駒井哲郎

『詩人・ランボオと共に』

本郷の画廊・ア―トギャラリ―884での、作品集刊行記念展も盛況のうちに無事に終わり、また新しいコレクタ―の方々が出来て、実りの多い個展であった。この地は、樋口一葉、石川啄木、宮沢賢治などが住み、また谷崎潤一郎・竹久夢二・坂口安吾、大杉栄……達が数多く住んだ伝説の宿―本郷菊富士ホテル跡も近く、午前中は画廊の近辺を廻って古の文芸の生まれた背景を確認する面白い時間が持てる有意義な2週間でもあった。

 

その個展の合間に一日だけ画廊の休みの日があったので、横浜美術館で開催中の駒井哲郎展を観に行った。……先に観た友人達から、横浜美術館の展示の下手さ、ルドン・ミロ等のオリジナル作品が駒井哲郎の作品と直に並んで展示されている為に、駒井哲郎の作品が弱く見えてしまった……などという厳しいメールが届いていたので気になっていたが、ようやく観に行けたのであった。そして、友人達からの指摘がまぁ一面では当たっている事に頷きながらも、少し想うところがあった。……駒井さんがルドンやミロ、またクレ―などの作品に出会った時は、今ほどに彼らの作品情報も豊富な時でなく、また画集の印刷も鮮明でない時代であった。その時に駒井さんが見て直感した感動の純度の高さはいかばかりであったかと想う。この、内に荒ぶるものと無垢の精神を宿した、本質的に詩人の感性を多分に持った人は、憧れに似た想いで、彼ら西洋の芸術家の作品を前にして、熱く拝するような想いで接し、またそのエッセンスを得んとして、しかし憧れのままにその域を出る事なく試作したかと思われる。情報もまた黎明期の少ない中で、この不足は多分に表現者として豊かな揺れや解釈の誤解を生んで、駒井さん独歩の物語や表現の独自性を紡いでいき、例えば代表作『束の間の幻影』に結実していったのである。このような、不足な時代の情報への飢餓感は、他には、デュ―ラ―やゴッホに憧れながらも、しかしデュ―ラ―やゴッホには劣るとも、後に切通しの坂の玄妙な幻視を結晶化した岸田劉生に例を見ると同じく、現場主義的な推察がまた比較論的に必要なのである。それを一言で云えば、西洋の精神や感性の強度な硬質さに対し、岸田劉生や駒井さん、また諸々のこの国の表現者の感性はあまりに抒情的であり、ずばり駒井さんの感性の近似値を云えば、美術よりもむしろ文芸の方に近く、福永武彦あたりに着地するかと思われる。

 

……会場を廻って行くと、駒井さんの遺品が幾つか展示されていた。その中に駒井さん愛用の白い帽子があり、私は、あぁ、あの時に駒井さんの横にこの帽子があったというのを鮮明に想いだし懐かしかった。……あの時、それは確か7月の初夏の頃であった。美術館が作成した私の作品図録を開くと、『姉妹』という作品を作ったのは1973年、私が21才の未だ美大の学生の時であった。版画科の作品批評会なるものがあり、助手が「今日は駒井先生はお休みです」と言った。言った瞬間に私は(最早この場にいる意味無し)とばかりに席を立ち、教室から出ていった。残った学生達は唖然とし、他の2名の教授達は私の態度に憮然としたようであった。私は出来上がったばかりの『姉妹』を駒井さんはどう見て、どういう言葉が返ってくるのか、ただそれだけに関心があり、数日後に電話で駒井さんにその旨を話すと、その1時間後に世田谷の自宅から、私が待つ美大の教室に来てくれた。……駒井さんは作品を見て一目で気にいってくれて、手応えのある言葉を話してくれた。……しかしタイトルの話になって意見が別れた。「北川君、この作品のタイトルは何と言うのですか?」と尋ねられたので、私は「『姉妹』と付けようと思います」と話すと、駒井さんは「『姉妹』をやめて『双生児』にしなさい」と言う。「いや、もう決めていますから」と話すと、珍しく駒井さんはニヤリと唇を歪めて「北川君、私はタイトルは上手いのですよ」と、珍しく上からの目線で言ったので、私は「駒井さん、せっかくのお言葉ですが、タイトルなら私も少しばかり自信があります。やはり『姉妹』にします』!!」と、我が考えを通した。……その場所の、暗くて硝酸の臭いがする教室の駒井さんの横に、この帽子があったな……と懐かしく私はそれを眺めた。…………私が拒んだ『双生児』と、私が付けた『姉妹』には似て非なる距離がある。駒井さんの言語感覚が持っている、湿潤な、暗くて重い、つまりは日本の風土にそくした抒情性に対し、私の『姉妹』は非対称的な幾何学的配置で、硬質である事をオブセッションのように要する私の資質の映しであり、何よりも、この『姉妹』は三島由紀夫の小説『偉大なる姉妹』への挑戦として、異様なグロテスクさを孕みながらも、秘めた暗示性の刻印を意図した作品なのである。〈駒井先生!〉……といって、まるでカルガモの子供のように追随する学生や助手が、当時は数多くいたが、数十年とはいえ、生まれた時代が違う人に追随し、その影響下に沈むと、次なる時代に於ける表現者としてのリアリティ―が立たなくなる事を私は知っていた。そして自らを弟子と称する者達に「師を越えられぬ者は愚か者である」と手稿に厳しく記した、ダ・ヴィンチの洞察した言葉が在る事も既に私は知っていた。……私が銅版画の自作に「Comedie-de-soif」という文字(「渇きの喜劇」の意味)を稚拙なフランス語でギザギザと苛立つように刻んだ時に、駒井さんは「君はランボオを読んでいるのですか!?」と、すかさず静かに語りだして来たのも、また心の深部に響く手応えがあったが、しかし、表現者の先人ではあっても譲れないものは譲れない。駒井さんは、私の版画制作時の初期に於ける手応えのある人であったが、私は表現者の一人として醒めた距離を置いていた。駒井先生とは決して語らず、「駒井さん」という呼称を本人の前でも通し続け、駒井さん自身もそれを喜んでいた。……しかし、駒井さんよりも、またこのすぐ後に出会った棟方志功さんや池田満寿夫さんよりも、私は強く意識する人物がいた。銅版画史に残る世界的水準の名作と云っていい、天才詩人アルチュ―ル・ランボオをモチ―フとしたランボオの連作を版画集で刻んだジム・ダインという存在が私に於ける手強い牙城であり、遥かなる高みであった。私はジム・ダインのランボオの版画のポスタ―を室内に貼り、画集がインクで黒ずむ迄に読み返し、このジム・ダインなる天才の表現のエッセンスに迫るべく格闘する日々であった。そして、ランボオは私の表現者としての初期から近年に至る迄、その対象に迫る視点と技法は変わりながらも、長年にかけて挑むに足る牙城であった。

 

2008年の冬に、私のサイトに、フランスから突然のコンタクトが入った。Claude Jeancolasという人からである。……日本でも翻訳本が出ている、アルチュ―ル・ランボオ研究の第一人者で、20冊以上の著作が出ている人である。氏からのメール文には「ランボオをモチ―フとした美術作品を一堂に集めたアンソロジ―の美術書にあなたの作品も載せて、更に生地のシャルルヴィルに在るアルチュ―ル・ランボオ記念館で作品展を開催したいので、ぜひ出品して頂きたい。ちなみに東洋からの選出作品はあなただけであり、出品作家は他に、ピカソ、ジャコメッティ、クレ―、エルンスト、ミロ、メ―プルソ―プ、ジャン・コクト―、ジム・ダイン……である。」と書いてある。最後の方に書かれていたジム・ダインの名を見た時、私は重なるように意識していたランボオとジム・ダインが浮かび「もちろん、喜んで!」という返事を返した。その後に送られて来た、彼がテクストを書くための質問の数々は実に手応えのある文で、日本の美術評論家とは格段にレベルの異なる成熟した知性とセンスの高さを刻んだものであった。……私は各々の質問に丁寧に答え、最後に「アルチュ―ル・ランボオは私において既に客体である」と締めくくって返した。後日、パリのFVW EDITION社から刊行されたClaude Jeancolas氏著作の『LE REGARD BLEU D”ARTHUR RIMBAUD』には前述した作家達の作品と共に私の二点の作品も見開きで掲載され、実に緻密なテクストが各々に配されている。私について書かれたテクストの冒頭は「〈ランボオを理解出来るのは、私たち西洋人だけである〉といった思いを我々ヨ―ロッパ人はひそかに抱いていたが、北川健次の強度な作品は、その考えを覆してしまった」という記述から始まっている。私は永年共に歩いて来たランボオの生地シャルルヴィルの記念館を展覧会に合わせて訪れ、ランボオの生原稿の詩、そして、私が通り抜けて来た20世紀の美の先達の作品が掛けられている館内を学芸員の人に案内されて廻り、牙城として来たジム・ダインのランボオの版画の前を通り、私の二点のランボオの版画作品の前に来た。……メ―プルソ―プ、そしてマックス・エルンストの作品がその近くで展示されていた。

 

……その2年後の2010年、やはりClaude Jeancolas氏の企画で、今度は『RIMBAUD MANIA』と題した展覧会が、パリのマレー地区にある16世紀の遺構、パリ市立歴史図書館で開催された時に選出された美術家は、ピカソ、ジャコメッティ、ジム・ダイン、ジャンコクト―、そして私であり、各々のランボオ作品が展示され、パリの出版社「Paris bibliotheques」から作品集が刊行された。…………ランボオとの長い旅がこれで終わるかと思っていたら、その数年後に、20代からの牙城であったジム・ダインと対面するという機会が突然やって来た。名古屋ボストン美術館で開催されたジム・ダイン展に合わせて来日した本人に、館長をされていた馬場駿吉さんが引き合わせてくれたのである。私はランボオの作品ほか数点を持って会う事となった。ジム・ダインは、ランボオミュ―ジアムで展示されていた私の作品をよく覚えていると語り、私の肩に手をかけて「俺は、パリのセ―ヌ河沿いにある古書店で、この小僧(ランボオの事)の生意気な面構えを見て、作品で抹殺する事にしたのだ!天才詩人ランボオというよりも前に、この顔、この面の皮の厚い顔にたちまち触発されたのだ!!」と語ってくれた。20代の前半に、ジム・ダインのランボオ作品と出会い、そのポスタ―を壁に貼り、何とかその高みに上がりたいと希求して来た人物が、正に今、しかも近代の版画史に残る作品の制作時の秘話を直接本人から語られる日がやって来ようとは……。だから人生は面白い。私が、ランボオはもはや客体であると考え、イメ―ジを皮膚化する試みとしてランボオの顔の皮膜を突き破ったのと同じく、ジム・ダインはランボオの顔を抹殺する事にした。考えてみると、ランボオへの眼差しに於ける視点には近いものがある事を、私は彼自身の生な言葉から知ったのであった。ランボオへのオマ―ジュ、そして彼の詩のイメ―ジの中に溺れるようにして刻んだ版画、そして最後に至った客体としての皮膚化されたランボオの表象の顔。……ランボオとの旅は果たしてこれで終わりを遂げたのか!? ……しかし、私と同じく、ランボオに挑み、ランボオを捕らえんとして、表現者としての初期から意識して来た人物がまだ他に二人いる事を私は知っている。詩人の野村喜和夫氏と、ダンスの勅使川原三郎氏である。野村氏とは、共著での詩画集『渦巻カフェあるいは地獄の一時間』で共にランボオに迫り、勅使川原氏の場合は、『イリュミナシオン・ランボ―の瞬き』の公演の文章を今年の1月に書いた。自作とは別に今少し、ランボオとは歩みを共にする事になるかも知れないという予感がある。……さてもランボオとは一枚の鏡。私の折々の変遷を映し出す危うくも鋭い一枚の鏡なのかもしれない……と、今ようやくにして思うのである。

 

 

 

(左)北川健次 (右)ピカソ

 

 

(左)ジム・ダイン (右)ジャコメッティ

 

 

 

 

カテゴリー: Event & News, Words | タグ: , , , , , | コメントは受け付けていません。

『福井へ ー 貴重な体験の旅』

2011年の秋に福井県立美術館で開催した個展以来、1年半ぶりに福井を訪れた。福井から車で40分ばかり行くと、昔日の良き面影を残す勝山市がある。そこに住まわれているコレクターの荒井由泰さん宅を訪れて、荒井さんが所有されている700点近い膨大な数の版画コレクションの中から、現在企画が進んでいる或る展覧会の為にお借りする作品を選ぶのが、今回の旅の目的なのである。荒井さんは数多くいるコレクターの中でも突出した鋭い感性を持つ炯眼(けいがん)の人である。そのコレクションはそのまま日本版画史にとどまらず、近代の西洋版画史の正統を映している。私の作品も50点以上持っておられるから、身近な心強い存在でもある。ちなみに画家のバルチュスとも親交があり、バルチュスも来日した際に勝山の荒井さん宅を訪れている。

 

私はコレクションの中から、じっくりと時間をかけて、ルドン駒井哲郎・サルタン他を選んだ。又、今回訪れた成果として、私の恩地孝四郎への認識が高まった事は、望外の収穫であった。恩地は版画に留まらず、美術における実験的なパイオニア精神の先駆者である。版画・詩・写真・評論と云った多角的な表現活動、・・・・思えばいま私が挑んでいる姿勢を、恩地は先人として生きたのであった。荒井さんの、それも実に深い恩地に対する眼差しから収集されたコレクションの膨大な作品を見て、私は教わる事が大であった。

 

夕刻に荒井さんのご好意で福井県立美術館まで車で送って頂いた。現在開催中の『ミケランジェロ』展(8月25日まで)を見るためである。この展覧会はこの後、上野の西洋美術館へと巡回するが、私はこれを見るのを楽しみにしていたのである。それが幸運にも時期が重なったのであった。昨年の秋に日本橋の高島屋で個展を開催していた折、芹川貞夫さん(当時・福井県立美術館館長)が来られた。『ミケランジェロ』展の開催の為に、フィレンツェにあるカーサ・ブオナローティ(ミケランジェロの館)を訪れ、ここに保存されている作品を選別して戻って来られる途次あった。芹川さんの選別ならば、かなり良質の展覧会になるであろう事を予感していた。

 

しかし会場に入って私は驚いた。普通、昨今の美術館の展示では、目玉作品を数点だけ集中して展示し、残りは同時代の画家の凡作を並べるのが多い。フェルメール展、ダ・ヴィンチ展しかり。しかし、会場に展示されている作品のことごとくが、ミケランジェロの作であり、わけても驚いたのは、カーサ・ブオナローティの秘宝であり、ルネサンスの一つの極でもある『レダの頭部の習作』が展示されていた事であった。私の予想を超える充実した内容である。私はかつて大英博物館の「素描研究室」に研究員の名目で入れてもらった折、ミケランジェロの素描を百点近く、直接見せてもらった体験があるが、ミケランジェロの素描の頂点と云っていい『レダの頭部の習作』は見れなかったが、遂にそれが果たせたのである。又、14歳頃に彫った『階段の聖母』、そして『天地創造』『最後の審判』他の凄まじい構想を示す数多の素描が展示されていて私を驚かせた。そして最後に、ほとんどの画集に載っていない、ミケランジェロ晩年の実に小さな木彫が展示されており、私の目を惹いた。この展示を見た後で、私の意見を聞くために待っていた新聞社のA氏と、学芸員室でその作品の主題について、興味深いミステリアスな推理をし合った。大阪の大学の研究者は、「奴隷」ではないかと云うが、私はそれが晩年の作であるところから、「磔刑」か「ピエタ」の説を語った。頭部のずり落ちたような傾きは、死によって筋肉を支える力を失くした様態のそれである。「奴隷」のような力はもはやここにはない。晩年に彼が執着した未完成作「ロンダニーニのピエタ」への伏線を私はそこに見る。しかし、それにしてもこの木彫は、今後もっと研究されるに値する質の物であると思った。ともあれ、現在、日本の美術館で開催されている展覧会としては最高にレベルの高いのがこの「ミケランジェロ」展であると思う。この質の内容は今後、実現がおそらく不可能なものであろう。美術ファンの方は必見の見応えのある展覧会である事を、私は確信を持って申し添えておこう。

 

夜、足羽川河畔にある常宿の旅館に泊まった。最上階の温泉の窓からは、秀吉が柴田勝家を攻める時に陣を張った、小高い足羽山が見える。その中腹には私の遠い親戚にあたるらしい橘曙覧(江戸末期の歌人)の資料館があり、麓には、女装して女風呂に入って捕まってしまった中学時代の友人Fの家が見える。デュシャンに心酔していたというFは、今どうしているのだろうか・・・・。目を左に転ずると幕末の横井小楠や由利公正の旧居跡があり、暗殺される10日前にこの足羽川を舟で渡った坂本龍馬の面影が立ち上がる。そして何より、自分の子供の頃からの様々な思い出が蘇る。さぁ、明日は東京の美術館の学芸員の方と合流して再び荒井さん宅を訪れるのである。秀れた先達の作家の作品を直接見れるという体験は、貴重な何よりの充電なのである。

 

 

カテゴリー: Words | タグ: , , , , , , , , | コメントは受け付けていません。

『次へ !!!』

不忍画郎での展覧会『名作のアニマー駒井哲郎・池田満寿夫・北川健次によるポエジーの饗宴』が盛況の内に終了した。三人の作品が一堂に会すという話題性や、読売新聞の文化欄で紹介されたことなどもあり、来廊者は1000人を超えた。画廊の展覧会としては、異例の数字である。昨今の美術の分野の内容の薄さに対し、私は「芸術は精神を突く強度なものでなくてはならない!!!」という理念がある。その私の理念と、不忍画郎の荒井裕史氏のプロデューサーとしての版画への想いが合致した今回の企画が、多くの人々に支持されたのだと思う。会期の三週間の間に何度も足を運ばれる方も多くおられ、手応えのある展覧会であった。

 

詩画集『渦巻きカフェあるいは地獄の一時間』(普及版)

23日(日)の産經新聞の朝刊の文化欄に、5月に刊行したばかりの、詩人・野村喜和夫氏と私の共著による詩画集『渦巻きカフェあるいは地獄の一時間』の書評が大きく掲載された。書き手は、多摩美術大学の教授で美術評論家の中村隆夫氏。私と野村喜和夫氏がコラボレーションの形でこの本に何を込めようとしたか、そして、詩とヴィジュアルとの絡みと相関性について実に的確に書かれており、書評の域を超えた鋭い言及が成されている。産經新聞のインターネット版にも載っているので、ご興味のある方はぜひ読んで頂きたい内容である。先日、版元である思潮社から連絡があり、詩集としては異例の売行きで、完売も既に視野に見えてきているとの由。普及本は1000部であるが、先月、茅場町の森岡書店で開催した詩画集刊行記念展の時に、50部だけ特別に特装本を作った。私のオリジナル写真作品1点と、オフセット+シルクスクリーン刷りのコラージュ作品1点と野村喜和夫氏の詩のフランス語訳の凸版刷りに氏のサインが入り、本の内側にも、私と野村喜和夫氏の署名が銀文字で入った豪華版である。しかし、思潮社と野村氏と私とで配分した為に、私の方で販売可能な部数は今は僅かに5部しか残っていない。定価は三点のオリジナル作品が入って52,500円(税込み)。御希望の方は、この私のオフィシャル・サイトに申し込んで頂ければ購入が可能である。但し、残部が少ないために完売し、絶版になってしまった場合は御了承されたし。

 

個展を含め、昨年の秋から毎月、展覧会を続けざまに開催して来たが、ようやく充電の時期に入る事になった。しかし、今秋の高島屋の個展をはじめ、美術館での作品展示、更には異なるそれぞれのテーマでの個展が来年の春まで、早くも幾つか企画が入っている。私が次にどのような表現世界を展開するのか予測がつかないのが楽しみであると、展覧会に来られる方の多くが語っている。私自身も又、その意味ではスリリングな中にいる。多くの作家は、自分への批評眼の欠如ゆえに、作品が全く変わらないマンネリという澱みの中にいる。私は次なるイメージの狩猟場を求めて新たな場に移る事を自分に課している。私は有言実行の人間である。楽しみにして頂きたいと思っている。

凸版製法により刷られた野村喜和夫氏の詩・直筆サイン入り

野村喜和夫氏の詩のフランス語訳の凸版の金属製型版

 

オリジナル写真(ドイツ製:ハ-ネミュ-レ社バライタ紙使用)

 

詩画集の特装本

(私のオリジナル写真1点・コラージュ1点・野村喜和夫氏の詩のフランス語訳の凸版刷      り・サイン入りの計3点入り)定価52500円(残部5部のみ)

 

カテゴリー: Words | タグ: , , , , | コメントは受け付けていません。

『23日(日)まで開催中』

前回のメッセージで記したとおり、今月の23日(日)まで、東京の日本橋の不忍画郎で、『名作のアニマ ー 駒井哲郎池田満寿夫・北川健次によるポエジーの饗宴』が開催中である。先日の10日(月)に読売新聞の文化欄で大きく紹介された事もあり、たくさんの来廊者で賑わっている。30点近い新作のコラージュ作品や版画も、縁ある方々、高い美意識を持った方々との出会いを通してコレクションされていっている。今回の展覧会で、初日の最初に私のコラージュ作品をコレクションされたのは、寺山修司と共に60年代〜70年代の、時代を過激に演出してこられた、パートナーで女優・プロデューサーの九條今日子さんである。「寺山が生きていたら、間違いなくあなたの作品を気に入るに違いない。」という九條さんの評は、私を大いに高めてくれる。何よりも天才歌人であった寺山修司。短歌もまた言葉による(磁場を帯びた)コラージュ表現である。三島由紀夫と共に、私の表現の核に棲まう本物の才能を持った人物である事に間違いはない。

 

新聞でも、「美術作品が持つ生命・魂」と題して書かれているが、〈池田の版画は国際的名声を得た60年代の「落書き」風と違い、古典的な静けさの中に詩心を宿す。〉と評され、又、駒井氏の版画も、その深い陰影をたたえていると評され、〈明るく表層的な表現があふれる今日、美術作品から見失われたアニマ(生命・魂)や詩心を問い直す展覧会〉というふうに、本展の骨子が的確に紹介されている。強度なポエジーある作品を求めておられるコレクターの方々、表現すべき方向を見出せないでいる若い美術家たち、・・・・その他、多くの美術を愛する方々にぜひ見て頂きたい、この展覧会である。

 

会場内ディスプレイ

会場の不忍画郎にいた私は、最新作の自作のコラージュを見ていて、詩を書きたい衝動に駆られてその場で数点の詩を書き上げ、それも各々の作品の横に展示されている。今回の私は、あまり画廊には行かないつもりでいたが、本展を最後にしばしの沈黙(充電)に入る事もあり、なかなか親しい方々とも御会いする機会がないので、結局、23日まで毎日、画廊にいることになった。今回も又、多くの出会いが待っている。

 

 

駒井哲郎(上:「果実の受胎」下:「鳥と果実」)

 

池田満寿夫「メラグラーナ」(西脇順三郎との詩画集)より

 

北川健次『鳩の翼 - ヴェネツィア綺譚』

 

北川健次「幾何学の夜に」(銅版画・部分)

 

北川健次「拉致される貴婦人のいる室内楽」

 

北川健次「FROLENZの赤い石榴」

 

 

北川健次・オブジェ作品(部分)

 

北川健次・オブジェ作品(部分)

カテゴリー: Event & News | タグ: , , , , , | コメントは受け付けていません。

『東京日本橋・不忍画廊』

東京の日本橋にある不忍画廊で昨日から『名作のアニマ ー 駒井哲郎池田満寿夫・北川健次によるポエジーの饗宴』が始まった。私は最新作のコラージュ30点近くと、代表作として考えている銅版画を13点近く出品している。銅版画のパイオニア的存在であった駒井氏の作品は名作『果実の受胎』他、そして池田氏の作品は、その存在は知られていてもなかなか見る機会の無かった西脇順三郎氏との詩画集『トラベラーズ・ジョイ』全点が展示されている。この国が生んだ最大の詩人西脇順三郎氏の詩は英語で書かれていて版画集に所収されているが、その訳も展示されており、詩画集の金字塔的存在を直接見ることが出来る、今回はその最後の機会であるだろう。今回の展覧会に際し、私は画廊のオーナーである荒井裕史氏から、駒井・池田・そして私の自作に対しての小論を書いて欲しいという依頼を受け、展覧会直前にそれを書き上げた。駒井・池田両氏とも私をプロの作家へと導いて頂いた恩人であるが、私は客観的な視点を自分に強いて、その小論を書き上げた。三つの小論の題は『駒井哲郎という現象』『トラベラーズ・ジョイ小論』そして自作への文『コラージュ〈イメージの錬金術として〉』である。ご興味のある方は不忍画廊の公式ページでも配信されているのでお読み頂ければ有り難い。

 

普通に開催されている展覧会というものは、作家が作った新作を並べる事に終始しているが、今回の展覧会にはその核に秘めた強い骨子がある。ー それは、現代の衰弱を極めた版画界への鋭い切っ先が、問題提示として在るという事である。私のアトリエには毎日展覧会の案内状が送られてくる。そのほとんどが芸術とは無縁と化したイラストレーションのごとき内容であるが、その中でも悲惨を極めているのが〈版画〉である。強いアニマ、馥郁としたポエジー、つまりは見る事の愉楽からはほど遠い、ペラペラと化した状況へと陥っているのである。原因はある程度わかっている。技術(それも既存の)しか教えられない美大の形骸化した指導のやり方。唯のマニアしか読者として意識しない版画誌の編集スタイル。デューラーからクレー、さらにはルドンといった名作から何らかのエッセンスを盗んで自らの物としようという気概ある意識の向上を欠いた作家志望(?)の個々の問題etc。しかし、それにしても表現には不可欠なアニマやポエジーはことごとく、この版画というジャンルからは消え失せて、それも久しい。その貧しき現状への、この展覧会は問題提示が骨子として在るのである。

 

以前に、やはり不忍画廊の企画で私と池田満寿夫氏の二人展が開催され、また別な企画では私と駒井氏の作品が並んだ事は度々あった。しかし、駒井・池田両氏と私が並ぶ事は今までなかっただけに、そこから立ち上がってくる三者のアニマやポエジー、そしてそもそもの各人の在りようを検証出来る事は、私にとっても大きな意味がある。昨日、私は駒井氏の作品の前に立って、学生の或る時の自分を想い出していた。・・・・それは駒沢の駒井哲郎宅を一人で訪れた時の事である。私は駒井氏に向かって「あなたの考えておられる銅版画の理念とは、せいぜいその程度でしかないのですか!?」という暴言を吐露したのである。既に『束の間の幻影』という名作をはじめ、銅版画界の最高の表現者であった氏に向かって、私はかくの如き言葉を突き刺した。長州の久坂玄瑞ではないが、ともかくその頃の私は「激」であった。・・・そして、駒井氏と私はしばらくの間ひたすら睨み合った。池田満寿夫氏はそういう私を面白がり、「君の神経は表に出過ぎている!!」と言って笑われたものである。同じ頃、美術評論家の坂崎乙郎氏もまた私の作品を見て「君の神経は鋭どすぎる。これでは君自身の身が持たない!!」と言われた。私は池田・坂崎両氏共に敬愛していたために素直にその言を聞いた。・・・坂崎氏と会って深夜の新宿の雑踏の中を帰る時、私は「長距離ランナーになろう!!」・・・そう自分を一瞬で切り換えた。しかし切り換え過ぎたのか、私は「作る人」から「しばし考える人」に変わってしまった。すると、或る夜の二時頃に電話が鳴った。作品を作る速度が遅くなった私にいらだった池田氏からの激しい叱咤であった。それはかなり激しいものであった。「・・・とにかく、頑張ります!!」私はそう答えただけで、電話を切った。坂崎氏をはじめ、その駒井、池田両氏ももはやこの世にはいない。しかし、彼らが生の証しとして作り上げた作品は、今も私たちの前に或る光輝さえも帯びて燦然と在る。私は今月は、出版社と約束してある与謝蕪村の原稿の残りを書き上げなければならず、また個展ではないので度々は画廊には行けないが、それでも会期中には何度か訪れる予定でいる。そして泉下の駒井・池田両氏の作品から、出来るだけの更なる発見をしたいと思っているのである。

 

駒井哲郎『果実の受胎』

 

池田満寿夫・西脇順三郎による詩画集『トラベラーズ・ジョイ』全点

 

 

北川健次『鳩の翼 - ヴェネツィア綺譚』


 

北川健次 『青のコラージュ「廃園の中の彫像と鳩」』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カテゴリー: Event & News | タグ: , , , , , , , , , , | コメントは受け付けていません。

『五月の雨』

5月20日。今日は、午前の早い刻から強い雨が降っていて、アトリエの窓外に見る庭の葉群らの緑がいっそう美しい。その濡れた雨音を聞きながら、私は6月3日から東京・日本橋の不忍画廊で開催される『名作のアニマ ー 駒井哲郎池田満寿夫・北川健次によるポエジーの饗宴』のためのコラージュ作品を作っている。近代からの美術史やエスプリを解さない人には理解出来ないかもしれないが、コラージュは〈速度〉である。神経をギリギリにまで絞り、多層なイメージの混沌としたアニマを沸々とたぎらせ、制作までの時間をギリギリにまで追い込んで一気に作品を〈結晶化〉へと向かわせる。それが私の流儀であるが、それは何も私だけに限らない。例えば、マックス・エルンストが、シュルレアリスムにおける一つの金字塔とも云えるコラージュ・ロマン『百頭女』を制作したのは、ローマを旅行中の時であったが、突然の啓示を受けた旅先の宿で、あの膨大なコラージュの連作を僅か数日間で仕上げたという。繰り返して言うが、コラージュは〈速度〉である。故にそれは美術の領域にありながら、むしろ寸秒夢の刻印という意味では詩法に近く、ふと、あのランボーを想わせる。そういえば、エルンストも常に〈見者的存在〉としてランボーを意識し、彼の作った『Hommage a Rimbaud』は、現代版画における頂点といっていい作品であるが、かつてシャルルヴィルを訪れた際に、ランボーミュージアムで、その作品と私の版画二点が並べて展示されているのを見た時には、さすがに私は或る感慨を覚えたものであった。・・・・・そういえば、そのシャルルヴィルを訪れた時も確か今日のような寒い日で、時折気まぐれのように小雨が降り、このランボーの生地をうっすらと濡らしていたのを覚えている。

 

一昨日に開催された、詩人・野村喜和夫氏との対談は定員を超える人が集まり盛況であった。二時間という時間は短かったが、私達は、各々にランボーについての想いや制作法について語り、この対談を聴きに来られた方々も満足されたようであった。昨今、詩と美術との交感というのは絶えて久しいが、私たちのような切り結ぶ関わり合いはもっと出てきてもいいのではないかと思う。実際には役者がいないと云えばそれまでであるが、こういう試みへの知的好奇心と気概は、表現者として大事な事であるだろう。対談の後で野村氏が自らの詩の朗読を行った。シャルルヴィルのランボーミュージアムを訪れた時を回想した詩であったが、氏がそこを訪れた時も、雨が静かにこの街を濡らしていたという。

 

5月1日に刊行された詩画集『渦巻きカフェあるいは地獄の一時間」は、主としてランボーがモチーフであるが、低奏音のように、もう一人の人物がその陰に隠れている。それは、ダンテである。ダンテの『神曲 – 地獄編』とランボーの『地獄の季節』が重なって、この詩画集は成り立っている。この着想はもちろん野村氏に拠るが、同時に野村氏は次なる私の方向性もこの詩画集の中で予見するように暗示している。私が今後の大いなる主題としてダンテを考えている事は実は、誰にも語っていない事であるが、氏の直観はそこまでも見通したかのように、秘めやかにそこに言い及んでいる。まことに〈本物〉の詩人の直観は、かくも怖ろしい。

 

17歳のランボー

 

詩作を放棄した10年後・29歳のランボー

 

マックス・エルンスト『Hommage a Rimbaud』

 

ジム・ダイン『Rimbaud wounded in Brussels』


ロバート・メイプルソープ『ランボーへのオマージュ』を主題とした写真

 

 

北川健次「肖像考-Face of Rimbaud」

 

 

北川健次 「STUDY OF SKIN - RIMBAUD」

 

 

 

 

 

 

 

カテゴリー: Words | タグ: , , , , , , , , , , , | コメントは受け付けていません。

『個展がまもなく終了』

画廊香月での個展も残り数日(27日まで)となった。今回の大きな成果は、今までに私の作品をコレクションされている方々に加えて、未知の方がかなりの数で、私の作品と直接出会い、コレクションされていっている事である。昨今の、存在感の薄い作品を作る作家が多い中で、「芸術は美と毒と深いポエジーを併せ持った強度なものでなくてはならない!!」という私の信条と、画廊香月のオーナーである香月人美さんの理念が一致しているせいか、この画廊を訪れた方の多くが、その事を理解しており、実に手応えのある個展になっている。今回の個展を勧めて頂いた先達の美術家の池田龍雄さんも時折、画廊に来られて成り行きを見守って頂いている。本当に有り難い事であるし、私は池田さんと御会いする度にとても良い波動を頂きプラスのエネルギーとなっている。昨年の秋から数え、七ヶ月で七回の個展を開催して来た。たいていの作家が、決められた、たった一つの画廊で二年に一回のペースで個展をやっている事を思えば、ギネス入りのようなペースで駆け抜けて来たわけであるが、この画廊香月での個展を節目として、しばらくは個展は行わない。「風林火山」ではないが、動く時は疾風のように駆け抜け、静まる時は無明に見る山影のごとく、全くの静まりの中へと私は入ってしまう。すなわち次に備えての、というよりも、次なる未知のイメージの領土に向かって行く為に、感性を研ぐのである。とは云え、個展は行わないが、五月は詩画集の刊行記念展(森岡書店)、六月は『名作のアニマ –  駒井哲郎池田満寿夫・北川健次によるポエジーの饗宴 』(不忍画廊)が続いて予定に入っている。

先日、早稲田大学の近くで、思潮社の藤井さん、装幀の伊勢さんと集い、詩画集に入れる作品の色校正の最終チェックを行った。実に美しい仕上がりで、今月末の完成が待ち遠しい。また不忍画廊では、六月の展覧会と合わせたように駒井哲郎氏の名作が集まり、池田満寿夫氏の作品は、普段はあまり見る事の出来ない、西脇順三郎氏との詩画集の名作『トラベラーズ・ジョイ』が展示される予定になっている。駒井・池田・両氏のポエジーの在りようは異なるが、各々に銅版画の権能において極を究めたものである。なかなか見応えのある、昨今に類のない展覧会になるであろう。

 

話は戻るが、画廊香月での展示は、香月人美さんのアイディアで、(壁面に、まるで映画などに登場するイギリスの館の壁面に夥しく掛けられた絵のごとく、)作品が全面に展示されている。私も以前から密かに一度はやってみたいと思っていたこの展示法を、遂に香月さんは断行し、今までになかった効果を上げてコレクターの方にも好評である。どの作家にも出来るという展示法ではないが、私の作品においては非常に画期的な良い効果を上げていることは確かである。そこから考えて、私のイメージの特質もまた見えて来ようかと思う。ともあれ、個展はしばらくは封印となる為に、まだ御覧になっておられない方には、ぜひ御覧頂きたい今回の個展である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カテゴリー: Words | タグ: , , , , , , , , , , , | コメントは受け付けていません。

『未知の方との出会いを求めて』

御覧になって頂いているこのオフィシャル・サイトは、個展を開催している地域以外の方から度々届く御手紙がきっかけに立ち上げられる事になった。それらの文面には、私の作品を見たいのだが地元には画廊が無い為にそれが叶わない。出来れば作品も入手したいし、折々の情報も知りたい・・・・という内容が数多くあり、その点と点が繋がっていないものを繋ぐものとして実現したのである。かつて版画集を刊行した時は、計七つの種類の版画集がいずれもだいたい三ヶ月くらいで全て完売となってしまった為に、版画集を入手出来なかった方がかなりおられる事をその後で知った。その方たちは限定版が全て絶版となった為に、15部のみのAP版の作品を個々に求められる事になるのだが、それもだいぶ残りが少なくなってきてしまった。個展以外では、このオフィシャル・サイトでの作品入手が可能であるが、このサイトを通して自由に作品をコレクションされる方が、最近増えてきているからである。

 

現在個展を開催中の画廊香月のオーナー香月人美さんは、前回のメッセージで記したとおり、美術家の池田龍雄さんからの御紹介でお知り合いになれたわけであるが、画廊で香月さんとお話をしていて、なかなかに人間として多彩であり、ギャラリストとしても逸材の人であるという事がわかってきた。人生は一度きりである。故に良き人との出会いは大事な意味があるのである。私は先達の池田龍雄さんに感謝しなければならない。画商とは企画一本で貫いている精神が骨太の画廊主のみを指すわけであるが、その本当の意味での画商が少なくなってきた。香月さんは勿論、この画商と云える数少ない人であるが、この人の強みは、その人間性の豊かさゆえに、全国からこの画廊を訪れる人が多いという事である。私が画廊にいると、そういう未知の方との出会いが多く、今回はいろいろな方を知る機会が一気に増えた。何しろ画廊を訪れる人が多く、人の絶え間がないのである。そして嬉しいのは、その方たちの求めているものと、私の作品が照応し、大作の銅版画『ドリアンの鍵』や一点物のオブジェがかつてない勢いでコレクションされていっている事である。ちなみに『ドリアンの鍵』は、〈二次元のオブジェ〉という言葉で私が表現している代表作であるが、最近この作品に対する評価が更に高まってきている事は、作者として嬉しい手応えを覚えている。

 

かつて池田満寿夫氏は「作者にとって最大の批評は、その作品がそれを賞賛する人にコレクションされる事である。」という名言を記しているが、これは至言である。それを証すように、初日の個展が始まる時間の前に地方から早くも画廊香月に来られた方があり、その場でまとめて四点の作品を購入された事は、この個展に際しての私の大いなる励みになっている。又、私が画廊に不在の時に来られた方がおられたが、後で香月さんから、その方が100点以上も私の版画やオブジェ、そしてコラージュをコレクションしている日本でも代表的なコレクターである事を知った。勿論、私にとっては未知の人である。最初に記したように、私の存じ上げない方も含めて、全国にはかなりのコレクターの方がおられるが、実際に個展が出来る機会は限られているので、このオフィシャル・サイトでの情報発信を続けながら、まだ出会ってはいない、しかし私の表現世界と感覚が直結する人たちとの出会いを求めて積極的にやっていきたいと思っている。安定を求めず、常に新しいイメージの狩猟場へと感性を動かしながら、表現者一本だけで生きているわけであるが、この崖っぷちに身を置く事でのみ、はじめて見えてくる絶景というものがある。そして、その凄まじい絶景の享受こそが、プロのみに体感出来る醍醐味であると思っている。表現者にとって〈安定〉こそは、メンタリティーの落ちる最大の敵なのである。

 

昨年の秋から八ヶ月で八回、毎月異なった個展を開催して来たが、五月には、思潮社から刊行される、詩人・野村喜和夫氏との詩画集刊行記念展があり、六月は東京の不忍画廊で『名作のアニマ ー 駒井哲郎・池田満寿夫・北川健次によるポエジーの饗宴』が予定されている。画廊香月での個展は残り二週間となった。自信作を集中的に展示した密度の濃い集大成的な内容になっているので、ぜひ御覧頂きたい今回の個展である。

 

カテゴリー: Words | タグ: , , , , , , | コメントは受け付けていません。

『まるで・・・ミステリーの現場』

 

東京・渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで6月10日まで開催中の、『レオナルド・ダ・ヴィンチ – 美の理想』展を見に行った。目玉作品は日本初公開の《ほつれ髪の女》である。会場に入ると、先ずデューラーの木版画による「レオナルド・アカデミア」の幾何学紋章があり、私をふるわせた。デューラーはイタリア訪問でミケランジェロラファエロには会った事を記しているが、ダ・ヴィンチの名前だけは全く記していない。しかし日記の中で「私はイタリアに行き、遠近法を巧みに操って描く人に会いに行くのだ」と記している。この文は(自然・人工)の二つの遠近法を駆使出来た唯一の人物ダ・ヴィンチを指す。そしてデューラーの素描帖には、ダ・ヴィンチに直接会わなければ出来ない素描の写しが存在する。しかし、デューラーは意図的にそれを伏せている。何故か・・・!? 高階秀爾氏は、二人は会っていないとし、坂崎乙郎氏は間違いなく二人は密かに会っていたと推理している。私は坂崎氏と同じ考えである。

 

会場には《レダと白鳥》の写しや、《岩窟の聖母》、そしてダ・ヴィンチの《衣紋の素描》など数多くの作品が展示されているが、やはり圧巻は《ほつれ髪の女》である。霊妙深遠、まさに円熟期の至高点と云えよう。これは私見であるが、この作品は《モナ・リザ》を描いた次にダ・ヴィンチが着手した作品であると推察している。この作品は《レダと白鳥》の下絵である。《レダと白鳥》のオリジナル作品は行方不明であるが、弟子が描いたコピーの写し(本展に展示)が存在する。そこから推察するに、その表現世界は、官能を越えて妖しいまでに淫蕩的であり、ダ・ヴィンチの精神の暗部を映していて興味が尽きない。会場内には想像以上に貴重な作品が多く展示されており、美術史を越えて人類史上最大の謎めいた人物といえるダ・ヴィンチの創造の舞台裏に踏み入った感興があり、まるで上質なミステリーの現場として私には映った。会場出口のショップでは、拙著『絵画の迷宮』も多くのレオナルド本に混じって平積みで販売されている。係の方から拙著が好評で売れ行きがかなり良く、追加の注文をしているという話を伺った。作者としては嬉しい話である。

 

・・・会場を出て、一階のカフェに行く。待ち合わせをしていた毎日新聞学芸部のK氏と会う。この展覧会は毎日新聞社も主催に関わっていて、K氏は私の話を聞いて、それを新聞に掲載するのである。これは連載のため、何人かが登場する企画との由。私はK氏に一時間ばかり感想を話した。私の思いつくままの意見をK氏が素早く速記していく。そのK氏の指先を見ていて、・・・ふと、私の中で、今まで誰も気付いていない、故に誰も書いていない、ダ・ヴィンチの最後のパトロンであったフランソワ一世、そして彼が仕掛けて誕生した〈フォンテーヌブロー派〉という、短期で消えた危うい表現世界について、たちまち幾つかの推論と仮説が立ち上がってくるのであった。これは今考えている書き下ろしの本の最終章に使える。その為には、フランソワ一世という人物の仮面を剥ぐために、彼についての文献を漁る必要があるであろう。ダ・ヴィンチとフランソワ一世。その結び付きには、今一つの知られざる面があったに相違ない。ともあれ、本展はダ・ヴィンチの内面が透かし見える、ミステリアスな展覧会である。未だ御覧になっておられない方にはぜひお勧めしたい内容である。

 

 

追記:

6月2日(土)まで東京都中央区・八重洲にあるSHINOBAZU  GALLERYて『モノクロームの夢〜駒井哲郎を中心に』展を開催中。作家は駒井哲郎池田満寿夫加納光於・北川健次・浜口陽三ヴォルス他。黒の版画に拘った作家たちのなかなか見られない珍しい作品を数多く展示。又、東京・恵比寿にあるLIBRAIRIE6(シス書店)は、《動物》を主題にした不思議な切り口の展覧会を開催中。野中ユリ・合田佐和子他。私の作品は、《ヘレネの馬》の頭部彫像をミクストメディアで表現した作品が展示されています。詳しくは各ギャラリーのサイトを御覧ください。

 

 

 

カテゴリー: Words | タグ: , , , , , , , , , , , , , , , , , , | コメントは受け付けていません。

『ゆるやかに急ぐ』

 

早いもので2010年もあと数日を残すばかり。さすがに年末ぐらいはゆっくりしたいと思うのであるが、1月と2月に予定されている東京の三ヶ所での個展が控えているので、その制作に追われている。

 

 

今もっとも集中しているのは、写真の仕事における独自な「形」の確立である。私にしか出来ない写真の形、それを考えて来たがここに来てようやくそれが実現しつつある。ゆるやかに急ぐ———-そのスタンスの中から生まれたものが2011年のスタートから、人々の視線の前に問われるのである。

 

先日、美術家の加納光於氏と詩人との対談があるので行ってみた。話がタイトルの問題に移るや、いきなり会場にいる私を指差され、加納氏が「彼、あの北川さんのタイトルの付け方は実に巧みで、タイトルだけでイメージが立ち上がる。——」と突然おっしゃって頂いたのには驚いた。以前にも駒井哲郎氏、池田満寿夫氏からもタイトルの件で褒められたことはあったが、先達たちに評価されることは自信となるものである。タイトルと作品との関係は、イメージの距離の取り方と、その揺らしにあるが、この私をして上手いと思わせる表現者が二人いる。それは土方巽氏と若林奮氏である。この二人はタイトルが何かという事を実によく知っていた。土方氏の『犬の静脈に嫉妬することから』や若林氏の『百粒の雨滴』は、現存の凡百の詩人が束になって向かってもかなわない質のものがある。付加すれば、私が最高に好きなタイトルはバッハの『G線上のアリア』であるが、土方氏もそれを意識したのか『鯨線上の奥方』というバッハをパロディー化したタイトルがある。

 

さて2011年は福井県立美術館での個展をはじめとして、新たな展開が待ち受けている。私どもの世代の多くの作り手は批評性を欠いた自己パターンの繰り返しにあるが、私は未知の方へ歩みを進めたいと思う。メッセージをいつも御愛読して頂いている方々にとって、来年が更に良き年となる事を祈りつつ、今年はこれで終わりたいと思う。

 

 

カテゴリー: Words | タグ: , , , , , , , | コメントは受け付けていません。

商品カテゴリー

作品のある風景

問い合わせフォーム | 特定商取引に関する法律