月別アーカイブ: 12月 2010

『ゆるやかに急ぐ』

 

早いもので2010年もあと数日を残すばかり。さすがに年末ぐらいはゆっくりしたいと思うのであるが、1月と2月に予定されている東京の三ヶ所での個展が控えているので、その制作に追われている。

 

 

今もっとも集中しているのは、写真の仕事における独自な「形」の確立である。私にしか出来ない写真の形、それを考えて来たがここに来てようやくそれが実現しつつある。ゆるやかに急ぐ———-そのスタンスの中から生まれたものが2011年のスタートから、人々の視線の前に問われるのである。

 

先日、美術家の加納光於氏と詩人との対談があるので行ってみた。話がタイトルの問題に移るや、いきなり会場にいる私を指差され、加納氏が「彼、あの北川さんのタイトルの付け方は実に巧みで、タイトルだけでイメージが立ち上がる。——」と突然おっしゃって頂いたのには驚いた。以前にも駒井哲郎氏、池田満寿夫氏からもタイトルの件で褒められたことはあったが、先達たちに評価されることは自信となるものである。タイトルと作品との関係は、イメージの距離の取り方と、その揺らしにあるが、この私をして上手いと思わせる表現者が二人いる。それは土方巽氏と若林奮氏である。この二人はタイトルが何かという事を実によく知っていた。土方氏の『犬の静脈に嫉妬することから』や若林氏の『百粒の雨滴』は、現存の凡百の詩人が束になって向かってもかなわない質のものがある。付加すれば、私が最高に好きなタイトルはバッハの『G線上のアリア』であるが、土方氏もそれを意識したのか『鯨線上の奥方』というバッハをパロディー化したタイトルがある。

 

さて2011年は福井県立美術館での個展をはじめとして、新たな展開が待ち受けている。私どもの世代の多くの作り手は批評性を欠いた自己パターンの繰り返しにあるが、私は未知の方へ歩みを進めたいと思う。メッセージをいつも御愛読して頂いている方々にとって、来年が更に良き年となる事を祈りつつ、今年はこれで終わりたいと思う。

 

 

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『Tが消えた』

今から2年前の12月末に、友人のAから一本の電話が掛かって来た。私たちの共通の友人である、版画家のTとの連絡が取れないのだという。話を聞いて胸騒ぎを覚えた私は、早速警察に行き失踪による調査願いを届け出た。しかし意外にもそれは受理されなかった。

 

「個人情報がうるさくなってからは身内以外は駄目になり、そのおかげで身元不明の無縁仏が増えている」のだという。私はあきらめず、ついに最後の情報を知っていそうな人物Kに辿り着いた。Kによると、Tは「樹海に行って死にたい」と語っていたのだという。それを聞いた私は、早速、山梨県警に電話を入れて事情を話した。県警はすぐに動いてくれて樹海に入って行ってくれた。数日して県警から連絡が入り、とりあえず七体出て来たが、Tに該当する遺体は無かったとの事であった。それからも県警の人はなおも捜してくれて何度か連絡を頂いた。或る時は、制作中だった為「こちらからTELしますよ」と言ったが、「いえ、後でこちらから掛けます。」との返事。その徹底ぶりにピンと来た。捜査は殺人まで視野に入れており、私の声は録音されているのだと直感したのである。ウ〜ム、リアル、まさに松本清張の世界。それから2年が経ち、Tの消息は今も消えたままである。

 

富士の樹海は何度か訪れた事があるが、磁石も効かないメメント・モリ(死を想え)の現場である。或る時、私同様に感受性の強い画家の車に同乗して樹海を見ての帰りに、私たちが引っ張って来たと覚しき「邪気」によって、車の運転が急に不能になり、あやうく事故に巻き込まれそうになった事がある。新潟・琵琶湖・横浜などと地域密着のビエンナーレが開催されているが、どうもそこの「場」を生かした展示にお目にかかった事がない。「むりやり」と「しらけ」印象は否めない。私がコミッショナーならば、磁場の強い「樹海」を会場に選ぶであろう。まさしく「美は危うきに遊ぶ」である。会期中、出品作家や見学者の何人かは消えるであろう。しかし第六感を立ち上げた緊張感のある会場は、密度のある作品が出てくるのではなかろうか・・・。そういう場であったら、私もインスタレーションに挑みたいと思う。樹海の各所に何枚もの鏡を立て、その写像の連係の中に、異形な異界の相をゾゾッと立ち上げる試みである。とまれ、おそらくはその樹海に消えたであろうTよ、待っていてくれ!!直感の限りを絞って、必ずやお前を見つけ出してやるから!

 

 

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『20代の作品ばかり・・・』

今月の18日(土)まで、東京銀座にある番町画廊で、『北川健次 初期銅版画名作展』が開催されている。初日に会場を訪れた私は、価格を見て驚いてしまった。作品の価値が評価されているという事は作者として嬉しいことであるが、今や、最初の発表価格の十倍以上(作品によっては二十倍近い)に上っているのである。それでも駒井哲郎氏の死後に作品が高騰したのに比べれば未だ未だの観はあるかとも思う。私自身も手元にない作品が多かったが、二十代の頃に作った作品に囲まれていると、身の置き所がない何とも奇妙な感覚を覚えてしまう。この感覚は、古い日記を何十年ぶりかで開いて読んでいるのと似ているようなものである。前途不明な中で、一生懸命な自分の姿が思い出され、唯ひたすらに面映いのである。

 

その当時、ニューヨーク在住であった池田満寿夫氏から届いた手紙の中に、「あなたの作品は既に完成度の高みに達している。ゆえに作家として、より難しいことを自らに課している。」という一節があった。後年、私はその問題をオブジェや写真などの表現領域を広げる事で複眼的に解決していったが、その頃の私は、未だそれに気づいていない。そんな中での制作ぶりと、何日も徹夜しながら刷っていた自分の姿が思い出され、くすぐったいのである。だから画廊に見に来て頂きたい気持ちもあるのだが、恥部を見られるようでもあり、何とも複雑な展覧会なのである。

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『美のプロデューサー —蔦屋重三郎を見た』

サントリー美術館のO氏から招待券を頂いていたので、19日(日)まで開催中の『歌麿・写楽の仕掛人−−その名は蔦屋重三郎』を見に行った。版画は複数性なので出版の原理と重なるものがある。だから版画を商う画商には、出版プロデューサーとしてのセンスと、時代を読んで先駆的に勝負する胆力が要求される。しかし蔦重以前にも以後にもそのような人材はいなかった。ただ蔦重のみが18世紀後半の江戸に出現し、歌麿写楽山東京伝大田南畝(なんぼ)といったスターを輩出させ江戸文化の最先端を創造した。その眼差しを現代に移せば、画商が文化の先端を変革したというような点では、南画廊の志水楠男氏がそれに相当するだろう。そしてその後の企画力の高さでは佐谷画廊の佐谷和彦氏が浮かび上がるが、佐谷氏が亡くなられた時点で、何かとてつもなく大事なものが終焉し、加速的に美術の分野は歪んだ、品の悪い方向に迷走し、それは今日に至っている。時代を作るのは具体的な「人」である。「ルネサンスはいつ終わったか!?」と尋ねて、即答出来る人が何人いるであろうか?ーー答えは1520年であり、それはラファエロが死んだ年である。(1519年にダ・ヴィンチが死去)。このあたりで、そろそろ現代の美の仕掛人が登場しなければ、美術は本当につまらない分野に落ちていくだろう。

 

以前に、このメッセージで、地方に住まわれている方々から私の作品を直接見たいし、コレクションもしたいのだが、近くで個展をされないのか!?という旨の手紙やメールを頂いている事を記した事があった。そして何か良い方策はないのかという問いかけをした事があった。その結果、最も多かった意見が、私のホームページで作品を買えるシステムを開設して欲しいという内容のものであった。確かに私の作品に関心があっても、遠方のために間近で見れず、ために入手出来ない方が未だ、どれだけいる事であろうか。しかし、オブジェやタブローの微妙な調子は直接見てもらわなければ伝わらないものが一方では確かにある。だが、例えば私の写真の作品ならば、それが可能かもしれない。しかし、それを実現する為には,ネットだけの限定コレクションの設定も必要となってくるであろう。作品は、それを必要とする人に所有される運命を持っていると思う。大変だが、開設に向けてここは前向きに考えてみたいと思う。

 

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