求龍堂

『銀座・画廊香月個展PART②』

ずいぶん昔、まだ20代の頃に、犬山市にある「明治村」を訪れた事があった。広大な敷地の中に、移築した実際の漱石の家や帝国ホテルなどの貴重な遺構が数多く点在し、まさにタイムスリップの醍醐味があって、一日中、嬉々としながら過ごしたのであった。夕刻、明治村の閉門の時が来て出る時に、「もし、この広大な敷地の中の貴重な建物の中に、そっと人が潜んでしまったらどうなるか!」……その点の警備の事に興味が湧いて、係員に訊ねた事があった。係員の答は素晴らしかった。「閉門30分後になるといっせいに犬を放して潜伏者を見つけ出します」。

 

刑務所から逃走して向島の中に10日以上潜んでいるという男の話は、辞職に追い込まれた財務省の男や新潟県知事の弛んだ話よりもよほど面白く、私は興味を持って注視している。逃走者1名VS警官2000名。……品川区ほどの広さがあるという向島。その中で今もなお(尾道に泳ぎ渡ってしまった可能性もあるが)逃走劇は続いているのである。……未だ捕まらないという今回の報道を見て、私が思い出したのは、先ほど記した明治村の犬を放つという話であった。島民を向島の一ヶ所に集めて、性格の荒いド―ベルマンをいっせいに八方から放つと、さてどうなるか!?……それを私はいま想像しているのである。この向島には20年ばかり前に訪れた事があるから、この想像は1種のリアルさを帯びて浮かんでくる。

 

この向島には1000軒以上の空き家があり、その家々をチェックしている警官は、家のチェックが終わるとその家の目立つ場所に〈チェック済み〉の緑のシ―ルを貼って次の捜査に向かうという。……しかし、その緑のシ―ルを貼ってある家(既に捜査済み)に、そのチェック法を知ってか知らずか、逃走者が夜陰に乗じて密かに入ってしまったら、事は厄介である。……この逃走している孤独な男の、追い詰められた「眼差し」に、光眩しい西海道、春ことほぎの向島の空や海や緑陰は、はたしてどのように映っているのであろうか。……この男の脅える視線がそのままにカメラのレンズとなって風景を撮したら、その写真は犯意を映した陰りのマチエ―ルを帯びて、なかなかに面白い写真が出来そうな気もする。あぁ、そのような犯意を帯びた視線のままに、また撮影の旅に出たいと思う、春四月末の私なのである。

 

―さて、24日まで開催中の銀座・画廊香月での個展も後半に入った。連日、遠方からも個展を観にはるばる来られる方が多く、私の現在の表現世界をゆっくりと時間をかけて鑑賞されている。私が造り出すオブジェの表現世界。個々がこの世に一点しかないオリジナル故に、各々の作品をどなたがコレクションされていくのかを見届ける事は、私の表現行為における、ある意味での最終行為である。私は、その作品をこの世に立ち上げた。……そして、コレクションされた方は、これから後、その作品と長い時をかけて対話を交わし、様々なイメ―ジを紡いでいく、もう一人の紛れもない作者なのである。その意味で、個展の最終日まで、私の表現活動は続いているのである。……この個展の後は、6月から開催される郡山のCCGA現代グラフィックセンタ―での、版画を主とした大規模な個展。……また求龍堂から刊行される、私のオブジェ(近作を主とした)の作品集の打ち合わせ……と、多忙な日々が待っているのである。

 

 

 

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『ジャコメッティを書くという事』

美術雑誌「ギャラリー」に連載している『イマージュの交感ー蕪村VS西洋美術』も21回目に入った。9月1日発売号には、ジャコメッティと彼のオブジェ《超現実主義のテーブル》につして書いている。実は今回の分は、個展のための制作に追われて執筆は無理だと思ったが、主題が〈狂人〉という事もあり、急に書く意欲が湧いてきて一気に書き上げた。サルトルの実存主義と重ねてジャコメッティは語られるが、内実はいかに離れた所に在ったかという事、またジャン・ジュネこそ、その良き理解者であった事などを書いた。

 

先日、「ギャラリー」編集部の深井さんが、私の特集のために取材をするというので、茅場町の森岡書店をお借りしてインタビューに応じた。深井さんの聞き方が上手く、珍しく本音を語り、そのゲラが送られて来たが、とてもよくまとまった内容になっている。さて、いよいよ9月1日から始まる個展『目隠しされたロレンツォ・ロットが語る12の作り話』が近づいて来て、本日その案内状が届いた。A4サイズ四面オールカラーの実に良い印刷になっており、今回の出品作の断片や私の詩が入っていて,スリリングな仕上がりである。デザインは求龍堂、印刷は光村であるが、案内状としては昨今に無い、気合いの入った出来に満足する。後は神経を削って作品の仕上げを私が行うだけである。コラージュ、オブジェ、そして写真プリント・・・・と切り換えるわけだが、今回も多分、個展が始まったら、救急病院に担ぎ込まれるように思う。限りある命である。数年前に久世光彦氏から電話があり、「美術と文章の両方をとことんきわめていくように」というアドバイスがあった。今はそこに「写真」が加わった。久世さんからの遺言として、今は受け止めている。

 

 

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