月別アーカイブ: 1月 2012

『再びのゼロへ』

吉村昭の『関東大震災』を読んで、学者による予告的発言が、いかに本人にとってリスクがあるかを私は痛感していた。だから、先日、東大地震研究所から発表された「四年以内に70%の確率で巨大地震が来る」という数字には疑念を持っていた。数字に対して人々が抱くイメージから見れば、70%という数字はリスクから外れた絶妙な数字なのである。(・・・計算から弾き出された本当の数字は、実はそのまま出せばパニックを生む数字・・・例えば一年以内に92%の確率ぐらい出ているのではあるまいか?)・・・そんな事を考えていた、まさにその時、グラッ、グラッと揺れはじめた。山梨が震度5弱、私方でも3の大きな地震である。

 

やがて地震は治まったが、私はハッとした。開催中の個展で、壁に掛けてある作品が全て床に落ちている光景がありありと浮かんだのである。1時からのオープンであるが、私は朝の8時に家を出て、電車に乗り、茅場町駅へと向かった。もはや焦っても運を天に任すだけなのに、心が騒ぐ、気が焦る!!急行に乗り換えたが、電車の走りがとても遅い・・・。車内で気を紛らわすために、子供の頃の楽しかった事を思い出した。(・・・まぶしい太陽の下での林間学校、初めて食べたぶどうの美味しかった事・・・etc.)。あぁ、無理である。(・・・担任が、早く海から上がれと必至な形相に変わる!ぶどうの皿がカタカタと激しく揺れる!!)

 

森岡書店の入口の窓ガラスから中を見ると、作品は無事であった。さすが、帝都時代に建てられたビルは強い。- そして個展も28日に無事終了した。厳寒にもかかわらず昨年を上回る数の作品がコレクターの方々にコレクションされる事になった。地方からの電話やメールでの作品問い合わせも多く頂き、最後の二日間は、来客が全く途切れない程の盛況であった。特に嬉しかった事は、新作のミクストメディアの新しい試みに対し、コレクターの方々が、実に深く鋭い理解と共鳴を示して頂いた事である。硬質な人工性から真逆の表現主義とロマンチシズムの詩情へと、私の今の作品は変わりつつある。それに対して示して頂いた評価は、表現者である私を勇気づけてくれるのである。そして私は再びゼロから出発するのである。会場にいらして頂いた方々、そして作品を購入して頂いたコレクターの方々に、この場を借りて深くお礼を申し上げる。本当にありがとう。

 

 

 

 

 

 

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『展覧会日記』

先日、火災報知器の点検のためにアトリエ内で脚立に乗っていた業者が、頭上から私に問うてきた。「あのう、お客さんって、ご職業は・・・何ですか?」と。「職業・・・、まぁ自由業みたいなもんですよ」と私。業者は更に「いやぁ、自由業でもだいたいは何なのか、こういう仕事をしているとわかるもんですが、お客さんみたいな人は初めてですよ」と語った。確かに・・・そうかもしれない。山積みの本(美術・文学・雑学・・・)、ルドンゴヤベルメールデュシャン他の版画・・・、オブジェに使う奇妙な断片の数々・・・、頭部の欠けたマヌカン人形、カメラ、壁にはりつけた、まるで犯人のようにされた、詩人ランボーの大小の写真の数々(・・・これは現在制作中の作品の為に、脳を刺激するため)etc・・・。

 

自分の職業は、まぁ大きく分けると〈美術家〉が一番近いのだろうが、自分の作品を〈見る人の想像力を揺さぶる装置〉と考えている点で見ると、美術家からは少し逸脱している。時に写真、時に詩を、そして時には文筆もやる。そして時に、奇妙な事件が発生した時は、個展が間近でも、その犯人の動機に興味を持ってしまい、関連資料を集めることに熱中してしまう。ダ・ヴィンチも、自らを画家と定義せずに好奇のままに生涯を終えた。先達のごとく、自分も好奇のベクトルを追って、未完のままに終えようか。

 

昨日は、個展開催中の森岡書店の社主 – 森岡氏が用事のために留守となり、私は会場に一人で(留守番を兼ねて)いた。しかし、私の目は輝いていた。この場所を知った時点から、画廊空間よりも、自分が探偵事務所を開くならばこの場所!!と思っていた空間に一人でいられる事の幸福を味わっていたからである。今回の個展を見るために来られた方々との応対をしながら、時間帯によっては静寂に充ちた時となる、この何とも名状し難い魅力ある空間の中で、私は様々な作品の構想が湧いてくるのに驚いた。よほど空間と相性が良いのかもしれない。探偵映画などの撮影によく使われるのも当然で、限りなくミステリアスなのである。

 

 

リラダン研究家の早川教授をはじめ、自分の眼を確かに持った感性の豊かな方々が訪れて来られ反響も良く、エディションが遂に完売の作品も出た。寒い中を会場に来て頂き本当に感謝したい。しかし会場の中は実に温かい。個展も後半に入った。更に面白い出逢いが待っているであろう。

 

 

 

 

 

 

 

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『前回のつづき』

28日まで個展を開催している東京茅場町にある井上ビルは、昭和2年の建立。つまり85年前の建物である。たしか阿部定事件が昭和11年だったから、それよりも古く、イメージを辿っていくと、掲載した写真のような頃であろうか?ビルを入って3階の個展会場-森岡書店へと上っていくと、階段辺りが時間の澱にたっぷりと包まれていて、何とも懐かしい気持ちが立ち上って心地良い。このビルはその頃の「気」を孕んで静かに呼吸しているのである。このビルに初めて来た人に聞くと、誰もが不思議なタイムスリップの気分になるというのも頷ける。

 

生き急いでいるわけでもないが、ここ数年来、私は集中的に個展を開催している。しかし必ず前回とは異なる新たな試みを行っている。だから毎回見に来られるコレクターの方々はそれが面白く、また驚きであると云う。唯、新しい試みだけではなく、更に完成度が高まっている事にも挑戦の意識を持っている。これはプロの表現者としての矜持であり、自分に対する批評でもある。その新しい試みの作品を、初日に来られたN氏が早々と評価してコレクションに加えられた。N氏とは旧知の間柄である。私の多くの作品を所有しておられるが、しかし氏の眼力の鋭さを私もまた認めており、その関係には心地良い緊張がある。この緊張は、作家活動にとても大切な波動を与えてくれている。つまりN氏のような存在は、私にとって今の自分を直に映し出す鏡のようなものである。現在形の仕事への、ありのままの直な批評がそこには在るのである。

 

 

 

 

会期中、ほとんど私は毎日(前述した二日間を除いて)森岡書店に行き、午後の1時すぎ頃から夜の7時すぎ頃までは在廊している。そして食事をして帰った後、今一つの事が待っている。詩人の野村喜和夫氏の詩と、私の作品を一冊の詩集に絡めた本が、企画で思潮社から刊行されるために、新たな〈ランボーの肖像〉に挑んでいるのである。詩人の野村氏は、現代詩における最も先鋭な表現者の一人である。氏の表現も常に新たなイメージの領土を求めるように、停まることをしらない。野村氏の生きざまに応えるべく、ハイセンスにして、しかも底光りのするような作品を作りたいと思う。

 

 

 

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『新作個展が始まる』

リルケ『マルテの手記』『ドラクロアの日記』と共に、時としての私の枕頭の書である。その中で、リルケは、「詩は感情ではなくて経験である。一行の詩をつくるのには、さまざまな町を、人を、物を見ていなくてはならない。・・・」と記しているが、ここには幾分かの真実があると私は思う。この一節に触れる度に、私はかつて歩いたセビリアのサンタクルス街のパティオの原色の花々を、またトレドのアルカンタラ橋の夕景を、又、ポートメリヨンの村の灯やブルージュの霧に接した事などの一刻一刻を思い出し、旅の記録の重なりが、私の想像力におけるポエジーの胚種となって変容して、今の私の表現に、感覚と共にそれを支える構造体となっている事を強く実感する。私の作品は、つまり、〈視覚を通しての見える詩〉であるという認識が、私にはあるのである。

 

さて、13日(金)から東京茅場町にある森岡書店で私の個展『召喚-フレミングの仮説』が始まった。新作のミクストメディア作品や写真・オブジェ・版画を併せた20点以上を出品している。森岡書店は今回で三回目。毎年最初の個展はここで始まる。以前にも記したが、昭和二年築のミステリアスなビルの中にある。この空間は、私の作品世界とあまりにピタリと合っており、作品の虚構性が現実とリンクし合って、不思議さの尽きない展示となっている。

 

会期は1月28日(土)までで日曜のみ休み。開廊時間は午後1時から夜の8時までなので、夕刻からゆっくりと来られる方も多い。私は19日(木)と、25日(水)は休むが、それ以外は1時の始まりと共に森岡書店に在廊の予定。今回の個展は、最近刊行した私の写真集も直接販売している刊行記念展になっている為か写真関係者も多く、初日の今日は、パリのオデオンで写真のビンテージ物や写真集を商っている御夫妻なども来られた。会期は二週間、ぜひご来場されたし。

 

 

 

 

 

森岡書店:中央区日本橋茅場町2-17-13 第二井上ビル305

TEL.03-3249-3456 www.moriokashoten.com

地下鉄東西線・日比谷線「茅場町」3番出口より徒歩2分。

永代通りを霊岸橋に向かい橋の手前を右へ。

古い戦前のビル(第二井上ビル)3階。

 

 

 

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『新年に大吉を引いて思った事』

横浜に長く住んでいて、私がもっとも〈横浜らしさ〉を感じる時は、大晦日から新年に変わる時である。港に停泊中の船からいっせいに鳴らされた汽笛が遠くに聞こえる時、何ともいえない情緒が立ち上り、「あぁ、生きている」という実感が湧くのである。以前に山下公園のすぐ近くに住んでいた時は汽笛が間近で聞こえてそれも一興であったが、今いるアトリエからは、それが遠く近く、風に乗って切れ切れに響いてくるのもまた良いものである。その音を通してうっすらと、昔日の〈横濱〉や〈YOKOHAMA〉の物語の断片が透かし見えてくるのである。

 

元旦に神社で珍しくおみくじを引いたら大吉であった。しかしこの時に限って凶が入っている筈がない。おそらくは、大吉の大盤振る舞いであろう。境内の木に結ぶほど純ではないのでポケットに入れて歩いていたら、それかあらぬか、やっぱり来た!!震度4のかなり大きな地震である。最近発表された統計によると、昨年に起きた余震は、震度1以上が何と9723回もあったという。例年の約40倍以上、そしてそれによって日本列島の地穀の構造も一変(つまり脆くなっている)してしまっているという。私たちは昨年の3・11によって、小松左京氏のSF的ヴィジョンと思っていた小説『日本沈没』が、実は科学的理論と根拠に裏付けされた警告の書であった事を知らされた。そして、この世と彼の世に境はなく、実は地続きに繋がっているという、本来は自明の事をあらためて実感した。そして、いつしか鈍ってしまっていた、自然界に対する畏怖の念(交感能力)が少し目覚めたかに見える。さぁ、今年はどんな年になるであろうか。

 

 

今日、河出書房新社から久生十蘭の『十蘭レトリカ』が届いた。文体魔術師・言葉の修辞家(レトリシャン)十蘭を意味したタイトルである。表紙は、私のオブジェ『ダリオ館を飛翔した七匹の蝶の軌跡』が使われている。久生十蘭の表紙に私の作品を入れるのは三冊目。売れ行きが良く、この方角から私の作品に入られる方も増えているらしい。この本の解説を旧知の詩人・阿部日奈子さんが書いているのも嬉しい。十蘭の巧みな小説世界と共に味読していただければ有り難い。

 

 

 

 

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北川健次詩集『直線で描かれたブレヒトの犬』
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