、その後にその時の自分を裏切って手を染めれば、芸術の深部からの鋭い裁きが自ずから下される事は必定なのである。わかりやすく云おう。今、ここに60年代を席巻した土方巽の暗黒舞踏のあの美意識、あの動き。……また三島由紀夫が1956年に記した『金閣寺』を、誰かがこの2021年に書いても、それは如何にレトリックの妙を持っていても全く意味がなく、あの時代が産んだ、あの時代にしか生まれ得なかった、それは紛れもない珠玉なのである。

 

 

 

 

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『洗濯女のいる池―ブルタ―ニュ篇・Part②』

「パサ―ジュVERO-DODATで作品を展示してみないか?」。……友人の作家I氏からの突然の吉報に私は驚いた。もちろん異論がある筈などないが、話を聴くと次のような流れをI氏が話し始めた。……30年近くパリに滞在し帰国していたI氏に、パサ―ジュを舞台にした私の夢想はそれとなく話していた。それがI氏を通じてパサ―ジュ『VERO―DODAT』で美術と文学の古書を商うベルナ―ル・ゴ―ギャンという人物の耳に伝わり、興味を示してくれた事で、夢想に過ぎなかった、作品を展示したいという仮想が実現する道が開けたのである。しかも「ゴ―ギャン氏は君の事をちゃんと覚えていたよ」と言う。「!?」と思い聴くと、15年前に私がパリに半年ばかり滞在していた時に、パリのア―トフェア―にI氏と一緒に行った際、会場でたまたま出会ったゴ―ギャン氏に紹介して歓談しているという。…………私はようやく思い出した。確かゴ―ギャン氏と云えば、ハンス・ベルメ―ル作品の世界的に知られるコレクタ―で面識が広く、画家のホックニ―やレオノ―ル・フィニたちとも親交がある一流のディレッタント(好事家)であったと記憶する。そのゴ―ギャン氏にI氏から、私のパサ―ジュへの想い、版画集にそれを籠めて『反対称/鏡/蝶番―夢の通路VERO―DODATを通り抜ける試み』というタイトルを付けた事などを話すと、ゴ―ギャン氏は「実に面白い。それこそがパサ―ジュというものが持っているエスプリだよ」と言って、作品の展示を私の店でやろう!と快諾し、かなり乗り気なのだと言う。……あの時、あの午前の薄暗い無人のパサ―ジュの長い通路の中に、ゴ―ギャン氏の店があったのか!……時空間を隔てながらも、何か不思議な引き寄せの力に導かれていくのを感じ、I氏からの電話が終わった後も、未だ半信半疑、夢見のような気分であった。……しかし、パリに行くとなったら、いつ、何日間、具体的な手筈は?旅の資金は?…………あまりに突然、急に降って湧いた話から現実への移行へと頭が移っていった。…………そして、今一つの不思議な導きの話がそのすぐ後にやって来る事を、私はまだこの時知らなかった。……パサ―ジュでの作品展示の可能性が出て来たのと、ほぼ時期を同じくして、パリに行って取材記事を書いてほしいという、実にタイムリ―な仕事が舞い込んで来たのである。

 

 

……あれは確か、熊本の画廊で版画集の個展を開催し、会場に来られた版画家の浜田知明さんにも久しぶりにお会いして、東京に戻る時の飛行機の中であった。私はANAの機内誌『翼の王国』の海外の旅を取材した記事を読んでいた。あまり面白い文章ではなかった。文書に起伏がなく艶が無いその記事を読んでいて、生意気にも私は「この程度なら、自分の方がもっと上手く書ける」……そう思った。旅の取材の記事は、以前に『SINRA』という雑誌や『東京人』『太陽』などに書いた事があった。それを思い出したのである。……しかし、数日後に知ったのであるが、飛行機に乗っていた正にその時、地上の東京では、私に旅の取材記事を書かせるべく編集会議が開かれていたのであった。……その編集会議が『翼の王国』なのであった。

 

数日して電話が入り、私は編集長達と代官山のカフェで会った。……実はパサ―ジュとの出会いから帰国してすぐに版画集の制作に入ったのであったが、同時進行で『「モナ・リザ」ミステリ―』という題名の200枚ばかりの中編原稿を執筆し、以前に文藝誌の『新潮』に発表した二篇と併せた単行本を新潮社から刊行したのを編集長達は読んでいて、執筆を……という経緯になった事を知った。……「ANAが飛んでいる就航空港地ならどの国でもいいですよ」と言うので、即決で取材先をパリに決め、「時間隧道・パサ―ジュを巡る」というテ―マで、急きょ旅立つ事になった。同行は写真家のH氏、編集部のY氏。そしてパリでは通訳のK女史が合流しての7日間の旅へと急ぎ旅立った。(勿論、展示する為の版画集『反対称/鏡/蝶番―夢の通路VERO―DODATを通り抜ける試み』と一点のオブジェを携行して)

 

しかし、パリの空港に着くと、迎えに来てくれた通訳のK女史が落ち着かない様子。「今日、ゴ―ギャン氏から連絡が入り、取材予定日を急きょ変更して3日後に変えてほしい」との事であった。……着いた翌日からパサ―ジュVERO―DODATのゴ―ギャン氏に会って先ずはインタビュ―と作品展示の予定であったが、出足で躓いた感があった。……「急きょ予定を変更する訳は、何か不測の事態でも起きたのですか?」と私がK女史に問うと、「急にブルタ―ニュに行く事になってしまった」と言って、ゴ―ギャン氏からの連絡が途絶えてしまったとの事。もはやゴ―ギャン氏の言葉を信じて3日後を待つしかない。私達は急きょ予定を前後して、翌日の朝、モンパルナス駅からナントへと向かった。ナントにある階段状のパサ―ジュ『ポムレ―小路』の取材から始めたのであるが、このナント行きを経て、そこでもイメ―ジの閃きが立ち上がり、それが次の版画集『NANTESに降る七月の雨』に繋がっていくのであるが、それはまた別な話。……それにしても、予定していたスケジュ―ルを変更してまで慌ただしく、はるばるブルタ―ニュへと向かったゴ―ギャン氏の身に何が起きたのであろうか?……ブルタ―ニュ、果たして、そこに何があるのであろうか?

 

(次回、最終篇に続く)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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