月別アーカイブ: 4月 2016

『次の新たなる試みの為に』

銀座の画廊香月での個展が先日盛況のうちに終了した。3月に開催された富山のぎゃらり-図南での個展の後で、すぐにパリで撮影を敢行し、開催予定が急きょ繰り上がった為に、その後で個展が続く形となり、かなりハ-ドな日程であったが何とかやり遂げる事が出来た。そして何より新たな試みがコレクターの人達の支持するところとなり、図南と香月の個展で、新作の多くが次々とコレクションされていった事は、大きな自信と手応えに繋がるものがあった。それは、未知の領域に意欲的に挑んで行く何よりの励みとなってくれるのである。 …しかしあらためて考えてみると、作品の秘めた暗示の核に在るものが直に伝わり、それを観者が受け取るという事は凄い事であり、それはまたコレクターの人達との不思議な交感のドラマであると思う。その意味からも、感性の高いコレクターの人達に私は恵まれていると、つくづく思うのである。

 

…先日、私は銀座のギャラリー「中長小西」で開催中の展示を観に行き、井上有一の凄みある書の作品に接する事が出来た。中長小西のオ-ナ-の小西哲哉氏の鋭い眼識が選び出す井上の作品はいつも、彼の作品中でも最もハイレベルな作品に厳選されている。…その表現主義的な息の流れとその寸秒の軌跡は、あくまでも流麗であり、かつ魔的なものがあり、タピエスやポロックの詩情へと繋がる馥郁たるものを、私はそこに覚えた。…そして奥の別室に掛かっている、これもまた凄い気を放つ書に全身が惹かれ、近くに寄ってみると、それは本阿弥光悦の見事なる極まりの書であった。…正に中長小西とは、眼の至福の空間であり、観る者をして観照の「静か」を深く強いて来る、現代の喧騒を超越した実に稀有な空間である。 —私は来年の春に、この中長小西で三回目の個展の企画が入っているが、その時に展示する作品は、美術史の中で誰も挑戦しえなかった素材に挑む事を構想しており、その技術を高みへと昇華する為の研究を以前より進めている。…また今年の9月28日より開催される、日本橋高島屋本店・美術画廊Xでの新作の制作を、いま集中的に進行させている。…この個展では、二つの主題を一つの個展の中で絡めるという、かなり強度でアクロバティックな試みを行う事になっている。新たな試みに挑む意欲は、画廊空間の独自性と密接なものがあり、展示空間を一つのフィクショナルな劇場空間として見立てる私には、個展の主題とも関わってくるものがある。…ともあれ、これからの日々は、アトリエに籠っての長い制作の日々が待っているのである。

 

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『作品の行き先』

銀座の画廊香月での個展も後半に入ると、九州、四国、北海道などの遠方から遥々来られる方が増えてくる。そして、自らの肖像を直に映す鏡を選ぶかのようにして、感性に触れてくる作品が次々と選ばれていく。かくして作者である私は、その不思議な出会いと観照の場に立ち会っている存在として、コレクションの行方を見届けるのである。

 

しかし私が、この作品だけはどうしてもその人に持ってもらいたいと強く願った作品が、かつて二点だけあった。その一点の持ち主は、画廊主であるだけでなく、クレ-展や瀧口修造へのオマ-ジュ展など、美術館レベルを超える企画展を次々と実現して、現代の美術市場を高いレベルで牽引し、今では伝説的な存在として語られている佐谷画廊主の、故・佐谷和彦さんである。そして佐谷さんにこの作品をと強く願ったのが『エルエスコリアルの黒い形象』という横幅2メートルをゆうに越す大作のオブジェであった。個展初日、画廊が開いてすぐに佐谷さんは画廊に来られ、その作品を観るや即決で購入を決められた時には、私は本当に感動した。そして…何かその先に開けるものが待っているとも直感したのであった。−予感はすぐに形となった。国際的に評価の高い美術家のクリストが来日して打ち合わせの為に佐谷さん宅を訪れた際に、私のそのオブジェに目が止まり、〈この作者は誰なのか!?〉と鋭く質問し、絶賛していったのであった。クリストが帰った後すぐに佐谷さんから、その時のクリストの言葉を伝える興奮した電話が入り、私は強烈な自信と、ぶれないスタンスをその時に我が物としたのであった。 佐谷さんの広い書斎にはデュシャン、タピエス、瀧口修造、荒川修作、エルンスト…といった名品がずらりと並んでいるが、一目でクリストは私の作品に釘付けになったという。私の作品が、美術という狭いジャンルを越えて、他に類のない独自性を帯始めていくのは、正にその頃からである。

 

…そして二点目が、今回の個展に出品している『黒のオブジェ〈エリュア-ルの詩片のある〉』という作品である。この作品には視覚を通してしか表現出来ない、秘めた詩的実験というものが試みられており、制作途中から詩人の野村喜和夫さんに持ってもらいたいという想いが密かにあった。しかし、個展に出品している以上、何方が購入するかはわからない。コレクションは、先に購入を決めた方の権利である。…とはいえ、私の想いは妙に通じる事が多く、ぎゃらり-図南(富山)、そして会期が半ばを超えた画廊香月でも、その作品は人々の視線を掻い潜るかのようにして、ひたすら野村さんの到来を待ち続けていた。そして先日、野村さんが画廊に来られて、一目でその作品の購入を即決されたのであった。…思えば、なかなかに不思議な事ではある。

 

野村喜和夫さんは、詩の分野における賞をことごとく受賞している、名実共に現代詩の第一人者であるが、私との付き合いも古く、二人での共著も刊行されている。詩人のランボ-を主題とした私の版画から始まり、個展の度に必ず野村さんの目線に触れ得た作品を購入されており、今ではコレクションの数はかなりの数に達している。その野村さんは、今秋の開設を目指して今、広いご自宅を大々的に改装して、詩とダンスのスタジオ、そして、コレクションされている私の作品を全て展示する空間を作り、完成後には誰でも見られる一般公開に踏み切るという構想を打ち明けられた。…ゆくゆくは野村さんと私が組んだ、詩とオブジェを絡めた実験的な新作での試みもリアルタイムで展示していく予定である。…ともあれ、個展は広く開かれたものであるが、例外的に、この二点のようなコレクションのケ-スも私にはある。作品の行方、… そこには様々な人々との、不思議な交感の生きたドラマが潜んでいるのである。

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『モランディ展を観る』

個展開催中の銀座・画廊香月に行く前の午前中に、モランディ展(東京ステーションギャラリー)を観に行く。モランディはジョット、ピエロ・デッラ・フランチェスカ、スルバラン…等から美のカノンとも言える様々な影響を受けながら、そのスタイルを確立していったが、影響の最も深部に在るのはセザンヌである。…静物考の構図の奥にある、見えない今一つの秩序、その奥にある深遠な気配の韻、更なるその奥にある神秘…。それとの交感を求めて、会場には多くの観客が訪れていた。現代の情報過多によるオブセッション故の感覚の乱れに、モランディのぶれない不動な姿勢と生き方が私たちに示唆するものは実に多い。…私はモランディの作品から幾つかのインスパイアするものを得た。それは幾何学的な主題に関するものであるが、モランディは幾つかの思考のヒントのようなものを、私に与えてくれた。個展開催中の今は制作から離れているが、個展が終われば、一転して私はアトリエに入り、人々との没交渉な日々が9月の長きにまで続いていく。それ故に、今、モランディの表現に触れ得た事には恩寵のようなものがあった。

 

銀座一丁目の奥野ビル6階にある画廊香月での個展は、16日まで開催中である。コレクションとは観るだけでなくて、実は豊かな創造行為である。…その意味で、私の作品をコレクションして、長い対話を交わしていく今一人の作者となっていく人達との、再会と新たな出会いが、今暫く続くのである。

 

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『銀座—画廊香月で個展開催中』

久しぶりでアトリエに戻って来たら、たくさんの郵便物が届いていた。その中に先月のぎゃらり-図南(富山)の個展で拙作を購入された方々からの嬉しいお手紙があり、私は強い感動を覚えた。ぎゃらり-図南の個展では、お一人で2点以上の作品を求められた方が何人もおられて、私は現在形の制作に大きな手応えと自信を覚えたのであるが、そのコレクターの人達から作品を入手された後の、作品とこれから対話を続けていく事の興奮と喜びが様々に綴られており、以前にも書いたが、私は本当に幸せな表現者である事をあらためて実感したのであった。このように何人ものコレクターの方々から直にお手紙を頂く作家が、果たして何人いるであろうか。…富山を訪れて1ヶ月近くが経つが、私はもう富山での事が懐かしく、たくさんの良い思い出に包まれている。旧知のオ-ナ-の川端さんご夫妻、そしてコレクターの方々との楽しい語らい。…富山での個展はいつもそうであるが、刺激的で、しかも心地よい緊張に充ちているのである。

 

さて、桜が満開に開いていよいよ四月。…今、銀座一丁目の奥野ビルの6階にある画廊香月で、個展を開催中である(4月16日まで・開廊時間:1時〜6時半・日曜休み:新作オブジェとコラージュを中心に展示)。… 今回で3回目の個展である。会場となっている昭和初期に建てられたレトロでモダンな奥野ビル内には、幾つもの画廊や謎めいた事務所などが無数に入っていて、「死刑台のエレベーター」を想わせる手動式のエレベーター、地下室まで続く、離れた左右に在るひんやりとした階段、昼なお薄暗い各階の廊下、…は、何処かで私の作品の気配に通ずるものがあり、尽きない興味もあって私は毎日画廊に通う事にしている。この画廊香月でしかお会い出来ないコレクターの方もおられて、私の作品に日々、熱心な視線が注がれており、私としては目が離せない。… コレクションするという行為もまた、作者の創造と均しくクリエイティブなものがある。 個展は、その人達の声が直に聞く事が出来る重要な機会なのである。

 

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北川健次詩集『直線で描かれたブレヒトの犬』
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